旦さまと私

るなと旦さまの歴史バラエティブログ+音楽+美味しいもの

お城散策(東京都)

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旦さまと東京都のお城巡りをした記事です。歴史なんかも簡単に載せてあります。
九州旅行の書庫にも熊本城、知覧城などの記事がありますので、興味のある方は見てみてください♪
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今回は大阪遠征記事をお休みして21日に開催された八王子城主・北条氏照公のお祭り〜北条氏照まつりと前日の20日にオープンした八王子城ガイダンス施紹介します。
 
北条氏照まつり〜八王子城がある元八王子地区のお祭りで今年第1回目。
今年から地元の英雄・北条氏照を顕彰する意味も含めて開催
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元八王子地区には幟がいっぱい! 祭りのメインは約100人の武者行列
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軽トラに先導されながら高尾街道を武者行列が練り歩く!
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 白馬に乗った氏照公。後方の馬車道の看板とナイスコラボ
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元八王子だけではなく北条家ゆかりの小田原、寄居・鉢形、所沢・滝の城からも
応援部隊が駆けつけていました。ちなみにこの日は三増古戦場でも武者祭りが行なわれているので参加武者が少なかった気が…
 
あくまで地区のお祭りなので甲冑とか手作り感いっぱいですが中々楽しめましたよ。
なぜか各隊のプラカードは女子高生が持っていましたが…ナイス

 
武者行列を見た後に向ったのは前日(10月20日)オープンしたばかりの
八王子城ガイダンス施設
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中の写真撮って良いですか?と係りの人に聞くと、ちょい間があったけど
大丈夫でしょ。いっぱい宣伝してね」と
内部は後北条&八王子城の資料展示休憩スペース。休憩スペースでは飲食お弁当も食べれます。八王子城の事が10分で分かっちゃう映像コーナーもありますので皆さんぜひ!
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『さわって比べてみよう』コーナーでは八王子城と滝山城をさわり放題!(笑)
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城跡で困るのはトイレ。屋外トイレだと虫君がいっぱいいてギャ〜!!だけど
こうして資料館とかの施設があると屋内トイレが確保出来るのでとても助かります
 
ボランティアガイドさんもいるので登城前に色々聞いてから登ると便利。
八王子城の事を話したぃ〜って方ばかりなので喜んで色々教えてくれますよ。
 
 
 

 
せっかく八王子城に来たので御主殿を散策。
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御主殿内は現在整備工事中です。 
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整備イメージ図  建物復元はないようですね。これがウン10年前だったら模擬天守が建っちゃたかもね(笑)
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久しぶりの八王子城でしたが、来るたびに 何かしらの整備が出来ていて嬉しい
驚き ガイダンス施設が出来た、駐車場が広くなった、パンフが新しくなった、
新しい案内板、自販機が設置された、…そして何より訪れる人が多くなった!です。
大げさに言うと、近所の高尾山に飽きたハイカー達が八王子城に乗換えた??
て感じ(笑)
 
北条氏照まつりも開催され、ガイダンス施設オープン、来年には御主殿も整備
され、ますます盛り上がりそうな八王子城です 
せっかくだからお祭り(メイン会場は元八王子小学校でした)は八王子城でやれば良いのにネ
 

 天文6年(1537)上杉朝定の老臣難波田弾正の立て籠もる深大寺城に対抗して北条氏綱の家臣北条(高橋)綱種が牟礼砦を、高橋民部少輔氏高がこの烏山砦を築いた。

 
 
烏山砦比定地のひとつである烏山神社
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一応微高地
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境内は静寂に包まれ
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う〜む砦の痕跡は皆無ですね
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あれれこれ(額?)って…
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あそこにあったもの?
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もうすぐお昼です。ご飯、ご飯!      ステーキ屋〜KENNDY(千歳烏山店)
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ランチメニューですが驚きの30円!ビーフシチュー(ライス付き)
量は少なめですが、ちゃんお肉もいっぱい入っています
旦さま注文のステーキも美味でしたぞぉ。
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総評 ★☆☆☆☆  (旦さま私見 ★1つ) ステーキじゃないよ(笑)

小田原北条さんの烏山砦の所在地はハッキリしなくて、烏山神社の他にもウテナ
 
本社・世田谷文学付近説があります。
 
ビルは味気ないのでとりあえず烏山神社へ。
 
同時に築かれた牟礼砦跡の神明神社は高台にあるので『砦』っぽいのですが、
 
ここは微かに高地?程度なのでどうなのかなぁ〜と
 
元々この地に泉沢寺というお寺があったのですが天文年中(1532〜55)に
 
現在の川崎市へ移転したと案内板にあります。戦が天文6年だからもしかして
 
お寺を砦化したとも考えられますね。
 
正直砦跡は良く分かりませんでしたが、たまに都内で見かけて気になっていた
 
ステーキ屋さん〜KENNEDYでランチ出来たから良しとしましょ

昭和62年(1987)郷土史研究家・宮田太郎氏によって発見された中世の山城。京王百草園の西側の丘陵地で曲輪跡、堀切などの遺構が発見された。鎌倉期〜戦国時代の山城と考えられている。

百草城鳥瞰図(宮田太郎氏著「鎌倉街道伝説」より)
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北方から百草城を望む                       山腹にある百草園は花の名所として有名。
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まずは 百草園を散策。                        
この日は梅まつり開催中で賑わっていました。           寿昌院手植えの梅     
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 小田原城主大久保忠増の夫人で岡崎信康を追悼するために自ら植樹しました→
 
 
 
 
 
さぁ〜百草城散策をはじめましょう。まずは百草園ゾーンから。本郭は二段になっています。
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西の曲輪〜突き当たりに矢倉台があります。
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東の曲輪付近。百草園に来た観光客が大勢散歩していますが、ここが城跡だと知っている人は皆無だと
思われます。城跡の標示類は一切ないし…
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腰曲輪と虎口
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尾根道から梅の花
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続いては百草園を出て百草八幡宮ゾーンの遺構を見ましょ。
この百草八幡宮には源頼義・義家が奥州征伐の際に武運を祈願した伝説があります。
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社殿横にある虎口
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南曲輪の堀切
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フェンス越しに本郭を。フェンスの向こうは有料の百草園ゾーン
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馬場と伝わる広い削平地。端っこに土塁らしき土盛りもあります。
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総評 ★★☆☆☆ (旦さま私見 ★2つ)

図書館で旦さまが見つけた本「鎌倉街道伝説」でこの百草城の存在を知りました。
 
この本は発見者である宮田太郎氏著の本で鳥瞰図、縄張り図付きで詳しく説明しています。
 
「多摩の古城址」で紹介されている陣屋山城とは別のお城。
 
文献資料には登場しませんが、遺構形態から鎌倉〜戦国時代の山城で、麓の鎌倉街道や多摩川を監視
 
する役割と共に狼煙連絡をも担っていたと考えられます。
 
「中世の山城発見!」と聞くと、人里離れた山奥かと思いますが、すでに観光地となっていた百草園
 
敷地も含めた丘陵地なのは意外でした
 
本郭を中心に北、南、東に延びる尾根に小さな削平地があります。
 
西にも尾根があったのかもしれませんが現在は百草園になっているので分かりません。
 
尾根上は百草園の散歩コースとなって整備されているので、オールシーズン見学OKかも。
 
本郭、東の曲輪矢倉台は見晴台として利用されています。ちなみに本郭、東の曲輪、西の曲輪、北の
 
曲輪百草園の敷地内のために入園料(大人300円)を払わないと見れません
 
百草八幡宮周辺の南の曲輪は当たり前ですが無料。こちらの方が木々に囲まれ城跡らしい雰囲気。
 
小規模ながらも堀切見る事ができます。本郭、南の曲輪の間にあった大堀切はかなり埋れていて
 
良く分かりませんでした。もちろん遺構確認は「鎌倉街道伝説」の鳥瞰図を見ながらです。
 
小規模な山城ですが東京多摩地区でお城の新発見があった事が嬉しかったですね
 
百草園の地は遠く奈良時代に創建された真慈悲寺があった場所で、新田義貞の鎌倉攻め(分倍河原
 
の戦い)で焼失。その跡に松蓮寺が再建されたのが江戸時代の享保年間。小田原城主・大久保忠増の室・
 
寿昌院徳川家康の長男・信康追悼のためにでした。しかし明治になって廃され、後にここ百草出身の
 
青木氏が庭園を復興、百草園と名付けて明治20年に公開。現在は京王電鉄の所有で駅名にもなっています。
 
電車好きな方なら聞いた事あるかもね〜京王線百草園駅
 
新発見の百草城徳川信康ゆかりのお寺跡でもありました。 

「新編武蔵風土記稿」によれば、鎌倉時代の末期に在地豪族である三内孫四郎綱遠により築かれたと云われる城である。

標高301mの天竺山を目指します。
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登山口は踏み切りの後ろに見える鳥居が目印ネ
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三内神社です。ここが往時の居館跡と伝わります。
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社殿右側の登山道を登ると尾根に出ます。天竺山への道標に従いまた登ると…
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いわゆるニの郭的役割の平場に出ます。長方形の一番広い郭跡かと。
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そして目の前に立ちはだかる階段。崩れている箇所もあるので注意
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三内神社本社が鎮座する天竺山頂の主郭に到着。
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主郭内はこんな感じ。
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山城に登ったら眺望を楽しみながら食べるおにぎりが美味しいのです。
戸吹根小屋城のあるサマーランド方面
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総評  ★★☆☆☆  (旦さま私見  ★2つ)

五日市のお城と言えば戸倉城が有名ですが、この阿伎留城は五日市駅から徒歩圏内にある山城
 
で、登山口である三内神社から山頂の主郭までそれほど時間がかからず登れます。
 
しかし何分鎌倉時代の古いタイプの城。遺構的満足度はいまひとつかな…
 
理由は異なるでしょうが、青梅の枡形山城と同様にあまりお城本に取り上げられないし
 
周辺に駐車スペースがないので駅前のタイムズPに停めて城山まで歩きます。
 
五日市線の線路向こうに三内神社の鳥居が見えたら、踏み切りを渡り登山開始。
 
居館跡の三内神社境内で何か無いかと遺構探しますが、無いので山頂を目指します。
 
大きな平場の二の郭を経て山頂の主郭に到着。三内神社本社裏に土盛りがありますが、これは土塁とは
 
考えられませんので、遺構は平場のみという事で。
 
元々こんな感じのお城なんだから〜と自分を納得させれば、楽しいハイキング+お城散策+参拝ですよ
 
ちなみに標柱や案内板はみな三内神社のもので、阿伎留城に関する記述はなし。

 枡形山城は雷電山から派生した尾根から再び分かれた支尾根上に築かれている。三田氏の辛垣城から直線距離で約800m。文献記録には残らないが、良好なその遺構から後北条氏によるものだと考えられる。三田氏攻略のために築いた対の城か?

枡形山城概要図〜遺構の名前はこの図に従い記しました。前回同様、拡大出来なくてゴメンナサイ。
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今回の山は標高386m、比高136mの枡形山!    泉蔵院墓地横の民家脇に登山口らしきが…
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←鶏冠状のとこが、
主郭だと思いマス。
 
 
 
 
 
 
 
ふと見ると足元に手書きの道案内! どうやらここで正解のようです。これで遭難は免れた!?
城域に案内板、標柱の類がないので、この案内が唯一城名が記されたものになります。
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ひたすら登ると大山祇神の鳥居がある堀切・ロに到着。
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曲輪3のようす。                         曲輪3の先端、捨て曲輪。
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分かりずらいけど曲輪2の枡形虎口です。     曲輪2の先端から堀切・ロを挟んで曲輪3を見る。
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両曲輪間は
木橋で繋がっていた→
 
 
 
 
 
 
 
 
 
主郭のすぐ下にある堀切・イ。規模が小さく武者溜りの役割もあったとか。
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東西18m、南北20mほどの主郭には大山祇神の祠と石碑があります。
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眺望は利きませんが、木々の間から辛垣城が見えます。
往時もこうして三田氏を監視していたのでしょう。
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主郭から北に下ります。そこにあるのは竪堀・ホ
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見所が多い曲輪4辛垣城に続く尾根に構えられています。
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城名にもなっている「枡形」〜曲輪4の枡形虎口を城外から見た図。
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土橋と両側に竪堀・ニと竪堀・ハ
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総評  ★★★★☆  (旦さま私見 ★4つ)

 辛垣城の東南の位置し、文献記録には残らないけど、遺構はほぼ完存と言われる枡形山城です。
 
・三田氏後北条氏に対抗するために築いた辛垣城の出城。
 
後北条氏辛垣城攻略の対の城として築城。
 
・三田氏滅亡後北条氏照新たに築いた城。 …  諸説ありますが、どうやら対の城説が有力 
 
そうすると永禄4年(1561)くらいに築城されたと考えられます。
 
東西40m、南北180mと規模は小さいながら、古いタイプの辛垣城に対して枡形虎口や横矢を用いた、
 
その先を行く新タイプ山城です。(新タイプと言ってもこの頃のネ)
 
遺構状態も良いのに、なぜかこの枡形山城を掲載した城本は少ないのです。色々な意味で謎の城
 
「日本城郭大系5巻」にも載っていません。登山口の情報もアバウトで、辛垣城から尾根伝い行くとか、
 
辛垣城に続く西城林道を途中右にまがり直道とか、泉蔵寺の裏から登る〜など…
 
青梅市郷土博物館の方に尋ねても実際登った事がない…との事でした。(でも概要図と地図を頂きました)
 
山城解禁の今、北条氏照が残してくれた素晴らしい遺構を見なきゃソン!と遭難覚悟の出陣!(大げさ)
 
辛垣城の途中からだと山道なので、迷ったら本当に遭難の恐れあり、麓コースの泉蔵院に向いました。
 
墓地の端に山に向う道があり、「これかなぁ〜?」と思っていたら、足元に手書きの道標発見!
 
これは嬉しかったですね。実はここが大手道で、この周辺が「トンノイリ=殿入」と言う地名で、かつての
 
根古屋だったようです。
 
沢伝いの道→U字状の道をひたすら登ると、途中に「山の守」の碑があり、その先がジグザク道になり、
 
やがて鳥居が見えて来て、ついに念願の枡形山城に到着!!
 
埋れ気味のとこもありますが、噂通りの素晴らしい遺構を今に伝えています。
 
大山祇神の祠のある主郭は普段も下草も刈られているようで、参拝に来られる方がいるのかと。
 
他は…今の季節なら幾分荒れていますが曲輪3、曲輪2も行けますよ。曲輪4周辺は木々が
 
伐採されているので、竪堀、枡形虎口、土橋も見やすいです
 
これほどの遺構が残りながら史跡指定もされていないのが不思議な枡形山城、教えるのがもったい
 
ないくらい…なんてね(笑)   

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