線路巡礼:岩手開発鉄道盛駅、岩手石橋駅。
1986年8月13日、巡礼しました。

前日、盛駅の駅前旅館に宿泊しています。
橋本旅館、安くて(4千円)、イイ旅館でした。
おまけに、深夜まで岩手開発鉄道の貨物列車の通過音が聞こえるのです。
明日が楽しみだなぁ♪
もちろん、前夜もしっかり線路のチェックには出かけてますよ。
盛駅で前泊したのには理由があります。
この鉄道も、とにかく、利用しにくいのです。

3往復のみ。
他に、区間運転が2往復。
貨物輸送がメインの鉄道です。
石橋地区の鉱石を、盛駅を経由して、赤碕港まで運びます。
盛駅で、一応国鉄線とレールはつながっていたのですが、
国鉄線経由で鉱石を運ぶという運用はなかったみたいです。
鉱山で採掘された鉱石を、専用貨物線で港まで一気に運ぶ、それだけ。
当時、貨物列車は30往復くらいあったみたいです。
日本一の貨物鉄道かな?
だから、旅客輸送は、お・ま・け。
盛駅から終点の岩手石橋駅まで乗ると9.5キロで、大人90円です。安すぎます(笑)。
ちなみに、盛駅〜赤崎港は、旅客列車の設定はありませんでした。
写真左側にちょこんとありのが、岩手開発鉄道の駅です。
国鉄盛駅とは少し離れた場所にあります。
いったん外に出て、ぐるりと廻って、踏切を通ると、そこにある小さい、本当に小さいホームが岩手開発鉄道です。
国鉄のホームの、目と鼻の先なんですけどね。
構内横断は、出来なかったと思います。
国鉄線との接続は、完全に無視していたようで(笑)、全く別の駅の扱いです。
だから、この路線に乗るのは、至難の業でした。
盛で前泊したのも、この理由からです。
写真は、岩手石橋方面を望みます。
右側の車庫から、カワイイデーゼルカー列車が1両でやってきました。
これは古い、古すぎるぅ(笑)。
ちなみに、左側の線路は国鉄線の引き上げ線です。
当時、すでに使用停止みたいです。
盛駅6:57発に乗ります。
お客さんは、通学の小学生2人と私だけ。
なのに、車掌さんまで付いています(笑)。
この鉄道の最大のお楽しみは、終着駅のスイッチバックです。
前方左側に、石灰石積み込み施設(大きなホッパー)が見えてきました。
その脇を通ると、左から線路が合流します。

この先の、スイッチバック折り返し線路の長いこと!
この、たった1両のディーゼルカーには長すぎます!!
もちろん、これは長大貨物列車のためですけどね。

スイッチバックで右側の線路に入ります。
すぐに、ほんとうにすぐに、終着の岩手石橋駅です。

おまけのように、ホームがポツンとありました。

この貨物駅の構内は、意外と狭いのです。
貨物専用に2本の留置線があるだけ。
大きなホッパー施設のみ、目立ちます。
この写真の右下に、この駅に至るレールがあります。
今考えてみると、旅客ホームはこの下に作って、わざわざスイッチバックしなくても良かったのではないでしょうか?
ちょっと、謎です。
集落は、むしろ下のほうにあったような気がします。
工場に通勤するのには、この場所の方がよかったのかな?
通勤客は誰も乗っていませんでしたけど。
岩手石橋駅ですぐに折り返し。
さらに、
盛駅で乗り換えに時間があるので、
もう一回、日頃市駅までの区間運転に乗ってしまいました(エライなぁ)。
終着の日頃市駅で、すごいものを見ることができました。
ここは交換駅です。
乗ってきたディーゼルカーはスイッチバックの形で側線に転線します。
その後、この駅で貨物列車が上下からやってきて、ここで列車交換します。
長〜い石灰貨物列車の交換風景は壮観です。
その脇で、1両のディーゼルカーはちょこんと待っています。
カワイイ。
この間、車掌さんに話を聞くと、今日のディーゼルカーは、普段は走らない珍しいものだそうです。
これって、ラッキーなの?
ちなみに、この車両の中には、北海道のとてつもなく古〜い鉄道路線図が貼ってありました。
写真に撮っておけばよかったなぁ、大後悔。
余談ながら、盛駅の国鉄線はスイッチバック駅でした。
大船渡線の列車は、ここで進行方向を変えて、盛線に進んでいきました。
もし、大船渡線の列車がまっすぐに進んだら、岩手開発鉄道に直通乗り入れできたかも。
実際には、レール配線の都合で、そのまままっすぐには行いけませんでした。
でも、双方の鉄道のレールは、しっかりつながっていました。
この、とっても素敵な岩手開発鉄道。
オマケの旅客営業は92年に終了してしまいました、残念。
たぶん、あの定期客の小学生が卒業してしまったのでしょうね(笑)。
でも、貨物列車は健在です。
当時に比べるとだいぶ本数は減ってしまったらしいですが、まだまだ頑張ります。
貨物列車の運転士を新規にも採用した、というTVニュースも最近見ました。
頑張ってね。
そういえば、盛駅〜赤崎港の線路は未だ見た事がありません。
線路は、盛線の下をくぐって、港に向かっていました。
現役の貨物港の施設も見てみたいな。
懐かしの線路の記事を書いていたら、再訪したくなってきました(笑)。
追記:
岩手石橋駅の巨大ホッパーの写真が人気なので(笑)、調子に乗って、写真を追加します。
見てやって下さいね♪
実はアチコチの終着駅で、巨大ホッパーの跡があると、迷わず巡礼してしまうのでありました。
もちろん、ここは現役ですから、中に入ったりしません(笑)。
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岩手開発鉄道ですか〜、たしか日頃市とかありましたね。自分は言うまでもなく名前しか聞いたことがありませんが・・。
2006/9/28(木) 午後 10:40
ホッパー施設が素敵です。昔、北海道の上砂川線に乗ったとき、線路の向こうの大きな炭鉱設備が見えて感動しました。
2006/9/28(木) 午後 11:43
事後承諾になってしまいましたが、中吊り広告の件トラバさせていただきましたm(_ _)m。この岩手開発についても、後日トラバさせていただこうと思っています。lunchapiさんのようなスゴイ写真は持ってませんが(笑)。
2006/9/29(金) 午前 1:25
我が地元。懐かしの岩手開発ですか・・・自分は89年9月に岩泉線とセットで乗りました。どちらも乗りにくさでは1位2位を競っていましたね。当時は最終列車は17時台だったと記憶しています。単純に往復乗車でしたが終着駅にスイッチバックとは面白い駅だったものでした。ちなみに三陸鉄道とほぼ平行に赤崎港線も辿りました。終着の赤崎港では盛んに石灰石の積み下ろしがされていました。
2006/9/29(金) 午前 8:57
旅客廃止後に見に行ったことはあるのですが、一番見たかった石橋の駅は工場敷地内のようで、度胸がなくて泣く泣く退散しました。中には見事なホッパーがあるのですね。写真が見れて感激です!。
2006/9/29(金) 午後 3:47
うのすまいさん。随分、通な名前の駅をご存知ですね(笑)。これは「ひごろいち」と読むのですよね。ここに「市」があったら、旅客営業していたかも。
2006/9/29(金) 午後 6:41
mikanさん。上砂川駅の石炭ホッパーも見事でしたよね。ここは雪のある時期に行ったので、線路が見えずに泣きました。
2006/9/29(金) 午後 6:43
やまばとさん。岩手開発鉄道はこれ以降行っていません。記事をお待ちしております。尚、当方トラックバックのやり方がイマイチ理解できませんので悪しからず(泣)。
2006/9/29(金) 午後 6:46
もとみやえきさん。赤崎港線も見ておられるのですね、さすが地元ですね。だんだん本気で行きたくなってきました(笑)。
2006/9/29(金) 午後 7:08
かめこくさん。そんなに感動していただいて感激です(笑)。でも、駅自体が工場の構内ということは、当時はどうしていたのでしょう?海芝浦駅状態?折り返し時間はわずかで、そんな事を考えているヒマはありませんでしたけど。
2006/9/29(金) 午後 7:11
ご好評につき、巨大ホッパーの写真を追加しました♪自分でコメントしちゃいます(笑)。
2006/9/29(金) 午後 10:09
追加された写真の上側のを見ていると、米坂線の越後金丸駅と似た風景だなあと感じました。そう言われても訳が分からないでしょうし、20年以上昔の話なので今も巨大ホッパーが残っているのか分かりませんが。トラックバックは私が勝手にやっていることですのでお気になさらずに(笑)。
2006/9/29(金) 午後 11:17
やまばとさん。越後金丸駅って、貨物列車がスイッチバックで駅構内から上の工場まで上がっていく専用線のことですかね?あれは小国駅だったかな?
2006/9/30(土) 午後 11:42
ご旅行おつかれさまでした。越後金丸には採石場が現存していて、かつて積み出しを鉄道で行っていたようです、ということは私の記憶違いではなさそうです(もちろん現在はホッパーは跡形もないようです)。あのへんで貨物扱いしていたほど大きな工場がある駅は、小国しかありえませんね。
2006/10/5(木) 午前 5:07
おはようございます。
この頃はキハ301が走っていたんですね。
1991年に行った時は残念ながら走行シーンは見られませんでした。
ところで橋本旅館という名前に聞き覚えがあったので、当時の記録を調べてみました。
自分が盛に泊まった1991年はホテル橋本という名前でした。
いつの間にか旅館がホテルに格上げ(?)していたんですね。
2015/12/25(金) 午前 11:52 [ ● ]
> ●さん
和室だったと思いますが…
今でも残っていたらスゴイですね(笑)
2015/12/25(金) 午後 7:08