後北条氏の家臣、中田加賀守の居城と伝わる。矢上川の曲流部に向かって突き出した丘陵の北端に位置し標高28m、比高20m。矢上城は現在、慶応義塾大学の敷地となっています。
大学内の北、洋弓場、野球場周辺が城跡地。
城主、中田加賀守開基の保福寺
訪れた日は本尊の地蔵さま御開帳日でした
矢上城の麓に到着。
城内は慶応義塾大学敷地のため関係者以外立入り禁止
階段脇には文字がかなり削られていますが「中田加賀守祖先墳墓参道」の石碑。
そうなんです、城内には中田加賀守のお墓(供養碑)が
あるのです…
この日は上の洋弓場で試合があるらしく学生さんが何人も階段を登って行きます…
石碑のみを見ると云う約束で学生さんに頼んで入れて
もらいました
切岸
おぉ〜これだぁ『保福寺開基・中田加賀守累代墳墓之地』
この石碑前の道が堀切跡とも云われてますが…?
石碑裏には説明文
切岸
下りる階段からの眺め
矢上城のある台地は新幹線のトンネルなのです
新幹線早っ!
総評 ★★☆☆☆ (旦さま私見 ★2つ)日吉駅前の慶応義塾大学キャンパス北部が矢上城
守衛さんにこんにちは〜と、とぼけて挨拶してキャンパス内を
縦断して行こうと思ってけどさすがにマズイよねぇ〜
なので台地を迂回して麓へ。まずは城主・中田加賀守が
開基と云われる保福寺で聞き込み調査。開基だけど中田
さんのゆかりのものはないとの事。お墓(供養碑)はお城の
中に。
保福寺から矢上城はすぐ。城内に通じる階段には扉があり、
関係者以外立入禁止。なので階段下から眺めて撤退しようと
思ってたら学生さん達がぞろぞろと階段を登って行くのです。
この日はアーチェリーの試合があるとの事。
ダメ元で旦さまが「この上の城跡の中田加賀守石碑の写真撮
影をさせて下さい。撮ったらすぐ帰りますので。」とお願い。
「ここって城跡なんですか。石碑?そんなものあったかなぁ?
城跡なんだぁ〜僕も興味ありますので良いですよ。でももうすぐ
試合始まるので撮影のみでお願いします」と。ありがたくも上ま
で案内して頂きました。嬉しいね
ありました石碑〜『保福寺開基・中田加賀守累代墳墓之地』
子孫の方々が昭和19年に建立。裏には説明文。
石碑前は野球場で城跡っぽい場所はこの石碑周辺の
ごく一部のみの様ですね。さすがお城が築かれた台地、
眺望が利きます。案内して頂いた学生さんにお礼を
言って矢上城をあとにしました。気が付くと中田加賀守の
事は聞きますがお城についての話はほぼ聞かない
ですね。それだけ謎多き=史料がなく分かっていない
矢上城なのですね。
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