犬山城は豊臣秀吉が生まれた天文6年(1537)、織田信長の叔父である織田信康によって創建された、現存する日本最古の木造天守閣です。
尾張(愛知県)と美濃(岐阜県)の国境に位置するため、戦国時代を通じて国盗りの要所となり、城主はめまぐるしく変わりました。小牧・長久手の合戦(1584)では、羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が12万人の大軍を率いてこの城に入城し、小牧山城に陣取る徳川家康と生涯唯一の直接対決をしました。
江戸時代に入ると、尾張藩付家老の成瀬正成が城主となり、幕末まで続きましたが、明治維新による廃藩置県のため、この城は愛知県所有となりました。しかし、明治24年の濃尾地震で半壊し、その修復を条件に城は再び成瀬家の所有となり、平成16年に財団法人に移管するまで日本で唯一、個人所有の城でした。(犬山観光情報HPより)
城下町から犬山城を 城下町には楽しいお店がいっぱい。
出来れば車両通行止にして欲しいなぁ
城への近道〜三光稲荷神社の赤い鳥居
樅の丸の空堀 唯一残る堀の遺構。
黒門跡 往時は本丸まで多くの門がありました。
もう少しで本丸。 左が樅の丸、右が杉の丸
鉄門を過ぎると〜天守がどーん 最近は白い天守より
武骨な天守が好み。やっぱり本物は違いますね。
普通に記念写真を
犬山観光特使のロンブー敦 急な階段は現存天守の
しか上がれない上段の間(笑) 醍醐味です。
天守内部
最上階は犬山城名物の赤い絨毯 てっきり成瀬さんがここで
廻縁が外に向かって斜めってるんですけど… 
金網ナシの廻縁は嬉しいです。
眺めは最高っす! 岐阜城方面を望む。左の山は伊木山城。
鉄門と小銃櫓。両方共模擬もぎです。国宝天守に模擬櫓、
模擬櫓門、移築現存城門もある幅広い品揃えの犬山城
お〜い 気分は成瀬さん
100名城スタンプも押さなきゃ。スタンプ中々増えないけど
町からの天守も最高
城下の常満寺には松の丸裏門が移築されてます。
画像が小さくて分りずらいのですが○印にも桃 
総評 ★★★★★ (旦さま私見 ★5つ)
名古屋遠征最終日に訪れた〜国宝犬山城 
メジャー過ぎて何を書こうか悩みますなぁ…
2011年11月放送のモヤさま で訪れたテレ東・大江麻理子
アナ(結婚おめでとう )が「私の理想のフォルム 」と絶賛した
国宝天守です。思っていたより大きく(24m)カッコいい
この天守をマネたモギモギ天守がいくつ造られたことか。
国宝なのに廻縁に出られちゃうのも嬉しい
最上階の赤い絨毯の話し…昭和36年からの解体修理時に
それまで板張りだった最上階から赤い絨毯が敷かれていた
形跡(破片)が見つかりました。
これは7代・成瀬正壽が当時交流のあった長崎オランダ商館
長から贈られたもので江戸時代後期に実際敷かれていたの
です。昭和の修理後に当時を再現するため再び赤い絨毯を
敷いたと云う訳。むろん当時のモノじゃないですよ。一応復元?
正壽さんが贈られた赤い絨毯がいつまであったかは不明。
決して昼寝するために敷かれたものじゃなかったです
あと今回楽しみにしていたのは岡山城で発見した桃の瓦 が
犬山城にもあると。はい!ありました。しかも鬼瓦も桃 
桃は魔除けなのですが、桃太郎神社もある犬山、決して無関
係じゃないかもね。
移築城門が犬山市内に2つ、市外に3つありますが、今回
は時間の関係で城下のすぐ近くにある常満寺の松の丸裏門
を見学。ここにも桃 がありました。
城下町、城内、移築城門の順での散策でしたが、最後は犬山
橋を渡って木曽川対岸から天守を眺めました。やっぱり良い
ですね。久々に現存天守オーラ を感じて東京への岐路に
つきました
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