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大河ドラマ『篤姫』ついに大奥に入りましたね。 それを記念して?以前、九州旅行の書庫で取り上げた篤姫の故郷、鶴丸城を改めて紹介します。 まずは往時の鶴丸城を古写真で。 本丸は明治6年の大火で焼失、西南戦争の時には御桜門とかすでに無かったのですね。 現在の鶴丸城です。思った以上に市街地にありビックリ! すぐ前の国道10号は交通量も多く、さすが島津77万石の城下町!と変な感心を。 御楼門脇に設けられていた番所跡から桜島を望む♪ 内枡形から石段を上って本丸に入ります。本丸内は黎明館が建っています。 鶴丸城の大きな特徴の一つの「入隅」で、鬼門除けのために石垣の北東隅部分を欠かしています。 この石垣上に兵具所多聞櫓がありました。 ここも見所の一つです〜西南戦争の弾痕が痛々しい私学校跡。 西郷さんの銅像がある場所は二の丸内です。180cm、110kgの巨漢が偲ばれますね^^ 小松帯刀の銅像が道を挟んであった事は知りませんでした。 おまけ〜鹿児島から知覧に向う途中に発見した「薩摩城!?」(かごしま産業特産品センター) お土産屋さんです。こういう城郭風建物にも目がいってしまいます♡ 島津77万石の本城としては、やけに簡素な造りのお城ですね。 お城と云うよりも館形式で、後方の城山を詰の城とした中世色を濃く残しています。 徳川幕府に遠慮して、わざと簡素な造りにしたと云われていますが、本城防御の外城 も数多く、武田信玄の様に自国に敵を侵入させない考えだったとも云われていますね。 でも実は島津さん天守とかには興味が無かったんじゃないかな〜と思いますが(;^ω^A かつて豪華な御殿が建ち並んでいた本丸跡には鹿児島県歴史資料センター黎明館、二の丸跡には 図書館が建っています。 私達は時間の関係で黎明館、そして城山にも上りませんでしたが「篤姫」にはまっている今、 非常に残念に思います〜基本的にミーハーなもので(;^ω^A でも篤姫が鶴丸城にいたのは嘉永6年(1853)6月から8月の2ヵ月だけだったのですよね。 この質素な鶴丸城からあの巨大な江戸城に輿入れした時、その落差にビックリし、自分の使命の 重さを痛感した事でしょう。 この時は駆け足散策だったので、今度はゆっくり、じっくり、他の史跡と共に散策したいです。
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