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1989年11月の話。 気楽にあちこち一人旅が出来るのも今のうちでは? と勝手に決め込み、 これが最後の線路大巡礼、と張り切りました(笑)。 私鉄も含め、ほぼ鉄道路線を巡礼し終わった私は、 未成線というのに凝りだしました。 未成線とは、計画されながらも工事途中で中止されてしまった不遇な鉄道路線。 中国地方に多いのです。 陽陰連絡というあまり聞きなれない言葉があります。 山陽と山陰を結ぶ縦断路線ということ。 経済性を無視してたくさん計画されました。 いくつかは開業しましたが、悲惨な現実(三江線、木次線)。 さすがに国鉄末期に残りの路線は工事中断されました(泣) だから、未成線が多いのです。 今回は、この未成線巡礼を中心に、 さまざまな陽陰連絡コースをジグザグに線路巡礼してみました。 ところで、 中国地方というのは、意外と線路巡礼に便利な切符がないのです。 当時の定番のワイド周遊券。 これのおかげで、北海道、東北、四国、九州の鉄道路線を乗りつくすのは意外と簡単でした。 中国地方が困るんですね。 全体を網羅したものがないんです(泣) 結局、山陰ワイド周遊券を使って、陽陰連絡は周遊区間を出たり入ったりしました。 11月3日の夜。 周遊券のいいところは、往復に急行が使えるところ。 臨時急行「銀河81号」 なんと、大阪駅行き座席車自由席の夜行客車急行です。そんなのあったのですね。 それではジグザクのはじまり〜 11月4日。 途中の姫路駅のワンシーン。 姫新線をちょっと往復。もう高架駅になったので見ることは出来ません。 こういう線路、大好きなんですけど。 片上鉄道で、終点の柵原駅まで楽しい旅。 片上鉄道は美しい川に沿って走ります。 乗るのはこれは2回目。 終点、柵原駅の貨物扱いは終了していました。 もう、廃止が囁かれていた頃です(泣) ☆陽陰連絡未成線その1 棚原駅から徒歩7分でバス停。 ここから津山駅まで中鉄バスの旅です。これも陽陰連絡の一種かも? だとすると未成線区間ですね。 津山駅にて、 駅前の津山城跡の石垣を見学。 (余談ながら、この城は、私の大好きな時代劇『斬り抜ける』の舞台になった場所です) 備後落合駅へ。 備後落合駅で時間が出来てしまいまして。 駅周辺を散策。 この当時から、駅前に廃墟のような旅館が一軒あるだけの、ものすごい駅前でした。 最近、ここにも行っていないなぁ。 木次線の三段スイッチバックまで往復。 急行ちどりがまだ現役ですよ♪ 広島に泊まります。 広電を乗りまくりました。 11月5日。 ☆陽陰連絡未成線その2 可部線で、終点の三段峡駅まで。 加計駅までもどって、徒歩8分でバス停。 ここから浜田駅まで広電バスの旅。 これが可部線の未成線区間ですね。 この区間が開通していれば、広島と浜田が結ばれていたというオメデタイもの。 終点の三段峡からは連絡バスは出ていないので、加計駅までもどらないといけません。 途中、紅葉がものすごくキレイでした。 工事の跡らしきものは全く見ることは出来ませんでした。 益田駅側にトンネルを掘っていたらしいのですが? 山陰本線益田駅から山口線日原駅へ。 ☆陽陰連絡未成線その3 日原駅からJRバス岩益線に乗り、岩国(錦帯橋)まで。 このバスは途中、岩日線の終点、錦町駅のそばを通ります(川の反対側) これが、岩日線の未成線区間を連絡するバス。 この区間が完成していれば、 岩国駅と益田駅が結ばれるハズでした、という目的不明の計画路線。 途中、工事途中の立派な高架橋をみることが出来ました。 地元では岩日北線と言われていました。 錦帯橋バス停に到着。 ここから川西駅まで徒歩20分。 名称錦帯橋を見ながら、疾走(笑) 岩徳線にのります。 小郡駅。駅前旅館に宿泊。 11月6日。 宇部線と小野田線をグルグル乗りまくります。 もちろん、長門本山駅への支線も乗ります。初乗車。 2往復もしちゃいました(笑) このあたりは線路が錯綜していて面白いのですが、 一番好きなのは 山陽本線宇部駅〜小野田駅〜厚狭駅の3線路区間。 山陽本線の複線とは別に、もう一本線路があるのです。 これは厚狭線の石灰石貨物列車を宇部港までピストン輸送するための線路です。 宇部線から山陽本線下関駅までの直通列車が、この貨物線を通るのかな?と気になったのですが、 悲しいかな、この時すでにこの第3の線路は使用中止(泣) 当時まだ健在だった石灰石列車まで旅客線を走っていました。 でも、夢の3線区間。 見事に本当に美しい線路でした。 帰路の途中、吉備線に乗りました。 これで中国地方の線路は、 未成線まで含めて、すべて巡礼済みとなりました。 この時に見た中国山地の紅葉は、 私の人生で最高の紅葉でした! 今のところ(笑) そのくらい素晴らしかったです。 でも、なまじキレイだと、一人旅は寂しいものだとも思いました・・・。 あれから18年も経ちますけど、 開業してしまった陽陰連絡鉄道は、赤字を垂れ流しながらも、 意外としぶとく生き延びています。 いつ廃止になってもオカシクないのですが、 ダラダラと存続しています(涙) 計画された他の連絡鉄道の未成線区間(可部線、岩日線、おまけで片上線?)は、 本当に作らなくて良かったと思います。 作っちゃった線路たちの哀れな末路を考えれば・・・ 趣味的には面白いのですけど、残念(笑)
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2007年07月25日
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