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お城散策(茨城県)

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戦国時代、水海道城主であった田村弾正は進出して来た後北条氏の配下になったが、天正5年(1578)多賀谷氏に従いその後の筒戸城攻めで戦死した。

 
 
 堀川越しに見る水海道城跡
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堀川に架かる御城橋
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城跡はこの御城公園や宅地となり消滅
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公園内で石碑発見!と思ったら「茨城百景碑」と「洪水記念碑」でした。
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仕方ないから公園で遊びました。
これって自分で回して気持ち悪くなる遊具ですよね
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総評 ★☆☆☆☆ (旦さま私見 ★1つ)

この日の行軍スケジュールは茨城県の谷田部陣屋(つくば市)→多賀谷城大宝城
 
(共に下妻市)を巡るコース。途中通る水海道(常総市)にお城はないかと調べたら
 
この水海道城がヒット!しかし何もなかったです…
 
城跡を偲ばせるのは御城公園とその南に架かる御城橋の名前のみ。
 
公園内にある二つの石碑は「お〜城跡碑かいな?」と思いましたが、茨城百景碑
 
洪水記念碑。洪水が記念?しかも今のこの時期にマズイでしょ!と。
 
後で知りましたが水海道には千姫のお墓があり、千姫祭りも開催されている
 
千姫ゆかりの地なのでした。墓所を見過ごしたのが悔やまれます…
 

 谷田部藩は肥後熊本藩(細川氏54万石)の分家である。初代藩主興元は慶長15年(1610)下野国芳賀郡に1万石の領地を賜り、茂木に居を定めた。元和元年(1615)には大坂夏の陣に参戦。戦功をあげた事により、翌年常陸筑波郡・河内郡内に6千2百石を加増され、総石高は1万6千2百石となった。その後藩庁を茂木から谷田部に移し、谷田部藩が成立した。陣屋は明治初期の図面によると敷地面積約6千8百坪で北側と東側には堀を巡らし、内部には役所・藩主住居・文館・武館・馬場等があった。記録によると陣屋は天保15年(1844)に火災によって焼失したが、その後再建された。この幕末の頃、谷田部藩は財政危機に陥り、二宮尊徳の仕法により藩政改革を行なった。明治の廃藩置県後、陣屋は小学校舎や筑波郡役所として利用されたが、郡役所の廃止後は谷田部小学校として今日に至っている。(現地案内板より)

 
 
谷田部小学校の地が谷田部陣屋跡です。
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このカーブは堀跡かな?
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陣屋図(案内板より)
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 筑波郡役所時代の古写真(案内板より)
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石碑もあります〜谷田部城跡…って見栄張って。陣屋跡じゃないの
調べたら元は多賀谷氏の城で、主の佐竹氏が秋田へ移封になり廃城。その
城跡に陣屋を構えたとね。城跡→陣屋のパターン。
陣屋時代に植えられた松がありましたが平成5年に惜しくも枯れてしまったとの事。
その松(千歳松)に使われていた石碑も並んでいます。
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都市伝説もある二宮金次郎さん。怒られているワケではありません。
撮影させてくれたお礼を言っているですよ。
金次郎像は皆さんの行かれてた学校にもありましたか?
るなも旦さまも行っていた学校にはなかったですね。
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移築された玄関は、谷田部小学校の目の前の公民館に利用されています。
二代目藩主・細川興昌が建てました。
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懸魚(でしたっけ?)に細川家紋(九曜紋)付きね。 
藩祖・細川興ガラシャ旦那・細川忠興の弟ですが兄弟仲が悪かったらしく
細川本家を出奔 自力でこの地をゲット! しかし小藩のため後に財政難に
陥り本家に援助してもらいましたけどね。
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 横から…よく見ると公民館が顔に見えます
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つくば市北中妻のNさん宅に移築された陣屋門〜大きくて立派です。
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この前の地震で柱が土台からずれてしまったとの事。
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総評 ★★☆☆☆  (旦さま私見 ★2つ)

移築・玄関があるという事で前から気になっていた谷田部陣屋です。
 
実は御殿として残っているのかと思っていましたが、玄関部分のみが遺構でした
 
陣屋跡は小学校になり遺構は移築・玄関陣屋門を除くと何もありません。
 
校内に二宮金次郎像と並んで石碑があるはずなので校門脇等から覗いたのです
 
が、見当らず…仕方ないので校庭で遊んでいた女子児童に「二宮金次郎像って
 
どこにあるか知ってる?(城跡碑って聞いても分からないだろうから)」
 
「あそこにありますよ(しっかり敬語使えるんだね)」 「その隣りの石碑の写真撮っ
 
も大丈夫かな?」「大丈夫だと思いますよ」 一応許可(?)を得たので急いで
 
校内入り写真撮影。石碑は校舎と校舎の間、しかも昇降口脇にあるので平日の
 
撮影ムリですね。撮影中児童のお母さんが見ていたので、御礼を言って退却。
 
二宮金次郎都市伝説の一つを…校庭に薪が落ちていて、おかしなぁ〜と思って
 
いたら夜中に金次郎が校庭を走っていて薪を落としてしまったと…
 
もうひとつの移築遺構の陣屋門へ。ちょうどお家の方がいらしたので話を伺え
 
ました。この門は明治に移築されたそうで、馬に乗ったまま通れるように高くなって
 
います。先日の地震で右の柱が土台からずれて、通用扉が外れてしまいましたが、
 
倒壊はせずに立派に建っています。さすが陣屋門
 
陣屋跡を楽しむと言うより地元の方とのふれあいを楽しんだ谷田部陣屋でした。
 
 

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 府中城は、正平年間(1346〜1370)大掾詮国により築造されたといわれる。天正18年(1590)12月大掾清幹が佐竹義宣に攻められて落城した。後、義宣の叔父佐竹義尚が城主となり、慶長7年(1602)佐竹氏の秋田国替後は、六郷政乗がこれを領した。その後元禄13年(1700)松平頼隆が封じられ、この地に陣屋を置いた。                       城の規模は東西約500m、南北約400m、本丸・二の丸・三の丸の他、箱の内出丸・磯部出丸・宮部出丸を備え、また、堀・土塁をめぐらした堅固な城郭であった。現在では、土塁や堀の一部が残されており、当時を偲ぶ事が出来る。(現地案内板より)

府中城の図
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石岡小学校に残る土塁です。右側が堀跡
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土塁に上ってみる
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石岡小学校は三の丸にあたります。左の建物が民俗資料館。
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石岡築城以前は常陸国府が置かれていた地なのです。平将門に破壊されてしまいますが
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石岡陣屋の陣屋門が校庭に移築現存。柵があって触れません…
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裏側からも見ましょ〜立派な高麗門です
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民俗資料館に展示されている陣屋門の鯱
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かつて陣屋門が建っていた市民会館隅には石碑があります。
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二の丸跡の空き地に土塁の欠片が見えます しかし、フェンスに囲まれているので近くに行けません。
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本丸二の丸を区切る堀切です。ついに日が暮れて暗くなってしまいましたぁ
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総評  ★★☆☆☆   (旦さま私見  ★2つ)

府中城の遍歴を〜常陸国府跡府中城築城府中城三の丸跡府中陣屋です。
 
大部分が市街地化してしましたが、それでも石岡小学校にある巨大な土塁が府中城往時の姿を
 
偲ばせてくれます。校庭に移築された高麗門は文政11年(1828)2月に建てられたもので府中陣
 
屋時代の遺構。府中藩は水戸徳川家の分家で御連枝と呼ばれていました。
 
石岡小学校は嬉しい事にウェルカムで、校内に民俗資料館があります。普通校内は関係者以外
 
立ち入り禁止ですよね。資料館にあった陣屋門の鯱は本物かレプリカか今思うと謎。
 
画像で確認してみると陣屋門に設置されているのも片方ちゃんと欠けている鯱だし…??
 
府中城遺構で見逃してはいけないのが小学校南西にある堀切です。大分埋れていますが、その
 
規模に驚き。民家の間なので消滅の恐れありかも…
 
旧城内に位置する東耀寺にある新選組・三木三郎のお墓参りもして来ました。
 
 

 山方城(御城)は高館山から東へ、久慈川を眼下に臨んだ舌状台地上にあり、御城、中ノ城、外城の三つの曲輪からできています。本城は中世の城の特徴を見事に表しており、三つの郭は南北に走る空堀によって区切られ、周囲は土塁で囲まれています。平時は本城や中ノ城に住み、戦時には空堀、塁堀、土塁、土橋を構えた高館山頂の詰の城(山城)に移り住んだと思われます。応永15年(1408)、関東管領上杉憲定の次子龍保丸が佐竹氏を継いだ時に、美濃山方出身の山方盛利が常陸に下向して山方城を築いたと云われています。その後、佐竹(東)氏の居城となりましたが、天正19年(1581)佐竹氏が大田から水戸へ移ると東氏も共に移り廃城になりました。

山方城の縄張り図です。  本城=本丸、中ノ城=二の丸、外城=三の丸
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麓の駐車場のすぐ横にある嘆願橋
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土塁 横堀
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本城に建つ模擬天守(櫓かな?)
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内部は資料展示と展望台。スリッパに履き替えて入ります。ここって木造建築?
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展望台から詰の城・高館山を望む。耕地になった本城、二ノ城、外城のようすも分かります。
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「お〜い〜見えるかい?」
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本城のようす。
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本城中ノ城の間の
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中ノ城のようす。絵的には模擬天守が遠くなっただけ…
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中ノ城外城の間の
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外城西側
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高館山の麓にある密蔵院
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総評  ★★★☆☆  (旦さま私見 ★3つ)

小さいながらも下見板張りの模擬天守が建つ山方城です。 地元の方は御城と呼びます。
 
帰りがけに「御城に行って来たのかい〜他に誰かいたかい?」と地元の方に声かけてもらいましたので。
 
模擬天守の本名は御城展望台で、入城料100円也。昭和62年に山方のシンボルとして建てられました。
 
しかし展望台なのに高さがないので眺望がそれほど利かないのが難点… 
 
見た目は戦国時代っぽく好みですネ
 
本城は模擬天守の建つ東側は整備されていますが、西側半分は耕地、中ノ城も耕地、外城は耕地と宅地
 
です。曲輪を区切る堀は残っているので、山方城全体の形状は分かりますね。中ノ城と外城間の堀は堀底道
 
として利用されていますが、両曲輪切岸が迫ってくるようで迫力ありますよ。
 
国道118号の山方トンネル上に位置しているのですが、 この道は袋田の滝に向う車で大渋滞。
 
それでも寄り道する観光客いなくて、貸切状態で模擬天守&城跡を楽しませていただきました
 
渋滞していなければ袋田の滝にも行きたかったなぁ  詰の城・高館山も時間の関係でパス。
 
道路の看板で知ったのですが山方は芋煮が名物だそうで、芋煮と言えば、山形も名物。
 
同じ「やまがた」で同じ芋煮が名物とは面白いなぁ〜  もしかして提携してるとか…?
 
                                 『芹澤城と芹澤旧家』
 常陸大掾一族である芹澤氏は、吉田氏系(水戸地方からの別れ)の玉造氏とは違う大掾本家の
多気氏の末裔にあたります。南北朝時代に芹澤氏の祖となる平竜太が相模国高座郡に所領を持ち
芹澤の地に館を構えた時に氏を芹澤とし、成人後は幹文と改め、良幹、高幹、望幹4代にわたり
鎌倉御所に仕えました。その後芹澤良忠が常陸へ戻り館を構え、秀幹の代天文年間(1532〜
54)に芹澤城が築かれたとされています。天正19年(1591)3月、芹澤国幹の代に佐竹
氏にこの地を追われ廃城。しかし芹澤氏は徳川政権時の復権し、水戸藩郷士となりました。
 また芹澤家は医薬の術を持つ豪族として戦国武将にも知られていました。相模国在住の時から
医術と関わりを持ちながら、芹澤家4代当主範幹は京都へ赴いた時に医術を学んでおり、今に伝
えられる白薬、万病円など疵の治療薬を提供していました。(現地案内板より)


下馬門があったと云われる場所に芹沢城主末裔でもある新撰組筆頭局長・芹沢鴨の生家
があります。傍若無人の鴨ちゃん、実は名家の出身だったのですね。
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生家跡から緩い坂を上ると切り通し。ここは虎口の跡?
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城内側から見る。
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右に折れると大宮神社が鎮座しています。
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境内に残る土塁と空堀
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土塁の端っこ。
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主郭跡です。鴨ちゃんも少年時代に駆けめぐり遊んだのでしょうか。
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この石碑は芹沢氏子孫が建てました。
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案内板もありますよ。
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総評 ★★☆☆☆ (私見 ★2つ)


新撰組筆頭局長・芹沢鴨のご祖先さまの城跡です。

鴨ちゃんの生家跡もあるので前から行きたかったお城ですが、この芹沢の地は新撰組・芹沢鴨と

平間重助の故郷として大河ドラマ『新選組!』放送時には大勢の観光客が訪れたようです。

平間さんの御子孫のお店もあって『水戸派新撰組・誠』の幟が今も風になびいていますよ。

ヾ(@^▽^@)ノ 芹沢鴨、平間重助の関連史跡については後日『新撰組』記事として紹介しますね。

生家は城跡内に構えられていて、今は無人になってしまいましたが、最近まで芹沢さんがお住まい

でした。今は石岡市で医院を開業されているそうです。今も昔もお医者なのが凄い!

城跡である台地上は耕地として均されてしまって曲輪の区切りも判別出来ませんが、大宮神社境内に

土塁と堀跡が残存しています。この僅かな遺構が歴史ロマンを感じさせてくれて良いのですよ(*^-^)b

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