線路巡礼♪

本日をもちまして、線路巡礼のブログは廃線の仲間入りです。長い間ありがとうございました。LUN(2019年8月31日)

2006旧東海道お散歩の旅

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旧東海道を散歩する旅をしてきたら、妙に国道15号線に愛着を感じてしまいました。
日本橋の道路原標から、あるときはその上を歩き、あるときはその脇道を歩いてきました。

横浜駅に着く直前、旧東海道は15号線から独立して、青木橋を渡って、東海道本線の海側から山側に出ます。

ここで、15号線とは永遠の別れなのです。
15号線は、旧東海道と別れ、ほんのすこし進んで、青木橋手前の交差点で国道1号線と合流してお終いです。

今日の昼休みは、そのわずかに歩き残した15号線を歩きに行きました。
湘南電車が引退した後も、あいかわらず昼休みを有効に使っております。

横浜駅から青木手前の交差点に来ました。
ここは国道15号線終焉の地、という碑があるとものと勝手に期待していました。

全く何にもありません。
何で?
少しもどると、ダイコン型標識を発見!29.2キロだぞ!!

交通量が多いのに、体を張って撮影です。
近くのOLさんに笑われてしまいました。
電車の写真撮影より恥ずかしいです(笑)

さらにすこしもどると、第一京浜ここに終わる(始まる?)の看板を発見。
かなりウラブレた看板です。ちょっと情けない。

さらにもどると、29キロの標識発見。
これは道路のすごく目立つ場所に独立モニュメントのように鎮座します。
酔っ払いがぶつかるんじゃないですか?(笑)

これにて、国道15号線の旅、完了!
でも、終着地点には、なんか標識くらいほしいなぁ。
鉄道と違って、ここでレールが途切れるわけじゃないんだから、何かないと格好がつきません、スッキリしません!

昔は、この国道のことを国道1号線と呼んだそうです。
そうですよね、だって旧東海道なんだから。
もっと大事にしましょう。
ちゃんと歩行者のことも考えてね。

なんか、有名道路の散歩や標識撮影も好きになってしまいました。
浮気でしょうか?(笑)

ちなみに、この終着地の交差点にある蕎麦屋は横浜周辺では有名な超大盛のチェーン店です。
富士山盛(そば1キロ)が5百円で食べれます。
私は3回完食しています。記念にいかがでしょうか?

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天気もいいので散歩に出かけましょう、夕方は雨との予報ですけど。
旧東海道散歩の旅の続きです。

奥さんは、疲れてるぅ、とあまり乗り気ではないのですが、帰りに横浜で大好きなハングリータイガーのハンバーグを食べるという美味しいエサ?で、釣ることに成功。

東急東横線。横浜の一駅手前の反町駅で降ります。
深〜い、地下駅から地上へ。まだ、旧東横線の高架が一部残ります。
ここの駅前に国道1号線が走っています。
旅の記念に、ニョキリと生えたダイコンさんのミニキロポストを撮影。ここは日本橋から30.3キロ地点です。
こういうのを撮るのが好きになってしまいました。

歩き出すと、すぐに青空市場のような八百屋を発見。安いです。
これから東海道を旅するというのに、フルーツトマト、トマト、バナナ、みょうがを購入。
重たいです、行商に行くみたい(笑)
でも、これで奥さんが喜んで散歩に付き合ってくれれば安いものです。

前回の終了地点の上台橋の下に到着。
11:30、やっと今日の旧東海道の散歩のスタートです。

横浜市中区の神奈川宿歴史の道を少し歩くと、プッツン切れます。
横浜市西区に入りました。

面白いのは、ここは南軽井沢という地名です。ちなみに隣は北軽井沢。沢渡公園もあります。これから向かうのは浅間神社です。なんか、中仙道に迷い込んだみたいです?
ちなみに、浅間神社は、せんげんじんじゃ、です。

浅間下というところで、大きな道路に分断され、旧東海道を見失ってしまいました。
歩いてきたおじさんに訪ねると、
「どこまで行くの?俺は昨日、ここから戸塚まで歩いたんだよ」
とのこと。
すごいなぁ。もちろん、道は教えてもらえました。
でも、このおじさん、戸塚まで歩いて何しに行くんだろう?、人のこと言えないけど(笑)

高台にある浅間神社におまいり。
ここから眼下に、私の職場がある横浜みなとみらい地区が一望できます。ここは江戸時代、全部海だったんですね。

旧東海道をスタコラ歩きます。車も少ない、快適な散歩道です。
いつにまにか「旧東海道」というプレートが、道の随所に埋め込まれています、西区はお金かけています。。
かなり気合が入っていますけど、別に電柱に看板を出してくれるだけで十分かとも思います。

松原商店街に突入。
ここはスゴイです。面白いです。安いです。
これまで、日本中の安い商店街をみてきましたが、ここは最高レベルです。
奥さんがどうしても我慢できず(笑)、沖縄食材店に捕まってしまいました。
島らっきょ(美味しいけど、匂います)、ジーマーミー豆腐を購入。
横浜駅のそばに、こんなに楽しい楽しい商店街があるなんて!

さらに歩くと、旧東海道は相模鉄道天王町駅(横浜駅から3つ目)の高架の真下を通ります。
この駅の手前の帷子川をわたると、横浜市西区から保土ヶ谷区に入ります。

駅を抜けると、駅前に洒落た公園があります。
なんでも、ここが昔の帷子川にかかる旧東海道の橋があった場所だとか。
この辺りの川は、結構河川改修で場所が変わっているのです。
それを再現してあります。
公園で、ジーマーミー豆腐を食べます。
美味しいです。

天王町駅を出ると、旧東海道は大きな道に吸収されます。
でも、道の両側に「お侍さん」?モニュメントがずっと続いて楽しいです。

保土ヶ谷区内で旧東海道はあちこち折れ曲がるのですが、看板が整備されています。好感触です♪

やっと、保土ヶ谷駅前に着きました。
ここで、右に旧東海道は分かれます。
昔の保土ヶ谷宿ですね。鎌倉に至る古道も分岐します。
こちらも少し歩いてみました。
「政子井戸」なんていうのがあります。
あの北条政子が化粧をした井戸だそうです。

旧東海道にもどります。
実は、急に天気が曇ってきたのです。
保土ヶ谷駅で打ち切りかなと思って、ちょっと寄り道したんですけど。
奥さんが未だ歩けるというので、前進することにしました。

「東海道踏切」で東海道線・横須賀線をわたります。
スゴイ名前の踏切ですよね?
これって、他に旧国鉄が旧東海道を交差する踏切がないっていうことでしょうか?
謎です。
京都三条まで歩けば分かりますね(笑)

またも国道1号線にT字路でぶつかります。突き当たりを右に曲がります。ここに旧本陣があります。
しばらくこれが東海道です。
昔の宿場町の雰囲気が残っています。

国道1号線をしばらく歩いてから右側に分かれて、東海道線のそばを歩きます。
電車が見えるんです。いいなぁ。
先週だったら、湘南電車が見えたかもしれないのに・・・。
もっとも、湘南電車見たくて私が先に進まなくなってしまう→奥さんが怒る、となりますので、今日でよかったかも?
東海道線の複々線が敷地の中を通る寺院を見学。踏み切りの先に墓地があるんです。
電車からもよく見える場所です。

権太坂まで来ました。
ごんたざか、と読みます。
江戸時代、旧東海道は日本橋からここまでほぼ平地でした。
ここから急な坂となり、当時は最初の難所だったそうです。

でも、現在人のお散歩コースとしては、大した坂ではありません。
一日に40キロ以上を歩き続ける昔の旅人が、本当にこんな坂を難所だと思ったのかな?
よっぽど道が悪かったのでしょうか?
晴れていれば富士山も見えるらしい、すばらしい坂です(今日は見えませんでした)。

坂の途中に面白い歴史案内看板があります。近く小学校が作ったらしいです。
権太坂の名前のいわれは二つあります。
1.お代官がこの坂の名前を近くの百姓に聞いたら、百姓は自分の名前を聞かれたと勘違いして「ごんた」でございますと答えたから・・・
2.お代官の命令で、権左衛門という人がこの坂道を作ったから・・・

看板曰く、あなたはどっちを信じますか?

う〜ん、当然、1でしょう。面白いから。
こういうくだらない歴史紹介は大好きです(笑)。

坂を少し下ると、境木地蔵尊です。
ここに武相国境の木があります。
実は、ここが武蔵の国と相模の国の境なのです。
ちょっと、感動。
昔から、神奈川県内の武蔵の国はどこまでなんだろう、と気になっていたのですが、権太坂が国境だったのですね。
とっても勉強になりました。やっぱり東海道は歩いてみるもんだ!

この境から、旧東海道は横浜市保土ヶ谷区から横浜市戸塚区に入ります。

品濃の一里塚。
街道の左右の塚が現存する、旧街道の匂いプンプンの場所です。
ここは日本橋から9つ目の一里塚。ということは約36キロ歩いたわけですね。
もうすこしで戸塚宿ですけど、今日は東戸塚駅でお終い。15:00です。

東戸塚駅前の再開発ビル、オーロラシティーの敷地の背後が、旧東海道に面しているのです。

オーロラシティーには、西武とダイエーが入居しています。
不良債権の両雄ですね(笑)
ここで、さらにリンゴまで買ってしまいました。
買い物の間に、雨が降ってきたみたいです。
戸塚駅まで歩かなくて良かった・・・。

昨日までの湘南電車の写真撮影でもお世話になった東戸塚駅から横浜駅にもどります。
電車でもどってみても、ずいぶん歩いたものです。

横浜で、お約束のハングリータイガーです。満足満足、ビールが美味しい。

さらに帰宅後、行商で買った(笑)、島らっきょを食べました。
これもうまい!
また、買いにいかなくちゃ?

でも、今日はさすがの私も足が疲れました。
昨日まで、湘南電車の追いかけやってましたからねぇ(笑)
でも、一番疲れたのは、このブログの記事を書くことです。
長すぎます(笑)。

写真1:反町駅前のダイコンキロポスト
写真2:西区の旧東海道プレート、いらない?
写真3:天王町駅前
写真4、5:侍マン
写真6:東海道踏切(なんか、すごくエライ踏み切りに聞こえます)
写真7:東海道複々線が境内を通ります
写真8:ごんた坂入り口、すぐに高速道路を跨ぎます。
写真9:武蔵と相模の境!、モニュメントの下に53次の宿名があります。

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旧東海道、蒲田〜神奈川新町を歩いた翌日、さらに続きを歩きたくなってしまいました。
やっぱり、湘南電車を見ることができなかったからでしょうか?

強い風の日でしたが、どうしても行きたくなりました。
だって、湘南電車は今週で東海道から引退してしまいます。
行かなくちゃ。

でも、奥さんが昨日の疲れがとれないよー、というので、チョットだけ歩くことにします。

東急東白楽駅から京急神奈川新町駅まで歩きます。
ここは、会社の昼休みの私の定番コースです。
少し遠回りして、大好きな菜の花の場所に立ち寄ってみます。

いつもの(笑)、横浜12:25発の上り湘南電車を見ることができました。
これまでも、何度もこの場所で見てきたけど、奥さんと一緒に撮影大会をする?というのも不思議なものです。これでまた湘南電車の思い出追加!。
浦島踏切を渡り、京急神奈川新町駅にでます。
昨日の終着点にもどってきました。

300mくらい先に、国道15号線の28キロポスト発見。
わざわざ、下り車線側に横断歩道を渡って大迂回して、下りキロポストの写真撮影、我ながら凝り性です(やっぱり、日本橋「から」何キロ、という表示が楽しみです。上り車線では、日本橋「まで」何キロの表示なんです)

さて、この辺りは神奈川宿で賑わった区間で、横浜市神奈川区が「神奈川宿歴史の道」として整備してくれています。実にありがたいです。
歴史の道の沿道には、昔の宿場町の寺院や遺構がよく残り、案内も完璧に整備されています。
今日の旧東海道散歩は、この歴史の道区間とします。

でも、ここで問題発生。
旧東海道は、やっぱり国道15号線なのです。
15号線と京急(陸側)とに挟まれた細い道が、歴史の道なのです。
大きな宿場だったようで、寺院や宿場設備は旧街道から一歩離れた裏道にあったらしいです。
この裏道を結ぶのが、歴史の道。

歴史的趣味に加えて、お散歩にも適しているのは、歴史の道。
旧東海道に忠実に歩くのなら、無味乾燥、オマケに頭上に高速も走る国道15号線。

う〜〜〜ん、どっちの道を歩きましょう???

結局、歴史の道を歩きながら、並行する15号線にもお邪魔して歩き続ける、酔ってもないのに千鳥足歩行となりました。

左に高島貨物線の東高島貨物駅が見えるあたりで、「滝の川」に架かる橋をわたります。
ここも昼の散歩で何気なく歩いてますが、調べると、ここが神奈川宿の中心でした。
今では何でもない小さな橋ですが、これが「神奈川」の中心だったのです。
いまや県名にまでなった「神奈川」発祥の地は、ここなのではないでしょうか?
とすると、この「滝の川」こそが神奈川県の母なる川?、無名だけど、本当は多摩川や相模川よりエライのかな。

この橋を渡ってしばらく歩くと、旧東海道は国道15号線から別れ、右側に分岐して、しばらく宮前商店街となります。
この先、この国道に合流することはありませんでした。
サヨウナラ、国道15号線。日本橋からここまで付き合ってくれて有難う。

すぐに「青木橋」です。
京急神奈川駅の脇を通り、東海道線、横須賀線、京浜東北線、そして京急が走る掘割を越えます。
青木橋の区間は、旧東海道の下を掘って鉄道が開通したのですね。
鉄道の掘割の両側に、旧東海道がはっきり残ります。
これって、鉄道廃線跡の探索と同じで、結構面白いです。

青木橋は国道1号線でもあります。
旧東海道は、ついに国道1号線と遭遇!
でも、青木橋の上だけ。おまけに、京都に向かっての下り上りの向きが逆です。

青木橋から、すぐに小路に入ります。
ちょっとした登り道。
江戸時代、この道の左手は、もう断崖の海だったらしいです。
今でもこの小路とすぐ下の横浜駅あたりでは、かなりの高低差があります。
この小路からの海の眺めは良かったようで、茶店があって、今でも残るとか?
ここから見える横浜駅一帯は、当時ぜーんぶ海でした。

上台橋に着きます。
この上台橋、橋といっても、下は広い道路です。
ここも、旧東海道の下に道路を作るために掘割としてしまい、旧東海道には鉄の橋が架けられました。
道の上の橋。
高速道路や、立体交差ではありません。
日本ではちょっと珍しい光景です。

神奈川新町から上台橋までが、神奈川宿歴史の道です。
約4キロくらいの旧東海道の旅、とっても楽しいですよ。
沿道には、亀のモニュメントがずっとありました。
たぶん、起点の神奈川新町が「浦島」という知名なので、その辺を意識しているようです。

ここから横浜駅まで歩いて、ご帰還です。
お疲れ様。

ところで、今回、短い距離ながらも、二日続けて歩いてみました。
昔の旅人は、日本橋を朝旅立つと、1日中歩いて保土ヶ谷か戸塚あたりまで歩いたとか。40キロくらい。
でも、エライのはそれを何日も続けて歩き通すところですね。
宿代が高いから、少しでも日程は短いほうがいいわけです。

10年以上前ですが、夫婦で新宿から青梅まで44キロを歩く大会に参加したことがあり、一応時間内に走破できたので、足には自身があったのですが・・・。
もっと、鍛えなきゃ、ダメですねぇ。

言うまでもなく、1日に何十キロ歩くことよりも、それを毎日続ける方が大変です。
やっぱり、休みなく京都まで歩き続けた昔の人はスゴイです。

旧東海道散歩の旅。
私が思いつきで始めたのですが、奥さんも乗り気になってきました。
私は、旧東海道にそんなに忠実に歩かなくたっていいかな?と思っているのですが、奥さんの方が「ちゃんと旧道の上を歩かないとダメ」と言い出だしました。
もう、この先の「宿」の心配も始めてます。
つまり、小田原くらいまでなら、日帰りで行ってこれますが、その先はどこに泊まるの?と、もう心配しています(笑)

お互いに凝り性なので、この先果たしてどうなるでしょうか?
京都三条大橋に着くのは、いったい何時になるでしょう??

とりあえず、今回は湘南電車にも会えたので、すっきりです(笑)。

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昨日(3月11日)、夫婦で旧東海道を散歩する旅、第3弾を決行してしまいました。
天気も良く、街道沿いの梅を見ながら歩きましょう、あわよくば、湘南電車も見えるかもしれません。

土曜日なので、10時にスーパーの特売品をしっかり買って、一度家にもどってからの出発です。
現代の東海道の旅人は、実にゆっくりと旅たちます(笑)。

東急を乗り継いで、蒲田駅到着。ここから歩き出します。
事前に調べると、国道15号線が旧東海道という説と、環状8号線に面した蒲田郵便局脇のバス通りがそれだという説があります。

国道沿いは車ばかりでつまらないので、バス通りを選択。
バス通りといっても歩道もありません。JRと京急の間を、この道は実にまっすぐに京急雑色駅の先まで続きます。
残念ながら、旧東海道の表示なし、おまけに古い建物もなし。本当に旧東海道?
蒲田本町、仲六郷、雑色と商店街を黙々と歩きます。

直線道路が左に曲がり、京急を踏み切りで越えて国道15号線に出ます。
少し歩くと、六郷神社。
神社の梅は見事です。
この神社の前で、旧東海道がひょっこり現れます。
多摩川まで旧東海道を歩くと、旧六郷の渡し。
河原に、止め神社というのがあります。なんでも将軍の乗った暴れ馬を止めた場所だからだとか。
ここの紅梅も見事です。

多摩川を渡ります。
多摩川河原で湘南電車を待ったのですが、来ませんでした・・・、残念。
旅は東京都から川崎市に入ります。
神奈川県のHPで、旧東海道のことが地図つきで紹介されており、便利です。
おかげで、どこが旧東海道か迷いません?
さすが私の地元はエライ?他の自治体も真似してください(笑)

川崎市に入ると、旧東海道は俄然脚光を浴びます。
街道沿いに旧東海道マークがたくさんあります。名跡の案内も多数、川崎市はとても力を入れています。

八丁畷駅のそばで、京急を渡ります。
この先で、いつの間にか横浜市鶴見区に入っていました。
全然、気づきませんでした。川崎市と横浜市の市の境って、何にもないんですね。
あまりのドラマ性のなさに、もう一度ひきかえして確認しようかと思ったくらい(怒)。

でも、ひとつはっきり分かるのは、鶴見区に入ると旧東海道マークはスッカリなくなっていたことです。
地元自治体がまったく力を入れていないのが明白です(笑)
鶴見川を越えます。

京急鶴見駅の高架下で、京急をくぐり抜けます。

しばらくすると、右手に有名な総持寺の案内。
奥さんが、総持寺に行きたい、というので寄り道。
でも、総持寺踏切で東海道本線をわたらねばならないのです。
もう夕方のせいでしょうか、全然遮断機があがりません。
一応、陸橋はあるのです。
ここは鶴見駅に集まる貨物線の機関車付け替えシーンまで丸見えの楽しい場所です。
でも、湘南電車はやってきませんでした、残念。

総持寺は、とにかく大きい伽藍がたくさんあります。
修行僧がたくさんいます。
横浜市内なのに、俗世を離れて修行しているらしいです。
「大本山」総持寺、というのです。
有名な福井県の永平寺とともに、曹洞宗の二大「大本山」なのだそうです。
寺の中に、やたら「大本山」という名前があふれています。
でも、この「大本山」という名称自体が、実に俗っぽい情けない名前だと思うのですが。
修行が足りないと思います。

もう17時を過ぎています。
旧東海道にもどります。
魚河岸通りという楽しい名前になりますが、もう夕方なので、魚河岸の営業はとっくに終了。

旧東海道は国道駅の手前で国道15号とクロスして海側に出ます。
江戸時代は、この道の左側は海岸線だったんですよね。
鶴見線国道駅の下を通ります。
この国道駅、鶴見駅側が国道15号線に面している(国道の上?)から国道駅という名前になったそうです。でも国道駅の扇町駅側は、実は旧東海道に面しているのです。
本来は、「国道」駅ではなくて、「東海道」駅なのではないでしょうか?

さらに歩くと、旧東海道のハイライト、「生麦事件」の現場に出ます。
殺傷事件現場です。今日は、とにかくここまでは来たかったのです。

さらに頑張って歩きま。
キリンビール工場を左に見て直進、高島貨物線が見えるところで国道15号線に合流します。
実に都合よく、ここに15号線の25キロポストがありました。

ここから先は、国道15号線が旧東海道です。
だから、あまり面白くはありません。暗い中歩くのに調度いい?。
京急が境内を横切る神社があったくらいかな?

もう暗い中、根性で京急神奈川新町駅まで歩き、さらに東横線東白楽駅まで歩いて、電車で帰りました。
この辺は、私が会社の昼休みに散歩しまくっている、言わば庭です(笑)。
まさか、夫婦で日本橋からここまで歩いてくることになるとは、思っていませんでした。

疲れた〜。蒲田駅が15キロポストだったから、13キロくらいは歩いたでしょうか。
後半、夕方になってしまったのはちょっと残念でした。
出発が遅いし、途中の立ち寄りも非常に長いので、仕方ないのですが。

ずっと、東海道本線に沿って歩いていたのですが、今回は湘南電車には出会えませんでした。
おかげで、旅を翌日まで引きずってしまいました(笑のまま、第4弾に続く)

長い記事だった〜、書くのも疲れました(こりこり)

偶然、その夜、「アド街」という情報番組で鶴見特集を放映していました。
アレ?昼間歩いた場所ばかりです。
おもしろそうなので、再訪したくなりました(今度は、東海道は抜き!)

写真1:六郷神社
写真2:止め神社
写真3:川崎市内の旧東海道入り口
写真4:楽しい総持寺踏切
写真5:国道駅の下の旧東海道
写真6:高島貨物線前の25キロポスト、ちなみに生麦事件記念碑の前(事件現場とは違う)
写真7:京急が境内を横切る神社
 

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梅が見たくなりました。
初めは鎌倉の有名なお寺に梅を行くつもりでしたが、奥さんが梅園に行きたいということで、何故か東海道の旅と池上梅園が合体してしまいました。

品川→蒲田→池上梅園、というコースでお散歩が決定。
東海道を日本橋から京都三条大橋まで東海道を歩くぞ企画の第2弾です。
思ったより早く実現しました(笑)。

品川駅10:30スタート。
ちなみに、前回(2月11日)の日本橋0キロポイントから品川駅までは、国道15号線のキロポストによると、7キロちょっとです。

京急と一緒に、東海道本線の八つ山橋鉄橋を越えます。
旧東海道は簡単に見つかりました。
品川区内は、旧東海道を観光スポットとして売り出しています。
北品川商店街、南品川商店街、鮫洲商店街と歩いていきます。
イヤイヤ、お寺や神社の多いこと。
いちいち訪ねているとキリがありません。

オススメその1:虚空蔵尊。そのそばにレンガ塀が残ります。紅梅のおまけつき!(写真1)

オススメその2:荏原神社。紅梅が満開!!(写真2、3)
東海道七福神?の一人、エビスさんの像がカワイイです。
どうやら、今朝のNHKニュースでここの紅梅が紹介されたらしく、にぎわっていました。
でも、本当に満開。天気も良くて最高です。
(でも、これは紅梅ではなくて桃かもしれません。お恥ずかしながら区別がつきません、樹にも表示がなかったんです・・・)

京急大森駅手前で、旧東海道は国道15号線と合流します。この合流ポイントに、鈴ヶ森刑場跡があります。八百屋お七の火刑台跡、由井正雪の乱で有名な丸橋忠也の磔の跡などがありあます。歴史マニア必見?(写真4)

でも、この先の旧東海道がないんです。
近くにいた警察官に、お訪ねしました。

お答え:東海道は鈴ヶ森までなんです。ここでお終い。

あれ?東海道って、京都三条大橋まで続いているのでは??
日本橋から大森で、お終い?
昔の道とはいえ、ずいぶん短くなったものです(笑)

しかたなく、しばらく国道15号線を歩くと、大森警察署を左に入る、なんとなくそれっぽい路地がありました。でも、なんの表示もないんです。
品川〜鈴ヶ森は、全ての電柱にしつこく、旧東海道!という看板がありました。

ところが、山手通りの交差点を過ぎると状況は一変。
路地はミハラ通りという名前がついて、さらに、いきなり旧東海道の碑が表れました。
なんで同じ路地なのに??

つまり、山手通りを越えると、品川区から大田区に入るのですね。
この路地については、
品川区は、警察官も知らない名無しの道。
大田区は、旧東海道。
というわけです。
東海道を整備したといわれる徳川秀忠もビックリの、すばらしい縦割り行政であります。

その旧東海道(ミハラ通り)も京急蒲田駅に近づくと、再び国道15号に合流。
この先、どこに行ったのか、消息不明です。

国道「15」号を歩いて、日本橋から「15」キロポスト、という記念すべき(笑)地点をすぎると、京急蒲田駅立体化大工事現場が見えてきました。
京急空港線が国道15号を踏み切りで横断するところで、本日の東海道の旅は、お終い。
天下の東海道を、京急の大きな電車が単線でゴロゴロ横切る光景が見えるのもあとわずかです。

ここから、さらにJR蒲田駅まで歩き、東急で帰りました。
品川駅から蒲田駅まで、8キロくらい歩いたのかな。
恥ずかしながら、ちょいと疲れました。
こんな調子で、果たして次回はあるのでしょうか??

池上梅園の事は、忘れてください(笑)。


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