旦さまと私

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お城散策(栃木県)

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旦さまと栃木県のお城巡りをした記事です。歴史なんかも簡単に載せてあります。
九州旅行の書庫にも熊本城、知覧城などの記事がありますので、興味のある方は見てみてください♪
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 この城跡は、姿川東岸の台地上に、谷や丘陵をたくみに利用して築かれた平城で、本丸の堀と土塁がほぼ完全な形で残されています。土塁の四隅は他の部分に比べ、高く築かれていて櫓があったと考えられます。本丸以外にも、周辺には部分的に堀や土塁が現存していて、城の範囲はかなりの広さであったと想像できます。本城は、鎌倉時代後期(13世紀後半)に宇都頼綱の四男多功宗朝が、その二男(または三男)朝定にこの地を分封し、築城したと伝えられています。(現地案内板より)

 
児山城(こやま城)要図
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 児山氏の菩提寺で城内に位置する華蔵寺。 広くはありませんが駐車場有り
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外郭東側の堀
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華蔵寺横の土塁と堀
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外郭内に案内板があります。
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小山城タオルをかけて児山城案内板を読むの図
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遊歩道が整備されています。
階段を登ると主郭ですがこの土橋と虎口は後世のもの。
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主郭の堀
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主郭内は鬱蒼とした杉林で土塁が囲んでいます。
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地主さんの名前入りの案内板有り        櫓台に登ってみました。
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櫓台上から堀を見下ろす。
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こちらが当時の主郭虎口食い違いです。
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総評  ★★★★☆  (旦さま私見 ★4つ)

さすが県指定史跡〜久々に良い中世城郭と出会いました
 
宇都宮氏宇都宮城の支城で築城時は主郭のみの方形館としてスタート、戦国
 
時代に二の丸、三の丸等(現在郭の区切が分からないので外郭と表記しました)
 
を拡張し複郭に変身
 
東西約77m、南北約87mの主郭は完存。巾約6〜9mのと堀底からの高さ
 
8〜10m土塁が囲んでいます。四隅は櫓台で上から堀を見下ろすとその高さ
 
圧倒されますよ。地主さんの名前が書かれた案内板って珍しいなぁ〜と思いつつ
 
公開してくれる事に感謝
 
完存の主郭に対して外郭部は宅地、耕地になっていて内堀の外側L字の堀以外は
 
所々に遺構が散在するくらいですが、周囲に残る西城・中城・北城などの地名を
 
ぶと東西450m、南北500mに及ぶ広大な城域を誇っていたと想像出来ます。
 
大通りから入ったとこにあるのですが「児山城→」の道標もあって訪れる城ファンに
 
親切。最近は埼玉北部の案内板のみや濠を利用した水路程度の城館跡が多かっ
 
たので久々にThe・古城を満喫出来ました。
 
近くのとんかつ屋さんに関宿城の大手門(長屋門形式で巨大)が移築されている
 
のでセット見学をオススメします。 

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栃木城は応永元年(1391)皆川紀伊守秀光が築いたと伝えられていますが、その歴史をつまびらかにする事は出来ません。下って天正19年(1591)皆川山城守広照が皆川城にかわるものとしてこの地に城を築きました。その後慶長14年(1609)広照が家康の怒りに触れたため、取り壊わされてしまい、堀の跡や土塁の一部が城内という地名とともに残るだけとなってしまいました。(現地案内板より)

 
栃木城は現在栃木城址公園になっています。
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まずは案内板を読みましょ。
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ありがたい遺構の土塁
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土塁に登頂
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土塁上は広くないですね。
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本来は水堀のはずですが…この日は水が枯れたのか空堀でした
勘違いされそうな護岸目的の石垣ですね
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総評 ★★☆☆☆ (旦さま私見 ★2つ)

県名の市なのに県庁所在地じゃないのが寂しい栃木市…と思っていたのですが、
 
明治17年に宇都宮に県庁が移る前までは栃木市に県庁が置かれていたそうです。
 
その栃木市にある栃木城は場所が分かりにくく苦労しましたよ。
 
曲がる道が狭すぎ… 栃木城址公園は住宅地の中にある小さな公園で、街に
 
のみ込まれてしまった感じです
 
わずかな土塁が遺構ですが、ここはかつての二の丸東部分にあたります。
 
土塁は高さもあるのでもしかして櫓台なのかな。
 
往時は本丸、二の丸、蔵屋敷、三の丸を配していました。
 
小田原の役の時皆川城(とぐろぐるぐる又はUFO基地に見えるお城ね)主だった
 
皆川広照さんは小田原城内に籠城していましたが自ら城を抜け出し徳川家康
 
陣所に降参しに行き、所領の皆川を安堵されました。
 
皆川城はすでに豊臣軍に落とされていたので、この栃木城を築いたのです。
 
その後家康の六男松平忠輝の守り役になりましたが忠輝の目に余る所業を幕府
 
訴えたら、逆に監督不行き届けで改易されてしまいました。慶長14年(1609)
 
の事です。これが案内板にある「家康の怒りに触れた」(でもあんたの息子やろ!)
 
ですね。そしてこの栃木城もわずか17年の短命で終わってしまったのです。
 
可哀相な広照さんですが、何と改易17年後、75歳にして常陸国府中に1万石の
 
大名として復帰します。長生きした甲斐がありましたね広照さん
 

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        『高松城』
 東西90、南北90mの不整方形の四至に土塁をもって囲み、外側に濠を巡らす。南に道が通じ
るが、北側の土塁濠が良く原型をとどめ、北西隅は隅櫓跡とみられる高所となっている。天文年中
館林領主赤井山城守が上野国中野を領し、永禄の時この居館に移住したと云う。その主は代々累を
重ね現在に至ると云う。
 中世の土豪の居館跡を今に伝えるものとして貴重である。(現地案内板より)
高松城の地図↓
http://map.yahoo.co.jp/pl?type=scroll&lat=36.28035643306249&lon=139.49711408525368&z=17&mode=map&pointer=on&datum=wgs&fa=ks&home=on&hlat=36.28041913719621&hlon=139.49711408525363&layout=&ei=utf-8&p=

県道に道標を発見!この高さだと気づきずらいよぉ(^-^ゞ
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道標を進むと大きなお宅が。ここが高松城跡です。虎口にあたるとこに案内板と標柱アリ♪
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土橋から堀
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郭内に石碑が…なにやら累代の事が記されているようです。
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南から堀と郭の南西部を
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★★☆☆☆ (私見 ★2つ)


足利市の高松にあるので「高松城」と呼ばれていますが、正式名称は案内板や標柱に表記してある

「居館」なのかなぁ。そのまんま過ぎ…(^-^ゞ

方形の居館跡ですが敷地内は今も城主の末裔さんがお住まいなので立ち入る事は出来ません。

噂だと敷地内に土塁や堀が残っているらしいのですが、家の方の姿を外で見られなかったし、

ピンポン見当らないし、とりあえず外周を散策しようかと…

南部分しか堀に沿った道がなく、あとの三方は堀に沿っては歩けません(ノ_<。)

しかし戦国から平成の現代まで城主として同じとこに住んでいるのなんて凄いなぁ。

もし自宅が城跡などの史跡だったらどうだろう?…見知らぬ人が家の周りをカメラ片手にうろついて

いる事があるのですからね〜嬉しいけど、ちょっと複雑(;^ω^A

なのできちんとマナーを守って散策しようと再認識(*^ー゜)b
              『小中城』 
文献等に一切記録のない中世の城館跡。土塁と堀が残る。
小中城の地図↓
http://map.yahoo.co.jp/pl?type=scroll&lat=36.33836825106722&lon=139.55433753755977&z=20&mode=map&pointer=on&datum=wgs&fa=ks&home=on&hlat=36.33831099503283&hlon=139.55432144430554&layout=&ei=utf-8&p=

ヤブに埋れていますがです。写真右が郭内にあたります。後方に見えるのは浄蓮寺本堂
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土塁上の様子
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郭内より土塁北西角部分
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西端の堀
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城跡のすぐ南にある田中正造の生家。せっかくなので見学しましょ!
しかし…1月4日であるこの日は休館日でした。お正月休みは観光地が休みのとこが多くて
困りますよぉ(ノ_<。)
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生家と道を挟んだとこが誕生地と墓地でした。
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佐野に来たら、やっぱり佐野ラーメンを食べなきゃ!という事で『金銀』にやって来ました。
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旦さまは佐野ラーメンを。お馴染みのあっさり味。どのお店でも基本の味は同じかも?
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るなはつけ麺を(*^-^)b 麺は太麺で1.5人前あるのですが、ペロリ完食!
魚介系の付け汁で、好みの味でした。
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そしていつものように佐野厄除け大師は大盛り上がり!
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総評 ★★☆☆☆ (私見 ★2つ)


足尾鉱毒問題解決のためにした東奔西走した義人・田中正造生家のすぐ北にある小中城は、記録に

一切登場しない謎の中世城館跡ですが、「 形に土塁と堀が残っていました。 

堀はヤブ化していますが、結構深くて中々のもの。土塁幅もあるし。

しかし保存対策は取られていないようで、開発による消滅が危惧されます…(ノ_<。)

郭内は民家と畑になっていて形状は良く分かりません…(^-^ゞ

近くにある赤見城や、佐野氏の城館との関連があるのかな。

しかし佐野市にはたくさんの城館があるのもですね。毎年一回は訪れますが、佐野市内の城館制覇は

なかなか達成出来ません。もちろんその度に佐野ラーメンも食しま〜す(^・ω・^)b

今回の『金銀』さん(佐野市田島町161−1 電話0283−24−5596)
       
「いらっしゃいませ〜!」の声がとても元気で好印象♪。

来てくれてアリガトウゴザイマス!感いっぱいで、気持ちの良いお店でした。
                『赤見城』
 藤原秀郷の子孫、足利俊綱が安元元年(1167)に築城し、治承2年(1181)に居城とした
と伝わる。その子忠綱は家臣に討たれ、藤原足利氏は滅んだ。その後、岩崎氏、戸賀氏、荒川氏、赤
見氏が居城とした。慶長19年(1614)佐野氏の支城として機能していたが、佐野氏が改易され
るに及んで赤見城も廃城となった。
 16世紀末の記録や口伝によると東西約480m、南北約380mの規模を持ち、本丸を囲んで東
に二の丸、南に三の丸、西に西の丸、東北に北の丸を配置し、いづれも土塁と濠に囲まれていた。東
西の方に二つの捨郭(捨曲輪)があり、西南は大湿地帯であったと言う。東北より出流川、西北より
駒場川の水を最大限に利用したもので、その規模は現在の町屋全域に当り、その中に多くの武士屋敷
や防御陣地が構築されていたと考えられる。(案内板より) 
赤見城の地図↓
http://map.yahoo.co.jp/pl?type=scroll&lat=36.3504377&lon=139.53695628&sc=2&mode=map&pointer=on&home=off


赤見城の標柱と案内板
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石碑に刻まれた縄張図。
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お約束の土塁上散歩を
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主郭内には赤見城保育園があります。
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影遊びをやってみました。
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西側は二重土塁
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↑二重土塁を下から
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南西の土塁上でバンザイを(笑)
土塁の高さがなんとなく分かってもらえたかなぁ?
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北西の郭にも土塁が残っています。二重とおもったら三重?なのかなぁ?
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総評 ★★★☆☆ (私見 ★3つ)


本郭内が保育園になっている事で有名な?赤見城です。

男性城郭ファンの皆さん、お城の写真を撮る振りして保母さんを隠し撮りしないようにね(爆)

そして赤見城保育園の児童の皆さんはお母さん、お父さんに怒られても決して籠城しないで下さいね!

〜(;^ω^A (保育園に行くのが嫌な児童からだと幽閉されてる…??)

冗談はさて置き、遺構ですが、南東部は消滅していますが、それ以外の本郭を取り囲む高くて

幅広の土塁と堀は見応え充分ですよ!

本郭以外の曲輪は田や民家になってしまっていますが、北西の曲輪跡には土塁が残っています。

しかし整備されていないので見辛いのが難点…

佐野市内には数多い城館跡がありますが、赤見城は唐沢山城に次ぐNO・2の名城だと思いマス。

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