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1983年11月、生まれて初めて航空機に乗り、関西私鉄巡礼に出かけました。
東亜国内航空(TDA)が東京(羽田)−大阪(伊丹)線を就航させるキャンペーンに、2名様で無料招待の機会を得たのです。
東亜国内航空(TDA)、あまりにも懐かしい名前です。
「とうあ」というネーミングがスゴイです。
「とうあ どめすてぃっく えあらいん」、略して、「TDA」。
TDKとよく間違えました(笑)。
当時の航空業界は、国際線中心の日本航空、国内線を網羅する全日空の2強がほぼ独占。TDAは地方空路だけを細々と営業する番外地的存在でした。
そのTDAがついに日本の大幹線、羽田−伊丹線に進出する機会を得たのです。
初めは一日2往復。
その体験乗車?に2人で参加することになりました。
2人というのは、もう一人は会社の同期入社の男。
彼もちょっとした鉄道好きで、特に関西の私鉄が好き、という変りダネ(人のこと言えないけど(笑))。
私も彼とはウマが合う方だったので、さっそく、TDAで大阪私鉄乗りまくり旅行、2泊3日が決定しました。
11月20日〜11月22日。
関西私鉄については、彼の方に一日の長があったので(というより、私はほとんど知識無し)、だいたい彼の希望で乗りまくりました。
阪急、阪神、京阪、南海の主要路線はほとんど乗りました。つまり近鉄以外は乗ったということ。
ポートライナーにも乗りました。
私たちの乗ったTDAの飛行機は、行きも帰りも無事に飛んだみたいです。
その後のTDAの話。
羽田−伊丹線は順調に本数を増やしていきました。
さらに、日本エアシステム(JAS)と名前を変えて、国際線にまで進出しました。
当時は、JALから名前が似ている!とクレームが入りました(笑)
それでも、航空業界は3強時代に入ったのです。
でも、そこまででした・・・。
結局、JALに吸収されてしまい、航空3強時代は、あっけなく幕を閉じて現在に至ります。
お終い。
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東亜なんて名前だと、絶対アジア路線進出はできない名前ですよね。それに、JASは日本農林規格かぁ?でしたね。
2006/3/4(土) 午後 9:34
ガンモさん、昔のコメントが出てきました(笑)。無料とは言え、ヤフーブログには閉口しますね。ところで、どうして当時「東亜」なんていう攻撃的?、中途半端な名称だったのでしょう。弱小航空会社を東急が寄せ集めて作った航空会社でしたから、いっそうのこと東急航空でよかったのに。これもカッコ悪い?
2006/3/15(水) 午前 10:17