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1996年10月末 大阪出張を済ませた後、自由行動 未乗車の阪急の短い支線をすべて巡礼してから、 南海高野線に乗って泉北高速線を往復 さらに 高野線の終点を目指します 橋本駅 JR和歌山線との接続駅 南海側には いい感じの車庫が残った検車区があります 橋本駅で一番気になるのは 南海と国鉄(JR)の線路はつながっていたのかな?ということ 少し話は遡って 1993年 JR和歌山線の和歌山行き電車からの車窓 (1993年の橋本駅) 国鉄と南海はつながっていたのです。動かぬ証拠 せっかく線路幅が一緒なんだから もう一度つなげて直通列車を走らせましょうよ 1996年に話を戻して 高野線の電車は高野山を目指して勾配を登って行きます 極楽橋駅 登って来た難波駅方は まるでスイッチバックみたい 線路終端は行き止まりですが そのままケーブルカー乗り場に続きます 南海の路線図では 高野線の終端は極楽橋駅じゃなくて 次の高野山駅みたいになっていました 直通? ケーブルカー やっぱり電車じゃそのまま登れないみたい 高野山駅 駅前はバスターミナルみたいで ここから高野山奥の院まで行きます 高野山 歴史好きとしては一応押さえておきたい場所 何が有名なんだか忘れましたが 歴史的有名人の墓がたくさんあることだけは覚えています 織田信長がいるのに 明智光秀もいます ムチャクチャですね その他、 武田信玄、伊達政宗、柴田勝家、石田三成、とかたくさん ここに来るだけで 日本史の旅が出来ます? これだけ見て帰っようで 弘法大師から密教を教わる時間はなかったみたい 帰りの極楽橋駅 ケーブルカー連絡通路がいい感じ 翌日は
京阪電車巡りをしました この話はまた今度 |
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2015年02月27日
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