|
本を読むの大好きです 何でも読むようにしているのですが 今読んでいるのが 「昭和史七つの謎」(保阪正康) フツーに読みやすい歴史もの 読み流してお終いと思っていましたが でも、 今日読んだ引用文が目を引きました それも なんと今日は敗戦の日でした いつもは全く意識しないのですが その偶然に運命的なモノを感じてしまったので 私も引用させていただきます まさか「一億総特攻」とまで叫んだあいつらが、 私たち若者を自殺させたあとで、 シャアシャアと降参するとは夢にも思っていなかった (回天特攻組で生き残った神津直次さん談) 敗戦特集で あれこれ悲劇の演出がいつも通りですけど 私は この感情むき出しの言葉が全てだと思っています 「あいつら」はどうなったのでしょうね この辺で止めておきます(汗) 廃線や配線の話の方がタノシイ…
|
日本史世界史大好き
[ リスト | 詳細 ]
|
久々に大河ドラマの話 いまやっている学芸会「直虎」じゃなくて 昔の再放送もの 武田信玄(1988年) 第44話「氏康の挽歌」 もちろん武田信玄が主人公ですけど そのライバルとして出て来る 上杉謙信 今川義元 織田信長 徳川家康 などなどを差し置いて 北条氏康さんがかっこいい! 有名な 富士山を見ながらの三国同盟(武田・北条・今川)のシーンも良かったけど 戦国時代は波乱万丈 上杉謙信が攻めて来ても 武田信玄が攻めて来ても 小田原城籠城戦でものともせず その後も上洛など考えず ひたすら 領国(関東)経営に尽くす氏康さん でも 病床に伏して その最後 相模湾を見ながら呟きます 我が生涯は、 国のため、お家のため、そして子孫のために費やされた。 野心捨てて日々つつがなきこと望み、 大酒慎み女色に溺れず、 倹約を旨として今日の日を迎えた。 何たる慎ましき生涯ぞ。 このようにして終わるなら、一度は天下を望むべきであったか。 それももはや叶わず 守り刀を 海に放って、絶命 このシーンが好きで 氏康さんファンになってしまいました 杉良太郎の演技も良かった (この人のファンじゃありませんけど) 武田信玄や上杉謙信に比べ 何故か知名度の低い北条氏康さん でも私は 一番偉いと思います 東京(関東)が日本の中心になれたのは 北条氏康さんのおかげ!(たぶん) 己の生涯が何と小さいことよ こんなカッコイイセリフを吐いてみたいです。ふぅ まだ関東はおろか 何も為していないのですけど(苦笑) ちなみに 再放送で武田信玄を見ると あのバカげた川中島の話の後 駿河攻めからの方が断然面白いです 昔の大河ドラマは面白かったなぁ (再放送も見るのはちょっとタイヘンですけど、汗) 北条氏康を次の大河ドラマに!(笑)
|
|
久々に歴史好きの話 いま 塩野七生の本にハマっています その後も 「ローマ以降の地中海世界」(上下巻) 「十字軍物語」(全3巻) と読み漁り 最新刊 「皇帝フリードリッヒ二世の生涯」(上下巻) も図書館で借りて読破 さて 神聖ローマ帝国皇帝フリードリッヒ2世の話は ブログを書き始めた頃にも記事に書いてしまうほど 個人的に大好きなのですが http://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/43229165.html 中世 ローマ法王との戦い イスラム教徒と平和交渉して聖地イェルサレムを無血で取り戻したのに 異教徒に屈したとされて異端視されるも その後も更に政教分離をすすめ 宗教バカに屈しなかった立派な皇帝 日本の中世でも 織田信長が宗教勢力に屈しなかったのと似ていますが 信長がちょっと違うのは これを焼打ちして以後の憂いを絶ったこと おかげで 信長は非業の死を遂げても その後、政教分離は進み、日本人は宗教バカから解放されました 一方 ヨーロッパでは フリードリッヒ2世の生存中は平和が保たれますが その死後 結局、暗黒の宗教世界に戻ってしまいます これは現代まで続く悲劇 さて今回の本 予約待ち多数ですけど、 早めに頼んでおいたおかげですぐに手元に来ました 2週間借りられますけど2冊を10日間で読んで すぐに返してあげました(自称エライ) ちなみに 私は電車の中でしか読書をしないタイプなので この大きい本は扱いに困りました 本の内容ですけど ものすごく期待してしまいましたが これまでの著作に比べると内容が薄いです 一番のハイライトのはずの イスラム教徒と「交渉」で聖地を取り戻した話が 直前に読んだ「十字軍物語」の記述とほとんど同じ(ような気がする) ちょっと ダメなんじゃない? それでも まぁ面白かったですよ 中高校生の頃 司馬遼太郎の本にハマって日本史好きになりましたけど (一時は大学で歴史学科を専攻しようかと迷ったくらい) 今頃 塩野七生の本にハマって にわか西洋史(地中海史?)好きになっています マンネリ大河ドラマは
来年こそ 皇帝フリードリッヒ2世を登場させてくれないかしら |
|
お盆ウィークというのは そもそも過去の歴史を振り返ることですよね? 歴史の勉強をするいい機会です 昨夜のNHKは 毎度おなじみ敗戦記念日特集 お得意の、またも新事実発見という大げさなネタ。 別に代わり映えしない内容で、 どうして当時の日本の指導部は 終戦手続きもちゃんと出来ない無責任な低脳ばかりだったの? それって今の政治家も同じだね。 困ったもんだ、 といういつもの傍観的な内容。 まぁ、それは置いといて。 本題はここから。 あの当時、 そういう風に騒いでいたのは指導部だけじゃなくて どちらかというと「上座」に座っている一般国民も同じ 彼らが、その他まともな考えの一般市民を威圧していたらしいのです。 ところが 戦争に負ければ、見事な手のひら返し なんら責任もとらず そのまま そのまま「上座」に居座り続けるのです。なぜ? 都合の悪い過去の言動は 場面が変われば 集団的に反故にしてもかまわない。恥ではない。 でも それが結果としてプラスに働くのですよね。なぜか?(笑) おかげで 北朝鮮みたいにならずに済んで良かったです。ホント。 歴史的な考察はここから 実はその数十年前にも同じ現象が起きています 幕末 尊皇攘夷という 外国人は敵だ!という強烈なスローガンが吹き荒れます 一般市民も巻き込んで。 外国人を撃て! これを上手に利用して 反対勢力(官軍)は 攘夷を実行できるわけない徳川幕府を倒してしまいます。 ここまでは誰もが歴史の教科書で習うこと。 問題はそのあと 幕府を倒した明治政府は これまでの攘夷のスローガンを見事に反故にしてしまいます そして 一般国民もそんなスローガンは忘れてしまいます 別に気にしない もともと攘夷なんて出来るわけないから 場面が切り替われば、これまでのスローガンなんかに拘らない 言ってきたことに責任なんか感じない おかげで 恥じらいもなく西洋文化をどんどん取り込んで 中国人や朝鮮人との差別化を図り成功します。すばらしい。 そして数十年後 今度は もともとアメリカなんかに勝てるわけないから 敗戦が決まってしまえば、これまで絶叫していたことなんか気にしない 言ってきたことに責任なんか全く感じない おかげで経済大国に発展できました。たぶん。 責任をとらなくてもいいんです。 一般国民は細かいことは気にしません(笑) むしろそれがプラスに働いてしまうところが、 日本歴史の最大の謎だと思っているのですけど。 他国もそうなんですかねぇ? もっともっと歴史を勉強しましょう 実は、 結構本気で歴史家になりたかったのです。 (もちろん線路も好きだったけど、汗) サラリーマンしているなんてモッタイないなぁ(殴)
|
|
久々に 大好きな歴史地理の話(お盆というのはネタがないのです) ずばり 県庁名と県名の謎 私は子供のころから不思議だったのですが 県名と県庁所在地が一致する県としない県があるのは何故でしょう? (県庁当てクイズ用じゃないですよね?殴) 戊辰戦争・奥羽越戦争という日本最大の内戦があったのですが 西軍(官軍)VS東軍(徳川軍) 官軍に味方したのが忠勤藩(県)と評価されます こういう藩(県)は、これまでの藩庁があった場所がそのまま県庁になり、 新しい県名も、その県庁名をつけることが許されました。 それがステータスとされたのです。 西日本(西軍)の方は名前が一致している県が多いのはこのため 仙台藩を中心に東北地方の諸藩は 奥羽越列藩同盟という名前だけ勇ましいチームを組んで官軍(西軍)に対抗したのですが、 ボロ負け その結果、 仙台県と盛岡県は 県名に県庁名を名乗れず、 マイナーな名称が付けられてしまいました。 特に北越戦争といわれますが、 おかげで、ここに県庁所在地と県名を取られてしまいます 会津若松のダメ戦さが有名で、完敗 ほとんど無名の福島という場所に県庁が選ばれ、県名となってしまいます (典型的な嫌がらせです。だから「福島県」なんていう県名は今なら止めちゃってもいいのにね) 途中で寝返り おかげで仙台を中心とする同盟軍は 南から迫る官軍と背後の秋田藩の両面作戦を強いられることに 藩庁があった秋田が そのまま県庁所在地になり、秋田県になりましたとさ もっとも 明治維新直後は3府72県もあったのを えいや!で 3府43県にまとめられているので 県庁所在地名や県名の変遷には、 さらにドロドロした理由があるはずです。 なぜか 教科書や社会科の授業では こういう重要(?)なことは一切教えてくれませんよね。 電車に乗って 過ぎ行く駅名を見ながら こういう歴史を考えてみるのも一興でございます。 ZIPPEI殺犬事件記事を書いてから、でしょうか?
今まで以上に訪問者数が多いので ついでだから自由研究の発表の場とさせていただきました(笑) |





