承久の乱(1221)の戦功によって三河国守護に任じられた足利義氏が築城した西条城がはじまりと伝えらています。足利氏は吉良氏と改め、この地を治めます。戦国時代末には牧野成定、酒井正親、田中吉政と城主は代わり、城域も拡大しました。田中氏の時代に城域はさらに拡張されほぼ確定されました。田中氏の転出にともない慶長6年(1601)に本多康俊が西尾2万石の藩主として入りました。その後藩主は松平氏、本田氏、太田氏、井伊氏、増山氏、土井氏、三浦氏と頻繁に代わりますがいずれも譜代大名でした。明和元年(1764)に山形から大給松平氏が6万石で入封以後、5代廃藩まで続きました。(パンフより)西尾城絵図
西尾市歴史公園の入口にある鍮石門(平成8年復元)です。
立派な門のお出迎えでテンション↑ 二の丸跡に移築された旧近衛邸
丸馬出(中世時代の遺構ネ)を砂で再現。
本丸・丑寅三重櫓(こちらも平成8年復元)〜なんだか昆虫っぽい外観だなぁ
本丸の四隅には櫓が建っていましたがこの丑寅櫓だけ三重で他は二重櫓でした。
実物は小さいながらも堂々たる姿
内部は無料公開しています
本丸内には西尾神社が鎮座。
周囲には土塁が残っています。
姫の丸跡には西尾市資料館があります。
無造作に外に置かれてるこれって…鬼瓦と扉ですよね。西尾城のもの?
屋外展示じゃないですよぉ〜放置展示??
往時は二の丸が政治の中心部で御殿も天守もありました。(本丸は広場でした)
写真は天守跡の北西部分です。再建計画があったようですが…
もし再建されていたらこんな風景を楽しめたのにね…残念無念
完成予定図まで作ったのに。
街中石碑巡りも出来ますよ
三の丸新門跡は尚古荘の前です。 ←の道路を挟んで土塁が残ってい ます。でもヤブヤブ
総評 ★★★☆☆ (旦さま私見 ★3つ)今回の遠征で近藤先生の首塚と共に旦さまが行きたかったのがこの西尾城
現在は本丸、二の丸、姫の丸の各一部が残り西尾歴史公園になっています。
売りは「本丸じゃなく二の丸に天守が建っていたんだよぉ〜
忍城もそうでしたよね。(こちらは御三階櫓) さてその天守ですが再建計画が
あると聞いていたので資料館の職員さんに尋ねたところ予算が集まらず頓挫した
そうです
られた資金は天守再建のために?更地にした二の丸北西部分も歴史公園として整
備したいそうです。天守模型が資料館にありましたが(撮影NG
なかなか良いだけに残念。仕方ないので完成予定図を見て我慢しましょう。
でも「丑寅櫓だけじゃなく天守も再建しちゃおうぜ!」の西尾市の心意気は嬉しい
ですよね。
最初城郭本で見た時に天守だと思っていた丑寅櫓内部に展示物はありませんが
木の香りが優しい。ちなみに内部に管理人はいません(最近多い?人員削減?)
西尾は抹茶生産が有名!だそうで旧近衛邸で頂けますよ。
この旧近衛邸(書院と茶室)は篤姫でお馴染みの島津斉彬が京都御所内に建て
たもの。養女が近衛家に嫁いだ縁でね。西尾城跡を歴史公園化する際に当時の
持ち主天理教から購入して移築(平成3年)。お城とは関係ありませんが炎天下の
散策中に良い休憩になりました。
さて話を西尾城に戻しましょう。街中の○○跡の石碑巡りには資料館で売って
いる西尾市御城下絵図が便利。石碑の位置が掲載されているからね。
何気に見所の多い西尾城〜実は隠れた名城 なのです
|

- >
- 生活と文化
- >
- 祝日、記念日、年中行事
- >
- その他祝日、記念日、年中行事






