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あの大地震から3か月後の石巻。 町の西側から仙山線代行バスで走ってくると 被災地らしいのは野蒜駅付近だけで、 石巻市街に入って駅までは全く平静。 (石巻観光局のHPより拝借) 石巻での予定は。 とにかく街が見渡せるであろう日和山公園に行ってみようというだけ。 観光局の地図だと徒歩25分。 駅前で昼食を食べて、 (あんまりフツーなので、食事はどこでもいいやと思っていたら、店が営業していたのは駅前だけでした、汗。この話はまた次回) まずは 街の中心(?)である旧北上川の中州へ。 途中にアーケード街があるのですが、 傾いている店も多く、全て閉店・・・ (もともと閉鎖していたのかもしれませんが) 中州の手前では 交差点で警察官が交通整理中。 信号が停まっています。 中州。 両方の橋はかろうじて残っています。 中州に鎮座している怪しげな建物が マンガ博物館。 (休館中。詳細はまた今度) 中州の先まで歩いてみると ヨットハーバーがあったらしく、 そのヨットが陸に打ち上げられたまま。 持ち主はわかっているのだから自己責任で処分させればいいのに(怒) あまりに怪しげなモノが。 これは一体? こういうことでした。 根性で立っていますけど なんとも違和感が。 (これを地震前に見たら、どんな感じだったのかな?) さて。 中州から戻って山を目指します。 川沿いの町は もうメチャクチャ。 崩れていたり 船が飛び出していたり クルマが家の中に突っ込んでいたり・・・ おっと 山に登る入口を過ぎてしまいました。 少し戻ると、ものすごく急な坂道。 登山です(汗) でも、 山頂からは さらにものすごい光景が。 まずは東側。 さきほど歩いていた「中州」と川に面した街並。 津波被害があっても 一応建物類は残っていましたが・・・ 南側(海側) 鳥居の下に見える光景は(ここはTVで芸能人が地震中継をする有名な場所!?) 津波の被害とは、こういうことなんですね・・・ 地震から3か月経っても TVで見るのと全く同じ光景 ここまでに見てきた光景とは全く違います・・・ 海側に降りる道がありますので 降りてみます。 (山に登る前の道をそのまま歩いてきてもここに出たのですが、汗) この坂の下まで巨大津波が来たということですね。 山の上と下では大違い。 (ちなみに山の上にも住宅街は広がり、そちらは見た目は何も無かったかのようでした) 津波というのは本当に凄いですね(としか言い様がない)。 何故か ポツンポツンと建物が残っているのも異様。 何が明暗を分けたのか もっとも、 建物が残っていても どうにもならない状態です・・・ お墓があって、 墓石と瓦礫がゴチャマゼ状態。 この学校は門脇小学校。 火事にあったみたいですね? この瓦礫状態が 西側の製紙工場の手前まで続くみたいです。 (製紙工場は見た目は無事ですけど、煙突から煙は出ていませんでした。 あそこは以前、貨物線を見に行った場所なのでとっても気になります。) 山の西側の道を上がって駅に戻ります 山の中腹から 津波の跡は 上から見たほうが「脅威」がよく分かるかもしれません。 山の上は静かな住宅地。 自衛隊の「お風呂」がありました。 (駅からここに至るまで、避難所らしきものは全く見あたらなかったのですが) 歩き廻ったオカゲで、 山を中心に 川に面した山の東側はメチャクチャ。 海に面した山の南側は壊滅。 という 津波ならではの街の被害の様子が理解できました。 さて。 石巻駅に戻ります。 予定では15:17発の石巻線に乗るつもりが あの津波跡を見てしまったら 簡単には戻れなくなってしまい 16:19発に変更。 津波被害の話はここまで。
次回は、 いつもの調子で石巻の観光(?)とか 線路の話(これはやっぱり外せない)の話の予定です。 |
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石巻から女川までが悲惨な状況なんですね。仙台からも近いし私も行ってみようかな。
2011/6/20(月) 午前 1:01
少し以前に仙台に家がある職場の同僚が、帰宅した際に被災地を回った時の感想、言葉が出てこないというものでした。
宮城南部の名取、岩沼、亘理周辺の海岸あたりに、時々海産物食べに行っていたんですが、やはりこの写真のように壊滅状態ということでした。本当に胸が痛みます。
あまりに被害が広範ですからねぇ…
2011/6/20(月) 午後 8:02
私の知っている石巻市街とは全く異なってしまいました…
2011/6/20(月) 午後 10:26
あおさん。
石巻に関しては被害は海側だけという感じでしたが、
その先はどうなっているのやら?
女川までのバスは本数も少ないし(もともと列車も少なかったですけど、汗)
2011/6/21(火) 午前 8:03
はなゴンさん。
常磐線沿線の方も電車で行けるのですが。
なんとなく避けちゃいますね。。。
2011/6/21(火) 午前 8:05
夢の介さん。
製紙工場は無事みたいでしたけど・・・
2011/6/21(火) 午前 8:06
3ヶ月たっても、まだまだ・・・なんですね。
行ってきたんですね。
TVで見ただけですが、あまりの被害の大きさに、心のピンが1本抜け落ちてしまったようです。
最近は、復興という言葉が出てきていますが、その言葉もまだ空々しく聞こえるような現況を感じさせられました。
2011/6/24(金) 午後 0:54
私も日和山には登りましたが、そこから見下ろす門脇町、南浜町には
とっても降りる気にはなりませんでした。
海沿いでまともに津波の被害を受け、
そのあとの火災で完全に燃え尽きてしまいました。
まさに地獄絵図としかたとえようのない惨状だったそうです。
門脇小学校では校長先生の判断で児童を無事逃がすことができたそうですが。
2011/6/25(土) 午前 0:21 [ 鉄平ちゃん ]
テクテクさん。おひさぶりです。
一度、邪魔にならない程度に自分の眼で見ておくことをオススメしますよ。
2011/6/26(日) 午前 0:07
鉄平ちゃんさん。
津波の被災地はもう誰も居なかったですね。
門脇小学校は後ろが日和山ですから、
あのロケーションで地震後に山に避難させなかったら人災でしょうね・・・
2011/6/26(日) 午前 0:13