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慶長20年(1615)5月7日運命の日がやって来ました…
冬の陣で内掘以外を埋められ裸城にされた大坂城、
もう籠城は出来ず、撃って出るしかない。
真田幸村奮戦の模型(大坂城天守) この時の旗指物が真紅の無地なのは東軍に参加している甥っ子・(お兄ちゃん信之の子)真田信吉が六文銭を使用しているので気を遣ったとか…そういう男なのですね幸村って〜イイヤツ
5月7日幸村が出陣したのは冬の陣で徳川家康が本陣を置いた茶臼山から。
元々中世城郭の跡らしいです。ここの頂上で覚悟を決めたのか…
天王寺公園内(入るには入園料が必要)にあるのですが、入口が一つな事に
気がつかず、どんどん進んでしまい戻るには時間がないので柵越しに見て見
学終了
茶臼山を見ながら北上すると本多忠朝の墓がある一心寺(天王寺区逢阪2丁目8−69)この方は本多忠勝の次男で大多喜城主。冬の陣で持ち場を変えてくれ〜
と家康に頼んだら「何ぃ!平八朗は与えられた持ち場に文句など言った事ないぞ。それを何だぁ、お前は役立たずじゃ!バカもの!
夏の陣では汚名挽回と毛利勝永の軍と激突。しかし討ち取られてしましました
また深酒しすぎていつも後悔していたと云われ遺言が「今後、自分の墓に詣でる者を必ず酒嫌いにさせてやろう」。現在は酒封じの神として多くの参拝者が来るとか。
旦さまにしっかり拝んで行け〜と言われてしまったぁ
一心寺と道を挟んであるのが安居神社(天王寺区逢阪1丁目3−24)
幸村終焉の地です(一説には200m先の田んぼだったとか…)
絵馬はもちろん六文銭。
真田十勇士のポスター 昔NHK人形劇で真田十勇士が放送されていた
そうですが旦さまはそれを観たのも歴史好きになったキッカケと申してました。
また漫画・真田十勇士(原作:柴田錬三郎、作画:本宮ひろ志)はメチャ
オススメと言っています。ラストは佐助が家康を道連れに火薬で爆破…
幸村は覚悟を決めます…大坂方が勝つにはこれしかない。
狙うは家康の首ただひとつ!本陣めがけて3度の突撃。
あと一歩のところまで追い詰めましたが…
疲れ果てて安居神社で休んでいるところを
松平忠直の鉄砲隊頭西尾仁左衛門に討ち取られてしまいました。
享年49歳
石碑と像…なんか切ない
さなだ松 幸村が寄りかかって休んでいたと言われる松で現在は2代目。
幸村何を想う…
家康を討ち取れなかった無念さか… 秀頼のこと… 家族、郎党のこと…
故郷上田のこと… 父や兄のこと…
もう言葉は必要ありませんね…
大坂夏の陣に幸村がいなかったら鎧もつけずに戦場に出た家康の弱いものイジメ
で終わってしまったでしょうね。
そんなナメタ家康〜いや、タヌキ爺さんと呼ばせてもらいまいしょう〜を恐怖に落とし
込んだ幸村。カッコイイ
戦国の終わりにキラ星
最後まで忠義を尽くした日本一の兵〜ひのもといちのつわもの
真田幸村天晴れ!ありがとう
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