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1989年5月4日。国際列車6日目の朝。 今日は晴天。シベリアの朝日がまぶしい。 ひたすら、シベリアのいつまでたっても変わらない車窓を眺めます。 シベリア鉄道に乗ってずっと西に進むと、どこかでアジアからヨーロッパに出るわけです。 ちなみにシベリアというのは、ソ連のアジア側部分を総称するのかな? この日の10:30頃。 このアジアとヨーロッパの境界を通過するというので、 外国人客は大騒ぎ。 何が境界になっているのでしょう? 地図の上ではウラル山脈というのが間にあるのですけど。 たいした山もなく。 モニュメントがポツンとありました。 それだけ(笑) でもヨーロッパ側に入ると、少しは人家が増えてきたみたいです。 シベリアは、白樺と平原の繰り返しだけでしたからねぇ。 意外と飽きない光景なんですけど(笑) ここで車内の設備について解説。 これはとても助かります。 ロシアンティーも日本茶も飲めます。 日本の寝台列車も、過剰な高級サービスよりも給湯器をつけて欲しいな!(ホンキ) 実は、北京から乗ってきた中国人グループもいるのですが、 彼らは、インスタントラーメンを弁当箱のようなものに入れて、 それにお湯を注いで、毎日食べていました。 朝、昼、晩ですよ。 さすがは中国人、ラーメン大好きなんだぁ(日本製みたいでしたけど、笑) カップヌードルではなくて、 インスタントラーメンそのままというのが斬新でしょ。 食堂車もあります。 ソ連に入ると、料理は中華からロシア料理に変わります。 ボルシチとか食べてみました。安いけど、微妙。 ですがこの先、この食堂車が唯一、本場のロシア料理を食べることができる レストランだったのです。 食べておいて、良かった。 シャワーの設備はありません。 7日間どうしたの!? ウエットティシュで、体を拭いていました。 臭いかな? でも心配ご無用。 ヨーロッパ人の体臭は、はるかに臭いのです。 こちらが気にすることはありません(笑) この日。 北京駅で買ってきた秘蔵のコーラを開けました。 外国人が集まって、コーラパーティーです。 みなさん、文明の味に飢えていたみたい。好評です。 でも、この日の晩、ウォッカの回し飲みに誘われて、エライ目にあいました。 早々に退散。 最後の夕焼けを堪能・・・ −−−− 5月5日。 とうとう最後の朝がやってきました。 この日もソ連人の二人とロシアンティーを楽しみます。 ソ連に入ってからは、 毎日が、 車窓を眺める、ソ連人と会話を楽しむ、の繰り返しでした。 二人とも科学者の卵らしいのですが、 何を研究しているのかは、最後までよく分かりませんでした。 日本人の研究かな?(笑) 街の中に入ります。 ああ、もうモスクワに着いちゃう。 6泊7日も乗っていたのに、何故か全く疲れても飽きてもいません。 もっと乗っていたいよう! プレゼントを交換するという風習があったみたい。 私はソ連人の二人に文房具品をプレゼント。喜んでもらえたかな? モスクワ駅。12:15着。30分遅れでした。一週間も走って30分なら許容範囲? 意外とこじんまりとした駅でした。 シベリア方面への列車しか発着しない駅みたいですね。 お世話になった車掌さんが、 サボ(行き先表示板)まで外して、サービスです。 ほんと、社会主義らしからぬサービスだなぁ(笑) 日本でやったら大変だよ。 国際列車の旅の後は、
モスクワ観光編に続きます! 今回の大旅行の最大のトラブルが待ち構えていました。 |

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