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皆さんGWを満喫していますか?
るなは3日に群馬県安中市の後閑城を訪問。その帰路気になっていた
旧跡へ。それは『八重の桜』の八重さんの旦那〜新島襄の旧宅。
ドラマで新島襄はチョロっと登場しただけ。まだ登場場面が少ないので
知らない方々には馴染みが薄い(うちらも。まだオダギリジョーは斉藤一
にしか見えない)そんな襄の旧宅にはどれだけ観光客が来ているのか?
大河ドラマ効果は及んでいるのか??さぁ〜その答えは…
新島襄旧宅は住宅地の中にありました。案内表示→アリですが道狭し。
駐車場にはしっかりとこの幟が
ちなみに幟は市内にいっぱいありました。せっかくの大河だから宣伝
利用しなきゃね。
『新島襄旧宅』となっていますが正確には安中藩士だった襄の両親の家かと?。襄は江戸生まれで江戸育ち。アメリカから帰国した時には版籍奉還されていて安中藩はすでに存在してなかったので両親の暮らす、この安中の家にやって来ました(横浜から人力車に乗って)。
大河の小道具?
家は二部屋+土間、物蔵の二軒長屋。
明治9年京都の襄に呼ばれて両親が引っ越した後は別の人が住んで
いましたが昭和37年に空き家になったので市が買い取って保存し、今
に至ると。 西側の最近リニュアルした資料展示室は保存時に管理人室として新たに建ててドッキングさせたもの。 ここでチャキチャキの江戸弁を使う安中育ちのガイドさんが説明してくれます。でも説明の中に??がいくつか…
襄が帰国してこの家で両親と再会した〜の絵(光ってしまった
明治7年11月29日早朝の事。同年12月24日には大阪で約束があったので旅立っています。約3週間の滞在でしたが、その間暮らしていたので『新島襄の旧宅』でも間違いじゃないか
前から気になっていた襄の左のこめかみの傷。ガイドさんに訊いたら子供の頃に塀から落ちて大怪我、その時のもの。不逞浪士との刀傷じゃなかったんや。
ここで疑問の答え〜大河効果はすでに安中にもあらわれていました
ガイドさんの話だと大河放送前お客さんは月250人くらい。
大河が放送されてから多い時で1日250人くらい。GW前半には300
人来た日もあり「狭い展示室に入りきれなくて庭にお客さんが溢れて
いたよ。1日中説明しっぱなしで疲れたなぁ〜
れました。
ドラマの舞台が京都に移って新島襄がいっぱい出てきたらもっと増え
るかもね。ガイドさん頑張って下さい
いけどね。
他の新島襄関連史跡も紹介
安中教会の新島襄記念堂は襄の召天30周年を記念して建てられたもの
で見学は予約制。
↑の隣の旧碓氷郡役所 では『新島襄・八重展』開催中でした。
八重さんは明治15,21(襄と共に)、43、大正10年と4回安中を訪れています。
最後に丸太屋総本店さんで見つけたスイーツを。
この他襄の写真がパッケージの『安中大すき』もありました。
左の菓子とうふが特に気に入りました。レアチーズケーキみたな食感の
豆乳の間にチョコ、カスタード等を挟んだもの
今回初訪問でしたが安中にはナイスな中世城郭、新島襄旧宅などの
旧跡、そして温泉もあって中々良いとこだと思いました。
あと地元グルメがあれば良いのに。ちなみにるな一行は富山湾直送
の回転寿司でランチしました
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