真田幸隆の弟、矢沢綱頼(頼幸とも)の居城。綱頼は、諏訪神氏ゆかりの矢沢家を継ぎ、幸隆の子昌幸が上田を領した後はその重臣として活躍した。昌幸の子幸村(信繁)が越後春日山の上杉景勝に仕えた時は、綱頼の子三十郎頼定が供をしている。天正13年(1585)上田合戦の折は、三十郎がこの城を守り、八百の守兵で依田源七郎ら千五百の軍勢を退けたという。後、矢沢氏は真田信之に従って、松代へ移り、矢沢は仙石政勝の領地となった。(現地案内板より)
矢沢城の登り口はこの大日堂が目印。
案内板もあります。
正面には虚空蔵山城が見えます。
幾つもの段々曲輪
帯曲輪
ところどころに石垣が残っています。
本郭下の曲輪には稲荷神社が鎮座
紅葉しています
本郭
本郭北は一段低くなっています。
本郭より二の郭を見る。
本郭と二の郭間の堀切
二の郭
二の郭から三の郭を見る。
二の郭と三の郭間の堀切。
総評 ★★★☆☆ (旦さま私見 ★3つ)
真田おじいちゃん幸隆の弟・矢沢綱頼の居城矢沢城
神川を挟んで虚空山城と対峙する比高約50mの殿山に
築かれていて現在は矢沢公園となっています。
登山口は西側の麓、大日堂が目印。この前に3台分くらいの
駐車場がありますが道が狭いので注意。地元の方は慣れて
本郭の北側が一段低くなっていますが、ここも本郭とします。
本郭と二の郭間の堀切は深さもあって中々のもの 石垣
も少しあります。二の郭には石祠があり、その先三の郭間
の堀切は僅かな窪地程度に埋もれてしまって残念
西の斜面には幾つもの腰曲輪、帯曲輪が段々上に構築
されています。規模はそれほど大きくないので体力消耗度も
少なく散策出来ました
城主・矢沢さんはコアな真田ファンにはお馴染みのお方で
第一次上田合戦で北条氏邦軍を沼田城代として撃退等
真田家を支えた一門です。最終的には松代藩の筆頭家老家
として維新を迎えました。
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