旦さまと私

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お城散策(東京都)

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旦さまと東京都のお城巡りをした記事です。歴史なんかも簡単に載せてあります。
九州旅行の書庫にも熊本城、知覧城などの記事がありますので、興味のある方は見てみてください♪
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『東京文化財ウイーク』で石神井城主郭公開と共に開催された

石神井城ミニガイドツアー

城跡周辺(外郭部)を解説を聞きながら歩いて巡るツアーです。

まずは主郭前で歴史等の説明を聞き、西側に隣接する氷川神社へ。

豊島氏が応永年間(1394〜1428)に、武蔵国一宮の氷川神社(さいたま市)を城内に勧請し
たと云われています。境内には江戸時代の旗本豊島氏が奉納した石灯籠があります。
太田道灌に滅ぼされたと思っていた豊島氏はしっかりと生き残っていたのですね♪
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氷川神社西側の民家の庭先に残る土塁!?傍から見ると垣根から覗き見をする集団…
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上の画像じゃ良く分からないと思うので土塁をアップで〜よけい分からないって?<(@^_^@)

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櫓跡と思われる場所〜昭和33年当時地面が少し高く、土手状になっていた所。
今は微かに分かる程度って言っていましたが…?
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この道路が西端の堀跡〜城の西側は台地を切断するように、南北に空堀が築かれていました。
昭和33年発掘では、上幅9m、深さ3.65mで東側に土塁が築かれていたと考えられる痕跡
が確認されています。「あれ〜みんな行っちゃったよ〜」(;^ω^A
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上の道を真っ直ぐ進むと三宝寺池に残る堀跡と思われる窪地があります。
言われてみるとそんな気がする…?程度ですが(笑)
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三宝寺池に面する崖側は犬走り状の平面で、切岸の跡と考えられます!?
この辺りは昭和に料亭が建っていた場所なので、かなり改変されているそうです。
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そして石神井城に戻り解散〜お疲れさまでした!


ミニガイドツアーは10名程度で巡ったのですが、遺構の写真を撮っている間に私達だけ遅れて

しまい職員の方には迷惑をお掛けしました(;^ω^A

それにしても不思議なものですよね〜説明を聞くと何てことの無い住宅地の道がしっかりと空堀に

見えて来ますから^^

この想像力を駆り立てられるミニガイドツアーはとてもマニアックなツアーでしたが新たな情報が

たくさん得られて大満足でした。

そして普段入る事が出来ない主郭部と宅地化した外郭部を見学した私たちは

「これで石神井城は攻略した!」と意気揚々帰宅しました( ̄ー ̄)v ブイ!
              『石神井城』
 石神井城は、平安時代末期から室町時代中期まで、現在の台東区、文京区、豊島区、北区、
荒川区、板橋区、足立区、練馬区などやその周辺地域に勢力を持っていた豊島氏の居城の一つです。
 城の築城は、鎌倉時代後期と考えられ、文明九年(1477)4月28日に太田道灌に攻められ
落城し、廃城になりました。「太田道灌状」によれば、最後の城主豊島泰経は、石神井城落城の後、
平塚城(北区西ヶ原)に敗走し、その翌年の1月25日、再び道灌に攻められ小机城(横浜市)に
逃げています。その後の泰経の足取りは、記録として文献には残っていません。
 城は、石神井川と三宝寺池に挟まれた台地に築かれており、全体では9ヘクタール前後の規模で
あったと推定されています。当時の城は、土塁と壕で土地を四角形に区画した場所(郭)をいくつ
か築き、防御施設としていました。例えば、城の東側は、ここより約100メートル程の場所に幅
7メートルほどの壕で区画されていたと考えられ、西側は、ここより約220メートル程の場所に
幅9メートル程の壕と土塁で区画されていました。また、北側と南側は、三宝寺池と石神井川とい
う自然の地形を利用して防御されていました。(案内板より)


いつもは遺構保護の為にフェンスに囲まれた主郭には入れない石神井城ですが、
東京文化財ウィークのこの時期のみ公開されるとの事なので行って来ました!
まずはお馴染みの石碑をカシャ。
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久々の石神井城〜おっフェンスが開いている♪L(@^▽^@)」 ワーイ
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主郭空堀〜フェンス越しに見るよりも、堀幅がありますね(堀から土塁裾部まで16.3m)
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櫓台からの眺めもこの日ならではのもの♪
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これが普段は見る事の出来ない主郭内です〜発掘パネル等が展示されていました。
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同じ豊島氏つながりで練馬城跡の堀からの出土礫もありました。
石神井城から石の出土はなく、豊島氏の城としてこれは貴重だそうですよ。
渋谷城の「砦の石」に対抗できるかも?(;^ω^A
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こちらは三宝寺池北岸にある城主・豊島泰経偲んで縁者が築いたと云われる殿塚。
太田道灌に攻められ落城時、泰経は黄金の鞍を付けた愛馬で三宝寺池に入水したと伝説になっています。
しかし泰経は平塚城に逃げたのであくまでも伝説です…
もしかして数年前に騒がれた三宝寺池のワニさんは、この黄金の鞍の生まれ変わり?(;^ω^A
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殿塚のそばには姫塚もあります。
泰経の後を追って三宝寺池に入水した娘・照姫の供養のために縁者が築いたと云われています。
練馬区では今も照姫を偲んで『照姫まつり』が開催されています。
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総評(再評価) ★★★☆☆ (私見 ★3つ)


訪れた東京文化財ウイーク中のこの日は、その中でも特別な日なのです。

この日のみ開催の発掘展示パネル展とミニガイドツアーも開催されていたスペシャルな日です。

熱心に見ているお城や歴史好きの方で静かに賑わっていました。

石神井城主郭部は保存状態も良く、都23区内の中世城郭ではダントツですね。

以前訪れた時はフェンスがあって入れない事にブー(●`ε´●)でしたが、この貴重な遺構を見て

しまったらフェンスで囲むのは仕方ないと納得しました。なんでも土塁と堀の起伏が子供の格好の

遊び場になって土塁の崩落と堀の埋没が進んだためだとか。(平成4年に設置)

それにしても石神井城は昼間も暗く、まさに「古城」の佇まい☆評価アップです。

関係者の方も来ていて、色々とお話を聞かせて頂きました。

・居住部は西側の堀から主郭までの空間で、主郭は閉鎖ざされた防御空間であった。

・土橋が検出されてなく、主郭にはどうやって入ったのか判明していない。

・堀は水が貯えられた痕跡が認められないので初めから空堀だった。

・太田道灌に攻められ廃城後、後北条氏による再利用は無かった。…などなど


主郭部見学の後は『石神井城跡巡り』(ミニガイドツアー)にも参加しました。

こちらも城郭本では得られない情報が盛りだくさんで楽しかったですよ。詳細は次回!!
       『喜多見氏館・陣屋』
 室町時代中期、太田道灌に江戸を追われた江戸氏はここ木田見(喜多見)に移住して、姓も
木田見と改め城館を構築した。その際に氏寺であった慶元寺も(当時は大福寺)もこの地に移っ
た。木田見氏はその後、後北条氏に仕えたが、天正18年(1590)後北条氏滅亡後、徳川家
康にこの地を安堵され旗本として仕えた。これ以降木田見の姓を喜多見とし、勝忠・重恒・重政
と3代に渡って領した。重政の代には2万石の大名にまでなったが、元禄2年(1689)2月
事に座して絶家した。


慶元寺の地周辺に喜多見氏の館が構えられていたと伝わりますが、その詳細は不明です。
山門の後が「天神の森」で江戸時代の喜多見陣屋跡です。
イメージ 1



慶元寺は文治2年(1186)3月、江戸太郎重長が居していた江戸城(今の江戸城紅葉山辺)
に開基した氏寺で、本堂は享保元年(1716)に再建された都内最古の寺院本堂建築です。
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その江戸太郎重長さんの銅像が境内にあります。狩り姿ですが、中国の方に見えますね^^
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墓所入り口に江戸氏喜多見氏の墓所がある事を告げる石碑発見。
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江戸氏喜多見氏の墓所〜墓所には案内板も標柱も無いので探すのに一苦労でした。
イメージ 5



総評  ★☆☆☆☆ (私見★1つ)


太田道灌より早く江戸の地に目を付けた江戸氏の末裔・喜多見氏の城館&陣屋跡です。

室町中期から断絶する元禄時代まで喜多見を領していたわけですが、江戸時代の陣屋は

門前辺の「天神の森」と云われる所に構えられていました。現在宅地化され遺構は無し。

銅像にもなっている江戸太郎重長は源頼朝の隅田渡河をはじめは拒みましたが、一族の

豊島清光らに説得され陣に加わり功を挙げた武将です。江戸の先住者であり、東京の起源は

この江戸重長とその父・重継によるものなのです☆ 氏寺の慶元寺は将軍徳川家光より10石

の寺録御朱印地を賜り、それ以後歴代将軍から朱印状を賜っています。これは先住者、江戸氏

に感謝の意が込められているのかも知れませんね。

でも喜多見氏は改易になってしまいますが(ノ_<。)
            『伊奈城』
 昭和54年中田正光氏の調査により確認された城。築城者、年代共に不明だが、鎌倉街道と古甲州
街道が交差する交通要所に位置しており、後北条氏が武田軍侵入防備のために使用していたと考えら
れる。


松岩寺とその裏山の伊奈城を望む。
イメージ 1



主郭には北郷神社が鎮座しています。
イメージ 2



社殿から主郭を眺めると、こんな感じです^^
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有峰書店新社『多摩丘陵の古城址』によると山頂部西北のここが竪堀のはずなのですが…?
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総評  ★☆☆☆☆ (私見 ★1つ)


松岩寺に向って左側から舗装された道で裏山の伊奈城に行けます。主郭と考えられる山頂は北郷神社

が建つ削平地ですが、ここが城跡と思われる遺構は確認出来ませんでした。しいて言えば、神社の建っ

ている場所が一段高くなっていて、矢倉台?と思えるかも。

有峰書店新社『多摩丘陵の古城址』によると南斜面だけの築城形態との事ですが、正直言って

それも良く分りませんでした。

ちなみに『日本城郭体系』によると麓の松岩寺は『上平井館』と紹介されていますが、その裏山の

伊奈城については触れられていません。上平井館は土豪平井氏の居館と説明されていますが、

こちらも遺構は確認出来ません。

普通に考えると松岩寺が根古屋で伊奈城が詰城となるのですが、安易すぎる?(;^ω^A

私達にとって伊奈城は今だに『謎の城』です。
               『網代城』
 15世紀中頃、農山村の地侍(武士)達は山村民らの指導者として各地に村単位の自営権力を保持
し「南一揆」と呼ばれる武装集団を成立させていた。この山城は、そうした者達によって利用されて
いたと考えられてる。この様な小規模な山城は、村人らの兆散(領主の重税などからのがれる)の場
としても使用されていた。16世紀中頃、八王子の滝山城に入城した戦国大名北条氏照により南一揆
は解体し、網代城は滝山城の支城として再び役目を果たしたと考えられている。(案内板より)


網代橋を渡り坂を上ると、旅館「網代」の前に着きますが、そこ右折すると公民館があります。
『城逢人』の史進さんに教えて頂いた様に(_ _*)_ _*)ここに車を停めて登山開始です。
ハイキングコースにもなっているので、団体さんが登山の為に集合していました。


公民館を背に進むとすぐに、この貴志嶋神社の赤い鳥居が見えてきますので、ここを目印に。
久々辛そうな山城攻めですが、後ほど団体さんが登山して来ますので、追いつかれないように
先を急ぎます(ノ_<。)
イメージ 1



網代城のある城山には弁天山経由で登山です〜貴志嶋神社を過ぎ弁天山中腹にある弁天洞窟に到着。
案内板によると、この洞窟の中には大黒天や毘沙門天などの石仏が安置されているそうですが、
暗くて良く見えないのすよ…
イメージ 2



そして弁天山の頂上に到着〜狭い岩場ですが、素晴らしい景色を見ながらしばし休憩★
イメージ 3



弁天山頂から下って、城山への案内→に従って進みます。途中他からの道と合流する地点で
大きく進行を左へ。城山へ←の案内の板もありますから。
しばらく進むと上り道です、ここが大手と云われる道です。
イメージ 4



尾根道直上で、やっと網代城主郭に到着。長い道のりでした(ノ_<。)
木々の為に眺望は効きませんが…
イメージ 5



案内板には『埼玉の古城址』の著者でもある中田正光先生による概要図があります。
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概要図によると、ここが土橋のはず…ですが埋もれています。
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概要図によるとここが堀切のはず…ですが埋もれています。
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総評  ★★☆☆☆ (私見 ★2つ)


高尾氏、貴志氏、網代氏などの南一揆が籠もったと云われる網代城は標高330,6mの城山頂

に築かれていました。道はハイキングコースとして整備されているのですが、弁天山経由のためか

麓からやけに時間がかかった気がします。

『多摩の古城址』によると昔は弁天山にリフトがあったみたいですが、今の静かな山からはリフト

営業が出来るだけの観光客が訪れていたとは想像が出来ません。

現在の遺構から北条氏照の支城となってからもそれほど手を加えられているとは思えず、

簡単な削平地や堀切を設けただけの砦で、狼煙ルートの一城だったのではないでしょうか。

概要図を見ながら遺構を探しても?の連続でしたが、元々このような城だったと思えば、

苦労して上って来た甲斐もあるというものですよね。

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