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1992年の5月のGW。 GW期間というのは海外旅行代金は高いけど、 国内のJRや航空運賃、ビジネスホテル料金はいつもとほとんど変わりません。 だから昔はちゃんと旅行の計画をたてていたのです。 (当時はまだ国内航空料金のディスカウントがなかった) 91年のGWは海外(東欧南欧)に行ってしまいましたが、 結婚後、92年からしばらくは、GWの長期国内旅行は必須でした。 そんなわけで、 昔の根性のある時代を懐かしみグチりながら、 「1992年寝台特急で行く九州横断の旅!」 −−−−− 1992年のカレンダーは、 4月30日(木) 5月1日(金) 5月2日〜5日(祝日) この時の旅行は4月30日の夜行から5月5日まで、 5月GWのフルコースです。 九州には二人個室の寝台特急で行きたい! 奥さん、鉄道好きじゃないけど、 何故か寝台列車には興味あるのです。 なにしろ新婚旅行はオーストラリアでインディアンパシフィック号3泊4日でしたから(笑) 2人で国内の寝台特急に乗るのはこれが初めて。 二人個室は人気あります。 無事にゲットできました。 (これが取れなかったら旅行中止したかも) 4月30日 仕事の後、東京駅へ。 19時台の出発はちょうどいいですね。 「あさかぜ1号」です。 やっぱり二人個室は楽しいです。 上の部屋だったんだ。 食堂車も行きましたよ。 寝台特急のディナーは楽しいぞ! 成金趣味の「北斗星」や「トワイラEX」みたいに 予約が必要とか、法外な料金設定じゃない、 フツーの食堂車だったのが好感触♪ 翌朝もコーヒー飲みに行っちゃった♪ 博多駅に着いて、 すぐに長崎行き特急に乗り換えて浦上駅へ。 今回九州の旅は、ここを起点に西から東へ横断する旅です。 九州横断編に続く(予定!) −−−−− ちなみに、 車内や部屋の写真はたくさん撮ったのに、 機関車の写真とか全然撮っていません。 当時はあんまり興味なかったのですね(笑) 下関駅での機関車交換は二人で見に行きましたけど。 ところで、 今回の寝台特急が、 今後の、夫婦で寝台特急の旅、の口火となるのですが 今回、ブログ記事にするために調べてみて、 重大な歴史的事実が判明しました。 私はこの時、 「さくら」号(東京〜長崎)で 東京から浦上駅(長崎駅ひとつ手前)まで乗ったのだと誤解していました。 (以前、乗ったことがあると威張っていました、ゴメンナチャイ) きっと「さくら」には二人個室が付いてなかったから避けて、 「あさかぜ」にしたのでしょうね。 「さくら」は3年位前に廃止されちゃいましたよね。 う〜む。 「さくら」に乗ったことなかったのかぁ・・・ まぁ、いいです(笑)
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GWベランダの旅3日目。 ウチの母親が今日から4日間、近所の友人と韓国ツアーに参加するのです。 だから、 いつものように愛犬ビーの世話を頼まれていまして。 だから遠出は出来ないんだ。 ところが。 今回はペットショップに預けるから、初日だけ来てというのです。 いつもは 朝と夕、散歩とご飯をあげに行っているのですけど。 それだけじゃ不満らしい。 バカ犬だから、 ずっと一緒にいてあげないと キュウキュウうるさく泣くのです。 だから、もう預けちゃうんだって。 だったら、初めからそういってくれれば、 私もどこかに出かけられたかもしれないのに(怒) 母親は朝一番の電車で成田空港へ。 そのあと、 私が散歩にやってきました。 いつもの散歩コース。 すぐに欠伸する犬です。 散歩から戻ると、 ペットショップの車が引き取りにもう来ていました。 ビーは嫌がるかな? と思いきや。 あっさり車の中に自分から乗ってしまいました。 ドナドナ やっぱりバカ犬だ(笑) 犬の預かり書をもらって、サヨウナラ。 4日間も預かれば1万円は越えると思います。 もったいない・・・ バカ犬でもあっさりいなくなってしまうと寂しい。 少しは抵抗してよ。 今頃、泣いているのかな。 それとも居心地良かったりして? −−−−− さて。 ベランダにもどって、 ランチです。 今日も奥さんが新作料理にチャレンジしたらしい。 昼からワインです。酔っ払い。 こんなことが出来るのもベランダだから? もう、これで今日は外出お散歩不可能ですね。 天気もよくないから、どうでもいいや。 午後は再びベランダで土作り。 あんまり砂がたくさん出てくるので、 これを利用して秘密の「堆肥作り」作戦を開始しました。 内緒だから、この記事はまた今度。 −−−−− 夕方は雨まで降ってきました。 出かけなくて良かった(笑) 夕ご飯は、寒くてさすがにベランダはムリ。 久々に和室でお食事。 旅館みたいですねぇ。 和室なのに、何故かトムヤムクンです。 ウチの奥さんはタイ料理にはちょっとウルサイ。 畳の上でゴロゴロするのも楽しいなぁ。 もう、 明日でGWオシマイなんですね。 明日も堕落してゴロゴロしちゃおうかな・・・
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1992年タイの話。 5日間のツアーの後、 バンコクで延泊。 延泊なんだから、翌日は帰国時間まで自由に使わせていただきます。 奥さんの友人のNさんがオリエンタルホテルまでお迎えに来てくれました。 今日は彼女の「実家」に招待してくれるそうです。 当時のバンコクはモノレールが出来る前(工事はしていたかな?) 街中はものすごい交通渋滞。 川岸に出ました。 そこから渡し舟のタクシーなんです。 こいつは便利だ。 もっとすごいのは、 彼女の「実家」 川の浅瀬の上です。 マイ桟橋がありました。 というか、家が川の上に建っているぅ〜 驚きの連続。 家にあげてもらいましたが、 リビングの床の隙間から、下の川が見えるんですぅ(笑) お昼を御馳走になりました。 タイ風グリーンカレー味スパゲティ 美味しいのですが・・・ 辛い! 辛すぎる! たぶん、後にも先にも、こんな辛いスパゲティを食べたことはないぞ(笑) 奥さん、途中でギブアップ。 残りは私がタイラゲました。 残しちゃ失礼です。 日タイ友好の為です(笑) デザートです。 この「葉っぱ」 なんとも言えずに美味しいのです。 タイ料理をはじめエスニック料理の食材は 日本にいてもなんでも揃うと思うけど、 この「葉っぱ」だけは、ここで食べたのが最初で最後。 また食べたいよう。 さて、 帰りも「渡し舟」なんですね。 たぶん彼女の家は中流より上のクラスだと思うのですが、 こういう家は楽しいですね。 もっとも維持費もかかるし、台風とか心配ですけど・・・ オリエンタルホテルにもどり、 出発まで、 奥さんはNさんと二人で買い物。 私はホテルの屋外プールで泳いでいました。 だって、こんな高級ホテルなんだから、元はとらなきゃ(笑) バンコクの現地ガイドが迎えに来ました。 行きのガイドと同じ。 おや。 日本人客が一人いますよ。 ここから空港までは、私たち二人だけじゃないんだ。 Nさんに別れを告げて空港へ。 途中、夕食をとるためレストランへ。 これもツアーに込みだから仕方ない。 誰もいないレストランでした。 ちょっと面白かったのは、 このチンケな現地ガイドさん。 食事のとき、私たち二人と、他の一人(男性)を わざわざ全く別のテーブルにしてくれたのです。 私は今回が添乗員付き海外ツアーはじめてなので知らなかったのですが、 これは異例の配慮。 だって、団体はなんでも一緒に食べさせられるのがツアーの泣き所ですからね。 (そういうのが好きな人もいるんでしょうけど) ところが、 ウチの奥さん、わざわざその人を呼んで、3人で食事することに。 くだらん配慮をするなぁ? でも。 この男性の語る「タイツアーの目的」は、 それはそれは興味深いものでした・・・ お気に入りの現地女性ガイドがいる。 彼女に会いたくて、もう何回もタイに来ては指名している。 もちろん今回も。 唖然・・・ Nさん(日本語ガイド。実は日本に住みたがっていた)も、 こんな日本人男性に目を付けられたら 怖いねぇ。 この辺の話は、実はまだまだ続きがあって現在に至っているのですが、 この時のタイツアーとはカンケーないので以下略。 さて。 飛行機でびゅんと日本にもどります。 翌朝着きました。 だから4泊5日(ウチは更に1泊延長)と言っても、 現地滞在時間はホントーに短かったね(泣) これにて、 1992年タイツアー、 ゾウさんに乗って買い物して、 オリエンタルホテルで蚊取り線香を燃やして、 現地の楽しい水上生活を訪問、はオシマイ。 パオ〜♪
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