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線路巡礼:山田線宮古駅 さて問題です。 何で「山田線」という名前なの? 海岸沿いの途中駅に陸中山田駅というのがありますので。 そこからとって「山田線」らしいのですが。 う〜む。 合点がいかない。 だいたい 山田線という名前で、フツーの人は何処だか分かるのかなぁ? 何で「宮古線」という名前にしなかったのでしょう(謎) ということで 山田線といえば宮古駅 と勝手に決め付けて、 線路巡礼:山田線宮古駅 1984年3月北東北巡礼にて。 山田線を釜石駅から盛岡駅まで巡礼。 宮古駅で途中下車。 もちろん宮古線に乗り換えるため。 (紛らわしいけど、宮古線というのは宮古駅−田老駅間の超ローカル線) 宮古駅 美しい線路以外にも 懐かしいものがたくさん写っています。 後ろ側に停車している気動車は 荷物車両兼用タイプなんじゃないかな? 例の チャレンジ何とやらをやっている人もいるし。 一番驚いちゃうのは、 ホームの柱に灰皿が付いていたんですね〜 なんて汚らわしい(懐かしいけど、苦笑) おまけ。 線路巡礼:宮古線田老駅 宮古駅 9:45→田老駅10:03 宮古駅10:25←田老駅10:08 あっという間についてしまい。 何にも覚えていませんけど。 この日の前日、 この開通前の線路の向こう側の久慈線普代駅にいたんですよね(笑) やっぱり試乗会列車に乗せてもらえば良かったなぁ(痛恨) 偉大な「宮古」線の名前をもらった路線は その名を捨て、第○セクターとして転落していくのでありました(泣) この後、 再び山田線で盛岡駅へ。 途中、岩泉線にも巡礼(これは既に記事にしてあります) さらにオマケ。 久慈線(久慈駅→普代駅) 宮古線(宮古駅→田老駅) 盛線(盛駅→吉浜駅) この中途半端な盲腸線シリーズは 全部、起点駅から名前が付けられていたのですね(いまさら確認) ということは もし山田線(こちらの方がずっと古い)が、 宮古線という名前だったら あの宮古駅〜田老駅の路線は、何という名前になっていたのでしょう?(謎謎) 線路の美しさには無関係のことですけど(笑) (宮古には、その後も観光で来ています。
宮古湾海戦記念碑とか、歴史好みのモノもあります。 宮古港貨物線なんかもありましたので、その話はまた今度) |
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これも活気ある時代の写真ですね。
キハユニでしょうか私も気になります。
私は例によって、駅本屋、機関庫、給水塔の3点セットのみの撮影。
どうも全体の分かる撮影をしていませんね。
TBさせてください。
2011/2/8(火) 午後 6:17
YASUZIROさん。
私ももっと駅の線路配線全体が分かる写真を残しておけばと後悔(泣)
でも、当時はあまり機関庫は興味なかったみたいで(殴)
2011/2/9(水) 午前 6:53
宮古の臨港線ですが、廃止の後、C10-8がちょっとだけ運行したことがありますね。
2011/2/9(水) 午後 6:21
YASUZIROさん。
その臨港線の線路を歩きましたよ(笑)
仮設ホームがそのままでしたねぇ
2011/2/9(水) 午後 11:20
おはようございます。
宮古駅の記事、大変楽しく拝見させて頂きました。
線路だけ敷かれていてまだ列車の来ない様子には、吸い込まれるような興味を感じます。当時の三陸地方はご記載の3赤字ローカル線に建設途中の不思議な魅力が漂っていたのではないでしょうか。
私はもっと後年、三陸鉄道として開業してからのだいぶ後に初めて訪ねましたが、いかにも新しい作りの、コンクリートで作られた駅の設備などに、南・北リアス線共に新しさを感じたりしていました。
宮古駅の様子、往時には駅の構内が広かったのだとお写真から気付きました。やがて、山田線の復旧工事が終わり、釜石〜宮古が三陸鉄道に移管されるときには、この駅の風景もまた変わるのでしょうか。
JRになってからも、国鉄時代の古豪の気動車が走っていた頃の宮古駅を、懐かしく思い出しています。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/
2017/8/15(火) 午前 9:28 [ 風旅記 ]
> 風旅記さん
昔の記事を読んでいただきありがとうございます
三陸モンスターが出来る前の三陸地方は良かったです
素朴な鉄道の姿が懐かしいです
2017/8/16(水) 午後 8:15