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屋久島旅行記特別篇として2016年12月18日
の熊本城訪問記事です
市役所14階展望ロビーからの熊本城。被災した箇所がよく分かります。
震災発生時のテレビで天守から煙が出てるように見えて凄く
ドキドキした記憶があります
いつ崩れてもおかしくないと思われた石垣。『奇跡の一本石垣』として飯田丸五階櫓を支えてくれました。テレビに映るたびに早く助けてあげて!って。こうして見ると凄い技術ですよね。
日本一の長さ(約242m)を誇った長塀も倒壊。
長塀越しの飯田丸五階櫓(2005年復元)
震災の約1ヶ月後、5月10日に崩壊した馬具櫓の石垣。
清正も頑張れ!とエールを送っています。大河を期待した
のになぁ。
立入禁止のため正面から見えませんが櫨方門前(馬具櫓から)の塀は無事だったようですね。
櫨方門の土橋から備前堀と石垣。
城彩苑からの飯田丸五階櫓を。
未申櫓(2003年復元)から西大手門までの石垣崩壊が
凄い
アップで
西大手門(2003年再復元)を正面から
西出丸長塀越しの宇土櫓、大小天守。宇土櫓の付多聞櫓は完全倒壊
西出丸の長塀も倒壊。
戌亥櫓(2003年復元)も実は一本石垣。
西南戦争籠城将校家族避難跡 (西南戦争の際、熊本城に籠城した鎮台側の将校の妻子が弾丸の飛来を避けるため、この空掘に天幕を張って避難した。時は2月寒気の厳しい中で、司令長官谷少将の妻久万子を中心に負傷者の手当てや慰問に努め、将校の信望を集めた。)
戌亥櫓下の空堀に避難してたんだぁ。今度西南戦争の籠城話しを調べてみよっと
傷ついてもこの三兄弟は健在
宇土櫓は昭和60年からの修復時に鉄筋補強されたので
倒壊を免れたとの事です。
熊本市としては天守の復旧を最優先に考え2019年には
内部公開をしたい意向だそうです。
『今だから見に来てほしい!』が謳い文句。歴史の目撃者に
なるべくたくさんの観光客が来ていましたよ。
熊本地震…2016年4月14日21時26分及び16日未明に発生。
テレビ報道で見て、その様子を分かっていたはずなのに実際
に被災した熊本城を目の当たりにすると凄い衝撃が走りま
した。
しかし、石垣が崩れ、建物が倒壊してもそこに熊本城は存在
していました。 戦い終え傷ついた戦士の様に。
強力なオーラを放って…
頑張れ、難攻不落の熊本城!
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