藤沢城は南北朝時代から戦国時代の終わりまで小田城の支城であった。小田城の政務所とも伝えられている。永禄8年(1565)、小田氏治は上杉謙信と小田天王常で戦って敗れ、藤沢城に敗退したが、のち居城を回復した。 しかし、同十四年には再度藤沢城に移っている。
その後、天正2年(1575)常陸片野城にいた太田三楽斎資正によって小田城は攻められ、氏治はまた藤沢城に移ってきたが、その後、再び小田城を奪い返した。しかし、同18年に豊臣秀吉によって小田城は攻められ、氏治はやむなく土浦に落ち、のち手子丸城に入り結城に走ったため藤沢城も廃城となった。(日本城郭大系より)
城内、二郭の神宮寺。
お寺↑背後の土塁
中城(三郭=左)と本郭間の谷。かつては堀だった?
中城の土塁
中城より本郭を望む。
本郭虎口
本郭
民家に残る土塁
田土部郭
外郭、精泉寺背後の土塁&堀
外郭、遍照寺背後の土塁
外郭内の様子
総評 ★★★☆☆ (旦さま私見 ★3つ)
うちらの中で最近人気急上昇の小田氏治さん 。
居城・小田城を奪われては奪還、また奪われては奪還…
繰り返し11回(所説あり)の小田城攻防戦。その小田城から
逃れる先がこの藤沢城 そしてここで何度も再起を図るので
す。言わば諦めない氏治パワースポット 。
東西700m、南北800mと外郭を持つ広大な規模 。
城内は耕地、宅地となり遺構は一部散在。ナビで分かりやすい
場所、神宮寺をセット。お寺の背後に土塁。ここから県道に
出て南下し中城へ。耕地に土塁が残っています。
神宮寺へ戻る途中を曲がると本郭へと辿り着けます。虎口の
土塁を抜けると本郭 …一面畑。う〜む 逃げ込んだ氏治
さんの心境を妄想して楽しむしかない…
一番の遺構は外郭東側、精泉寺背後の土塁、堀ですね。
断続的ですが、かつての規模を感じさせてくれます。西側、
遍照寺側の堀は埋もれてイマイチ見辛い
広大な城内を氏治さんに想い馳せながら遺構探しの
藤沢城訪問でした 。
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