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やっと世界遺産、屋久島へ。 指宿港からジェットホイル“トッピー”で1時間15分。鹿児島港からの半分で着いちゃう。 鹿児島はいいお天気だったのに、屋久島へ向かうに連れて、雲が…。 まぁ屋久島は一ヶ月のうち35日は雨というくらい、雨の多い地域だから仕方ないか。 屋久島の宮之浦港に着いた時は、やっぱり雨降ってましたよ… そこでまたレンタカーを借りて、本当はヤクスギランドに行きたかったんだけど、 路面凍結で通行止め。 白谷雲水峡も最初、通行止めという話。さて、どこ行こうか?と思っていたら レンタカー屋のお兄ちゃんが白谷雲水峡は解除されたと教えに来てくれた! そして、細い山道をくねくね〜、道路の舗装工事している横を走りながら、 もし前から車が来たらどうするの?なんて思いながら、到着。 駐車場にはそれでも数台、バスまで止まってる。 雨はやんでたけど、いつ降ってもおかしくないような天気。 受付のおばちゃんが、まだ朝のうち凍結してたから、その靴(割とヒールのあるブーツ)で行くのは 危ないよ!十分気をつけて行ってね!!と念を押され、中へ。 憩いの大岩は本当に大きな岩を登っていく。 ここを登ると大きな滝が。飛流おとしという、本当にスゴイ勢いの滝で、 (この写真ではわかりづらいですね)でも、屋久島に来て思ったことは、 何より水がキレイ☆空気もきれい!川の水も滝の水も、底まできれいに見えるんですよ! 東京じゃ考えられませんね。。かなり感動しました! そうこうしていると、本当にもののけ姫の森みたいな景色。 (実際の場所はもっともっと奥までいくんだけど、ここでも十分感じることができました。) そして歩いていると、鹿だぁ☆屋久島にしか生息していない、野生のヤクシカ! 可愛いぃ〜♪3匹くらいいたの! そして時間の関係上、弥生杉には行かずに二代大杉に到着。 これがまた、すっごく大っきいの!木の下に私がいると比較でよくわかる? しばし、現実を忘れ、古代の自然の中を満喫していました。 ここは30分コース、1時間コース、3時間コースなど、時間に合わせて 道順があるから、だいたいの目安がわかるので、助かりました。 私達は時間もなかったので、30分コースだったけど、 (ゆっくり見てたから実際はもっといたけど)今度は冬じゃない時期に ゆっくり散策したいと思いました。 そして帰り道。 さっきまで雨降ったりの天気だったのに、後光が差してきましたよ! 幸先いいんじゃない?!という予感を感じながら、次の目的地へ向かいました。 つづく。
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九州旅行
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やっと今日の宿泊地、指宿温泉到着♪ まずは夕食。郷土料理を盛り込んだ懐石料理。 さつまあげや、黒豚などがありました。やっぱり醤油は甘いんですよぉ! そして、指宿温泉といったら、砂蒸し風呂でしょう☆ さっそく入ってきました! 外は寒いんだけど、砂の中は温っかいo(^∀^)o しかも、段々と背中やおしりのほうは熱くなってくるので、 この温泉のせいか、夜は暑くて眠れないくらいでした。 そして、夜が明け、朝日が昇ろうとしている写真。薄っすらピンクでちょっと幻想的じゃない?! その後、日が昇り始めて、三日目。 やっと世界遺産、屋久島へ向けて、出発するのでした。 つづく。
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知覧城のすぐ近くに、知覧特効平和会館というところがありました。 ここには、太平洋戦争の沖縄決戦で、いわゆる特攻隊、 飛行機ごと敵艦に突っ込んでいくという、非人道的な攻撃をして、 10代、20代前半の若くして沖縄の空に散った、特攻隊員の遺品や資料を展示してありました。 館内には、特攻隊員の写真、家族に送った手紙(遺言)、戦闘機などがあり、 私達が一番衝撃を受けたのが、家族への手紙で 「本日、天候の具合により命日が一日延びました」 という一文。 特攻隊員には、すでに生きる望みはない。 残された者たちの幸せ、日本の勝利を願うだけ。 それがまた、今の私達には理解しがたいけれど、そういう現実を ちゃんと受け止め、人の命を儚く散らせた戦争は 絶対に、二度と起こしてはいけない、と強く思いました。 また、外には三角兵舎という、全国から集まった特攻隊員が 出撃するまでの間、寝泊りした宿舎がありました。 中は布団と毛布、枕があるだけで、そこに雑魚寝という具合の 粗末なものだったそうです。 またこの地は、特攻隊の話を映画にした『ホタル』の撮影現場にも なっていて、会館の前には『ホタル』の碑もありました。 ちなみに以前映画を見に行ったのですが、いまいち話の内容が わからなかったのですが、今回訪れてからすぐに テレビで映画『ホタル』がやっていたので、再度見直してしまいました。 平和会館の隣にミュージアム知覧もあり、そこは知覧の郷土資料館のような ものになっていました。 時間がなくて、急ぎ足だったため、ここにはもう一度 ゆっくり来て、ゆっくり見たいと思いました。 そしてやっと、本日のお宿、指宿温泉へと向かうのでした。 続く。
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鹿児島を脱出し、向かった先は知覧。 下の道からナビに従って、知覧亀甲城へ。 すぐ近くに知覧武家屋敷があり、(ここは今でも住んでる方がいるんです!) その中の一軒、武家屋敷の中で食事ができるという店(お宅?!)へ行き、 鹿児島名物、左から、豚の角煮、さつまあげ、地鶏の刺身、おにぎり(笑)を食べました。 九州地方のさつまあげは甘いんですよ!旦さまから聞いてはいたけど… 醤油も甘くて、なんだか変な感じ。 でも、さつまあげは揚げたてで、美味しかったです。 それから、知覧亀甲城を旦さま一人散策に。(だって、雪は舞ってるし、寒いんですもん!) ↓ 南朝義臣知覧氏彰忠碑 どうやら、螺旋状の道を上がっていくと辿り着くらしいのですが、 頂上付近で、異常現象が?! 上から携帯電話の着信音が聞こえたらしいんです。 なので、頂上に誰かいるのかと思って、上ってみると もちろん、周りにも誰もいなかったし、自分の携帯の着信音でもない。 反対側にも一応、道ともいえないような道があるらしいんだけど、 螺旋状の道を辿るほうが、普通かな。反対側は獣道って感じ。 城の横には昔建てられた家が展示(これも微妙な言い方だけど)されてる らしいんだけど、展示というより、廃屋がある、って感じらしい。 それに慄いたのか、知覧城は上らなかった。 だって、ここも入り口には防空壕があるし、 予習不足で道もよくわからない。 この城は不思議な地形をしているので、もし迷ったら…と思ったらしい。 あとでミュージアム知覧で模型を見たら、割と一本道だったし、 というわけで、知覧の城巡りはここまで。 次へ続く。
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初めに南洲墓地、西郷南洲顕彰館へ。 ここには、鹿児島の英雄、西郷隆盛のお墓と、西郷さんの一生がわかる、資料館になってます。 また、鶴丸城跡の近くには、大きな銅像も建ってます。(上野の西郷さんとはちょっと違う?!) それから、鶴丸城跡へ。 ここは鹿児島県を治めていた島津氏77万石の居城跡。 でも、城というよりも、屋敷構えの館といったほうが相応しい、簡素なものだったそうです。 77万石といったら、前田家の加賀100万石に次ぐ、大大名なんですよ! それなのに、天守がないばかりか、隅櫓は単層作りのものが一基あるだけだったそうで、 これは島津家が徳川幕府に対する遠慮から、わざと簡素な作りにしたらしいデス。 そして、次に私学校跡。 ここは西郷さんが明治新政府を辞めて、故郷鹿児島に帰ってきてから、 後輩達の育成のために設けた学校です。 また、壁には西南戦争の時の弾痕がいくつも残っています。 と、鹿児島市内はこれで出発。 次へ続く。
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