線路巡礼♪

本日をもちまして、線路巡礼のブログは廃線の仲間入りです。長い間ありがとうございました。LUN(2019年8月31日)

線路巡礼昔語2000年代

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
2003年9月
東武鉄道貨物列車最後の日
北館林荷扱所を出発した列車を追いかけて
久喜駅にやって来ました

イメージ 1
東武伊勢崎線とJR東北本線の乗換駅
両線の間に東武の貨物ヤード
ちょうど
浅草方から貨物列車が折り返してきたみたい

イメージ 2
重連の協調運転(?)
緑旗を振って推進して行きます

イメージ 3
赤旗×2!
まるで手作業
こんなこと毎日やっていたんですね

イメージ 4
サクッと切り離します

イメージ 5
背後を
怪しいJRの列車

イメージ 6
重連は折り返して手前の線路へ

イメージ 7
お終い
チーム東武貨物の皆さまの最後のお仕事終了

イメージ 8
駅跨線橋から見るとこんな感じの構内配線

下車して
東側の線路を跨ぐ歩道橋へ

イメージ 9
右が東武、左がJR
両線がつながっていることを証明できるビューポイント

イメージ 10
JR東北本線の久喜駅もいい感じ

イメージ 11
両渡り(ダブルクロス)線路が印象的
JR側の線路は隣駅の東鷲宮貨物駅につながっていました

イメージ 12
東武機関車が動きだしました
館林の機関区に帰って行くのかしら
これが
動いている東武機関車を見た最後になりました…

残されたタキさん
JR側から引き取りにくるはずなんですけど
これを見ずに終わってしまいました

貨物取扱い廃止後の久喜駅
貨物ヤードを潰して
2面4線
両側に引上げ線を持つスゴイ旅客駅に昇格
でも
JRとの連絡線は廃止
東武電車の甲種回送もこの連絡線を使っていたらしいですが
この後は
熊谷貨物駅・秩父鉄道経由というめんどくさいルートになってしまいました

毎日の田園都市線で
久喜行き電車にお世話になっています
これも貨物ヤード跡の有効利用のおかげなんですけど…

1998年にも久喜駅で東武貨物を堪能しています
書いたことを忘れていました(苦笑)
記事はこちら
2003年9月
佐野線・伊勢崎線を走っていた
東武の最後の貨物列車(北館林荷扱所〜久喜駅)が廃止

当時の私は
私鉄の貨物線には興味があっても
貨物列車そのものは後回しだったのです(勿体ない〜)
でもこれは気になる

その前に
貨物列車廃止に便乗して
浅草駅から佐野線北館林荷扱所までイベントツアー列車が走りました
こういう便乗商法は嫌いですが
この貨物線(貨物駅)をちゃんと見たくて
雨天のしかも午後から
佐野線渡瀬駅まで遠征しました

そこから線路沿いに歩きます
ちょうど
イベント列車の「りょうもう号」の帰りとすれ違い(汗)

イメージ 1
おかげで
貨物駅には余計なモノがいませんよ(苦笑)

イメージ 2
線路を跨ぐ橋から
手前にパンタグラフを盛大に上げた電気機関車重連
奥の方にも重連がいます
計4両の電気機関車が存在

イメージ 3
近づいてみます
手前の重連
カッコイイ

イメージ 4
タキさんの車標
北館林荷扱所というのは正式名称なんですね
なんで貨物駅と言わないのかは謎
浜五井(京葉臨海)から来ているとは知りませんでした

イメージ 5
こちらは奥の重連

イメージ 6
重厚な連結部
全ての機関車の両側に廃止記念ヘッドマークが付いていました
つまり同じモノが8枚も用意されている周到さ

イメージ 7
渡瀬駅に歩いて戻る途中
貨物駅から重連が走ってきました
前照灯が付いてないのでどちらに走っているのか分かりません(苦笑)

イメージ 8
渡瀬駅ホームを通過!

この日は結局、
貨物列車の走行は見られませんでしたが
東武貨物の最終運転日が
3日後だということを知りました
これはまた来ちゃうかも!?

ということで
やっぱり来ちゃいました
9月23日
再び渡瀬駅
今度は朝早く晴天!

イメージ 9
北館林荷扱所
機関車はいません
タキさんは3日前のまま?

イメージ 10
渡瀬駅の方から
重連が来ました!

イメージ 11
手前の側線に入って

イメージ 12
機廻りして奥の側線で戻って来て
また折り返します
なかなか手間のかかる動き
それがいいんですけど(笑)

イメージ 13
タキさんに連結完了
チーム電気機関車の皆様がやって来ました
東武の機関車乗務員制服は渋いですね〜(好感)

イメージ 14
関係者さんのご好意で
写真撮影大会が始まってしまいました

イメージ 15
私も線路に入れて大興奮!(笑)
晴れの日の最終東武貨物列車
凛々しい

イメージ 16
いよいよ
最終貨物列車出発!

イメージ 17
お見送り

イメージ 18
後姿
なんとなく
国鉄貨物列車とは違った趣きがあったんですね
もっと見て行けばよかった(後悔)

この後
電車にのって久喜駅まで追いかけてみました。続きます

北館林荷扱所
この日で貨物取扱いは廃止ですが
その後もしぶとく生き残ります
今では
廃電車の解体場として有名になってしまいました
当時の線路はほぼそのまま
ヨカッタ?(笑)

昨年見に行った北館林荷扱所の線路
いろんな廃電車がいて貨物駅時代より賑わっていました(苦笑)
記事はこちら
2003年
名鉄三河線に乗りました

名鉄名古屋から吉良吉田を経由して蒲郡に行きます
西尾線経由でも行けるのですが
ここは
碧南行きの直通に乗ります
名古屋人でないと
この辺の経路は分からないですよね?(苦笑)

イメージ 1
知立駅
名古屋本線から
三河線へ直通します
なかなか激しい線路配線(笑)

イメージ 2
ここで三河線は山線(左)と海線(右)に運転経路が分かれます
今回は海線

イメージ 3
碧南駅で乗り換えまして
今度は最後尾から構内線路を眺めたところ
ここから先が廃止対象区間でした

碧南駅から吉良吉田駅まで
非電化区間
正確には電化したんだけど止めちゃった区間
昔は
直通電車が走っていたと思いますけど
1990年に非電化逆戻り

イメージ 4
ということで
架線柱だけが残る素敵な車窓を満喫できます(笑)

イメージ 5
大きな河川を渡る時が白眉

イメージ 6
もう一丁!

イメージ 7
終点の吉良吉田駅

イメージ 8
ここで
三河線、西尾線と蒲郡線の線路がY字に交わります

イメージ 9
蒲郡線蒲郡行きの電車に乗ります

イメージ 10
小野田線の雀田駅の配線に似ています
あちらは本数少なくても電化のままですけど?(苦笑)

蒲郡駅もずいぶん変わってしまいました
再び
18切符で家路に着きます
名鉄美濃町線新線区間、東海交通事業、名鉄三河線( 海線)の日帰り旅
これでお終い

この翌年
また美濃町線と三河線(今度は全線)に巡礼に来ています
そのくらいお気に入りでしたが…
記事はまた今度
2003年
名鉄美濃町線を巡礼した後は
東海交通事業城北線です

1993年に開業(一部は1991年先行開業)していますけど
ずっとほっぽらかしていました

イメージ 1
枇杷島駅
東海道本線旅客線の向うに
おまけのように付け足された小さなホーム

イメージ 2
東海道本線を赤ホキさん貨物列車が下って行きます

イメージ 3
城北線の列車が勝川駅方面から来ました

イメージ 4
今度は
こちらの東海道貨物線をレール工臨が下って行きます
貨物列車も線路を上手に使い分けています

イメージ 5
それでは
小さなホームから
たった一両のディーゼルカーで出発
すぐに複線になります

イメージ 6
この先
全線非電化ですが
ものすごい高架(笑)

イメージ 7
すぐに線路が上下に分かれます
この間をくぐって
稲沢操車場に直通する連絡線の予定がありました
出来ていれば
武蔵野貨物線みたいになっていたんですねぇ

イメージ 8
飛行機、
戦闘機?が目の前を通過していきます

ものすごく見晴らしの良い高架鉄道
この鉄道の価値はここにあると思いました
遊園地の鉄道を凌駕します(笑)

イメージ 9
終点の勝川駅

イメージ 10
そのホームの先に線路がのびて
検車場になっています

イメージ 11
こんな列車でした
どうせなら
「しゃちほこ」でも頭に載せればいいのに
(架線なし、トンネルなしだから大丈夫?いいアイデア?)

イメージ 12
ここから
検車場の線路の脇を通って
中央本線の勝川駅まで連絡通路がつながっていますけど
肝心の線路はつながっていないのです
ここまで無駄な工事をしたのなら
ひょいと、
つないじゃえばよかったのにぃ(苦笑)

イメージ 13
中央本線側から高架駅を見上げたところ
当時
こちらの勝川駅はまだ地上駅でした

その後
2009年に中央本線も高架化
勝川駅構内は将来の接続用に2面4線対応になりましたが
ホームの間は空いたまま
昔の新玉川線開業前の二子玉川園駅がずっとこんな感じでしたね

でも
お互いに高架橋になったことから
今度は城北線が簡単には駅構内に入れなくなってしまいました
どうして
中央本線高架工事の時に
一緒に延長乗り入れ工事をしなかったのかしら?
なんだかさっぱり分かりません

城北線(この名前も味気ない)
未完に終わった名古屋圏の壮大な貨物連絡線の一部
政治的理由で列車を走らせているだけと思われるので
そういうシラケた線路はあまり好きになれませんが
それでも
南方貨物線のように開業することなく撤去されてしまうよりは
はるかにマシなのでしょう…

追記
昨年秋に愛岐トンネル群紅葉を見にいたとき
高架になった勝川駅を通っています

イメージ 14
ヤル気があるんだか無いんだか?(苦笑)
2003年夏
名鉄美濃町線の新線区間に乗りに来ました
18切符で岐阜駅へ

イメージ 1
新岐阜駅付近
「乗って残そう」の垂れ幕が虚しい

イメージ 2
徹明町駅まで歩いちゃいます
道路の行き先表示版が
全盛期の名鉄路面電車そのもの

イメージ 3
この交差点で
岐阜市内線忠節駅方面は左へ
美濃町線は右へ(手前)
長良線(まっすぐ)はすでに廃止

イメージ 4
美濃町線の徹明町駅は少し離れています

イメージ 5
美濃町方面
安全帯もない危険な乗り場
岐阜市のヤル気の無さが忌々しい

電車は野一色駅行き
当時、
すでに新岐阜駅発、田神線経由のルートがメインになっていて
徹明町駅発の終点までの直通はなかったみたい

イメージ 6
すぐに
続行の電車が後を付けて来ます

イメージ 7
ここで田神線の線路が合流

イメージ 8
野一色駅
電車がものすごくゴチャゴチャしていますね
ここで関行き電車に乗り換え

イメージ 9
いい感じの専用軌道

イメージ 10
でも
美濃町線の白眉はここから

イメージ 11
素晴しい併用軌道
以前乗った時は雨の日で
水溜りの中を電車が走るのがステキでした

イメージ 12
途中駅でタブレット交換!

イメージ 13
新関駅
ここから先
道路を踏切で越える線路が新線区間

イメージ 14
以前
美濃町線が美濃駅までつながっていた時は
線路はこの道路から併用軌道になって左へ進んでいたのですけど

イメージ 17
関駅
ものすごく新しい(笑)

イメージ 18
残念ながら
越美北線(長良川鉄道)とは線路はつながっていません

1999年
新関駅−美濃駅が廃止
その代替として
並行して走る越美南線(長良川鉄道)の関駅−美濃市駅を使いなさい
乗換便利なように
新関駅から関駅まで「新線」を作ってあげましょう

イメージ 15
ということで出来たのが
この要塞のような踏切
一体いくらかかったのかしら?

お笑いなのは
2005年
時代に逆行して
岐阜市内の路面電車は全廃

イメージ 16
この「新線」も廃止
わずか6年間の線路

まるで計画性がありません
地域エゴの極み(怒)

1986年
美濃町線で美濃駅まで巡礼
あの恥の踏切がなかった頃の記事はこちら

.
LUN
LUN
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事