『近藤勇生家跡』市指定史跡 この地は新選組局長近藤勇の生家跡である。近藤勇は、天保5年(1834)宮川久次郎の三男 (幼名・勝五郎)としてこの地に生まれ育った。15歳の時天然理心流・近藤周助に入門、翌理心 流の目録を得て周助の養子となり近藤姓を名乗った。 当時、宮川家の屋敷は面積約7千平方メートルの広さがあり、建物は母屋のほか、蔵屋敷、文庫 蔵、乾燥納屋、地下蔵、農具入納屋等があり、周囲はケヤキ、カシその他の大木や竹林が茂ってい た。現在の跡地は、屋敷の東南部に位置し、昭和18年に家が取り壊されるまで使用されていた井 戸を残すのみである。(現地案内板より)近藤勇生家跡の地図↓ http://map.yahoo.co.jp/pl?type=scroll&lat=35.67588589&lon=139.52880803&sc=3&mode=map&pointer=on&home=off 人見街道沿いに新選組局長・近藤勇生家跡があります。野川公園の南でかつての武州多摩郡 上石原村にあたります。 でっかい家!w(°o°)w この古写真から豪農の息子だった事が伺えます。 主屋平面図〜納屋が道場として使用されていました。 生家跡には案内板が充実(*^ー゜)b 昭和初期に東京一円のよって建てられた近藤先生を祀っている近藤神社。 その後荒廃し、一時別の場所に移されていましたが、昭和52年に生家跡が史跡指定されたのを 機に昭和54年にこの地に戻って来ましたL(@^▽^@)」 近藤勇産湯の井戸です。この井戸のみが当時の遺構? """""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""""" るなと旦さまは大河ドラマ『新選組!』がきっかけで新選組ファンになり今まで関連史跡を巡って 来ました。ネタもいっぱい貯まったので、これからは小出しにして行きたいと思います(*^ー゜)b 今だに『誠』の幟とダンダラ模様を見ると「おぉ!」と興奮(;^ω^A 近藤勇こと宮川勝五郎が幕府直轄地・多摩の豪農の子として生まれたのが全てのはじまりです。 やがて武士に憧れて剣の腕を磨き、新選組結成〜幕府旗本に取り立てられる=本当の武士になる☆彡 現代風に言うと、それまではアマチュア(セミプロ?)で、職業としてもプロの武士に。 近藤先生の人生は夢を叶えたサクセスストーリーでもあります。 16歳で近藤周助の養子になるまで、若き日々を過ごした生家跡は昭和18年まであったのですが、 近くに出来た調布飛行場の発着の邪魔になると言う理由で強制撤去!(ノ_<。) 当時の模型が調布 市郷土博物館に展示されていますよ。 それにしても新選組の人気は根強いですね〜この日も数名の方が訪れていましたヨ。
|

- >
- 生活と文化
- >
- 祝日、記念日、年中行事
- >
- その他祝日、記念日、年中行事






