七日市陣屋は元和2年(1616)、藩祖前田利孝によって築かれました。利孝は前田利家の五男として生まれ、大坂夏の陣で戦功により上州甘楽で1万石を与えられ、七日市藩を立藩しています。陣屋は約100m四方で東側と北側には水堀、西側と南側は空掘を廻らし、高さ1.8mほどの土塁の上に1.5mの塀を築いていたと言われています。敷地内には藩主の居館や藩行政施設、家臣の宅邸が軒を連ね、城郭ではなく陣屋構えの格式でした。現在は天保14年(1843)に再建された御殿の玄関と書院の一部と中門(黒門)が移築保存されている他、御殿山と呼ばれた櫓台や土塁の一部が残っています。 (群馬県WEB観光協会HPより)七日市陣屋は富岡高校の敷地となっています。
ポストと電話BOXに挟まれた立て看板ですが、目立っていますね〜
現存する御殿です。
内部は見学出来ないようです。僅かな隙間から覗いてみると…何やら家紋・星梅鉢付きのものが…
御殿前の庭園も中々立派。
御殿VS体育館!
これも現存です〜の黒門。この黒門の他、大手門、裏門、伝・南門が移築されて現存していますが、
今回は時間の関係でパス
陣屋の東北隅の土塁です。石垣は後世にものでしょう。
陣屋のすぐ北に長屋門を発見。かつての藩士のお宅でしょうか?
星梅鉢の旗が風に揺れる
総評 ★★☆☆☆ (旦さま私見 ★2つ)前田利家の五男・利孝が自らの戦功でゲットし、構えたのが七日市陣屋です。
「俺はアニキ達のように実家から分け与えられた土地に住んでいるわけじゃない!」の自負があった
のでは?金沢の前田宗家に突っ張っていた(?)七日市藩ですが、天保12年(1841)に火事で陣屋
が全焼。加えて天保の大飢饉などの天災も起こったため財政難に苦しみ宗家の財政援助を受けて、ど
うにか存続する事が出来ました。現在残る御殿、黒門は火事で焼失後に再建(天保14年)されたもの
です。
富岡高校敷地内に御殿があるのですが、「陣屋見学の方、ご自由にどうぞ」とか書いてないので勝手
に入って良いのかと躊躇してしまいました。なので『そっと』見学して退散(^-^ゞ
御殿は陣屋遺構としては貴重で、川越城本丸御殿の小型版って感じ。内部公開はしていないよう
です。黒門の方は現在も高校の通用門として使用されているようですが。
「うちの学校は前田さんの陣屋なんだぞぉ〜」と誇りに思っている生徒はいるのかな?
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