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1987年3月末。 いよいよ国鉄最後の時が近づきました。 既に、ほとんどの国鉄線を巡礼済みの私は、意外とどこにも出かけていません。 廃止直前のローカル線にまた行っても、異常な雰囲気で混んでいるだけだし。 特に、第3セクターに転換される路線の廃線前フィーバー?なんて、どっシラケでした。 国鉄消滅前の最後のイベントに出かけました。 貨物の取扱が終わった汐留駅で、0キロポストの一般見学が行われました。 さらに最後の日間近になると、駅構内にどこからかSLがやってきました。 正直言って、くだらない演出でした。 鉄道のイベントって、どうして何でもSLに頼るのでしょうか(泣) ここは絶対、貨物列車ですよ! この時は、職場(大手町)の同僚と汐留駅を訪れて、みんなで記念撮影したのですが。 写真が見つかりません(泣) さらに。 国鉄本社ビルも、いつの間にか旬の観光スポットになっていました。 その前で記念撮影する人がたくさんいました。 「日本国有鉄道」の看板。 当然、私も撮影したのですが・・・、 こちらも写真が見つかりません(大泣き) 今日の記事は、その写真にしようと思っていたのに。 1987年3月31日。 国鉄最後の日は、静かに家でTVを見ていました。 国鉄関連の特番が多数放映されました。 前夜に放送された、TV朝日のニュースステーション特別番組 「国鉄は誰のものか」 は、タイトルからして、秀作でした。 最後の日の夜は、まるで大晦日の「ゆく年くる年」みたいな番組ばかり。 数局で生中継がありました。 内容的には、さよなら国鉄、こんにちはJR、という、とても白けたものでした。 この時、名前は忘れましたが、国鉄発JR行き、という、この夜を走るイベント列車が各地で走ったみたいです。その車内から生中継とか。ヤメテクダサイ(泣)。 汐留駅からの中継もありました。 そう、あのSLの汽笛を、ちょうど0時に鳴らすという、かなり冷めた演出です。 国鉄最後の、本当に最後のイベントなのだから、もうちょっと何とかしてほしかったです(泣)。 でも、なんだかんだ文句を言って、この歴史的な日の番組は、全て録画してあります。 好きだねぇ(笑)。 時々見て、あの夜のバカバカしさを、味わっています。 こういう番組って、再放送は絶対にありえませんからね。貴重かも? 日本国有鉄道(国鉄)の歴史は、こうした喧騒の中で、幕を閉じました。 国鉄さん、いろいろと問題はありましたけど、とりあえずごくろうさまでした(御礼)。 明朝。 何事もなかったかのように、いつものように電車は走っていました。 新しい「JR」のマークを側面につけて。 それ以外、本当に何も変わっていませんでした。 でも。 今日から全国ひとつの会社ではないのですね。 一晩で、「色」分けだけで、6つの会社に分割されてしまいました。 (この作業も、大変だったでしょうね) 特に、そのときから何か不便が生じたわけではないのですが・・・。 やっぱり、寂しいです。 分割の境目の駅の周辺、例えば熱海駅付近に住んでいたら、もう少し何かを実感できたかもしれませんね。 −−−− 1980年5月の線路巡礼スタートから、延々と自分の歴史を遡る旅の記録。 ようやく、1987年3月という、ひとつの節目にたどり着きました。 でも、まだまだ先は長いです。 次回から、巡礼先は海外にまで飛び出してしまいます。 スキャナーする写真の量も、さらに増えてきます。 次の節目は、1990年かな。
この年も、大変でした(笑)。 これを目指して、がんばりまーす。 |
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2006年09月12日
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