線路巡礼♪

本日をもちまして、線路巡礼のブログは廃線の仲間入りです。長い間ありがとうございました。LUN(2019年8月31日)

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

お正月には長期間お店が閉まってしまうから、
保存食として年末におせち料理を用意して、
正月はそれを食べて楽に過ごすのです。
おかげで、主婦も正月はラクができます。

昔は、そんな話があったような気がしますが。

今は全く逆。
お店は正月から開いているし、
おせち料理を作ることが、主婦の負担になっている。

そんなワケで、
我が家はお正月料理ごっこは全くいたしません。

それでも普段はオモチくらいは食べるのですが、
今年は情けない私が「凶暴になる」病気になってしまい、
消化の悪い(というか、アゴの疲れる)ものは避けることになりました。

だから、正月から、朝はパンとレタスサラダですよ(笑)


それでも2日目(今日)のランチ。
ちょっと暖かいので、今年初のベランダごはん(好きだねぇ)

得意のカレーうどんにオモチを入れてみました。

実家でもらってきたおせち料理をトッピング。
(おせちって、これくらいで十分ですよね、笑)

イメージ 1
うむ。これで立派な正月料理だ。
アウトドアでおせち料理を食べるのは、きっちウチだけでしょう?
いつもなら、発泡酒付きのランチなのですが、
私が病なので、今回は麦茶です。残念。


チョーシ悪いので、
今年は初売りとやらは行きませんでした。

それでも、夕方にちょっと出かけてみると。

毎年恒例のヤツがまだありましたよ。

もやし1個5円です。

イメージ 2
何でだろう、どうしてこんないいものが夕方まで残っているのかな?
みんな遠慮しているの?

今年も、これを2つ購入。

も・ち・ろ・ん
これだけ購入。10円です。
余計なものは買いません。これで今年も縁起がいいぞ!

ちなみに、昨年は
2つで8円でした。
表示単価は同じですが、消費税の関係で、単品で買うとそうなるらしいです。

昨年は8円
今年は10円(内税になったから?)。

値上がりしてないのに、何故か2円も負担増?
すごい買い物には変わりアリマセンけど。

今年もこんなチョーシで
夫婦でお買い物の王道を極めます(笑)
線路伝説:稚内港駅

2008年正月特集ということで、
日本の線路の東西南北の果てを紹介しようかと思いつきました。
もちろん地政学的な東西南北ではなく、線路好きの線路の果てですよ。

東の果て根室駅
南の果て枕崎駅は記載済み。
西の果て長崎港駅は先程書きました。
そうくれば北の果ては、

稚内駅。
じゃなくて、稚内港駅と紹介したいところですけど・・・


1980年8月3日。

夜行急行「利尻」で稚内駅に着くと。
さっそく旧稚内港駅を求めて捜し歩きます。

稚内駅から先に、海に向けて線路がのびていきます。
まだ貨物取扱いも健在。

すでに稚内港駅舎自体は取り壊してしまった後とのことでしたが(泣)
ドーム式の防波堤の手前まで線路が伸びており、
たぶん、ここではなかったのではないでしょうか?

稚内駅、稚内港駅の美しい線路は、
私のノーミソにハッキリと焼きつきました。

だけど。

写真を撮っていないのです(泣)
この時はまだ、カメラを持って巡礼していなかったのです。
宮脇俊三のバカぁ!(当時、この人のカメラ持たない主義に気触れていました、泣)


仕方ないので、
おまけ。

イメージ 1
当時の自分の稚拙な線路メモ。

さらに、おまけ。

イメージ 2
「国鉄全線各駅停車(小学館)」から、線路図を抜粋です。
この本はあまりアテにならないのですが、
桟橋らしきものが書かれていますので、ちょっと気になりました。

両図とも、
桟橋=稚内港駅?跡らしき場所が一致しているので、
当時はこうだったんだと、勝手に推測しておきましょう(笑)


あれから何度も稚内駅には行ってますけど。

駅ホームから先の貨物線は早々に撤去されてしまい、
あの美しい歴史的な線路を見ることは出来ませんでした(泣)

おまけに、
無残に切られた稚内駅構内線路の終点の部分に、観光用の標識まで出来てしまいました。
もう、どシラケです(泣)

稚内駅、
そして稚内港駅というのは、
その昔、樺太航路のフェリーに接続する歴史的な駅だったのですよ。

今の稚内駅には、何の旅情も感じません(泣)
北の海にのびる線路を、少しでもいいから残して欲しかったです。
立派な観光史跡になったと思うのですけどね。残念。


おまけ。
稚内港駅と書いたけど、正式には桟橋駅と呼んだらしいです。
むしろ、稚内駅のことを稚内港駅と呼んだらしい(複雑〜)
でも、
桟橋駅じゃどこの事だか分からないので
(高知県、土佐電気鉄道の終着駅名も同じ名前だったような気がする)

やっぱり、私のなかでは、
いつまでも稚内港駅ですね!(笑)


追記(2014年8月)

イメージ 3
稚内駅、稚内港駅の線路が分かる古地図です
フェリーターミナルまで移転しちゃいました

開く トラックバック(1)

線路伝説:長崎港駅。

突然ですが、
日本の線路の西のはずれは、何処?

クイズの答えなら、
国鉄松浦線の平戸口駅だと思うのですが(違ったらゴメンネ)
でも、あそこは中間駅だから、
どうも西の終わりって感じがしません。
沖縄のモノレールの何とか駅も、いまいちピンとこないし。

そんなわけで、
一般的(?)線路好きとしての、西のはずれは、

長崎駅。終着駅ですからね。

でも、
線路巡礼を極めたもの(私です、笑)の答えは違うのです。


ずばり、長崎港駅。


1980年7月23日と
1981年8月8日の2度も巡礼しています。

長崎駅の構内の裏手。
そこから一本の貨物線がひょろひょろと倉庫街の中を西へのびます。
ちょうど長崎電気鉄道にそってのびる感じ。

倉庫群の中に、長崎港駅がありました。

イメージ 1
途中の踏切には、一日2往復の貨物列車の設定が書かれていました。
当時、実際に運転があったのかな?
ワムさんが、ポツンと残されていました。

この貨物駅から、さらに専用線らしきものが分岐しており、
それの終点がここ。

ここぞ、日本の鉄道線路の西端なのです!

イメージ 2
すでに、ゴミ山の中という感じですが(泣)
背景に、ちょっと長崎らしい建物も写っていますね。

当初訪れた時、あまりの挙動不審さに、
ここで地元の私服刑事から職務質問を受けてしまった話は有名です。

写真はいずれも2度目の巡礼のときのもの。
長崎を一緒に観光した弓道部の先輩に撮影してもらいました。
こんな場所で記念撮影するなんて?、ときっと思ったでしょうね(笑)



この後も、
長崎駅は何度も訪れていますし、
その度に長崎港につながる線路(跡)も観察しているのですが。
遊歩道みたいなものになったみたいです。
長崎駅の裏手部分は、まだ当時の雰囲気が残っていますよね?

長崎港駅はどうなったのかな?
あの線路の西端はどうなったのかな?

ちなみに、線路の西端の先は、すぐに海でした。
密航者と間違えられそうになっても、飛び込めますよ(笑)

全1ページ

[1]


.
LUN
LUN
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事