線路巡礼♪

本日をもちまして、線路巡礼のブログは廃線の仲間入りです。長い間ありがとうございました。LUN(2019年8月31日)

日本史世界史大好き

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歴史とTVが大好きなので、
大河ドラマは毎年欠かさず見ております(新・平家物語から見ています、スゴイでしょ?)

昨年のは「篤姫」
評判がよかったらしいです。
職場でも話題です。にわか歴史ファンが増えました(笑)

だけど、
○○さんが可愛いね〜
とか、そんな感想ばかり。
これじゃ美少女アニメと同じじゃない(笑)

歴史上、女性が主人公になりそうなネタといったら、
北条政子、豊臣秀吉の正妻と妾、春日局、くらいしかおもいつかなかったので、
篤姫の話は新鮮かも(フジTVの「大奥」でやったばかりですけど、大河は違う、たぶん)

NHKとしても、世論に配慮して常に「歴史上の女性」を意識しないといけないので
こういう「ネタ」は貴重でしょうね。

−−−−

ここからが本題。

今年は「直江兼続」・・・

こんな人、知っています?
ようするに、また上杉モノなんですよ。

どういうわけだか、
NHKは武田信玄・上杉謙信の話が大好き。

もちろん織田信長なんかの話の方がはるかにマンネリですけど、
歴史上の存在感が全く違うでしょ?

武田信玄・上杉謙信というのは、
故郷のローカル英雄。
どんなに強くても、有名でも、
日本の歴史の流れにはほとんどカンケーない人。
川中島の戦いなんて、その後の日本にはほとんど影響がない「カヤの外」の戦い。

なのに、
また「上杉」ネタです。
確か一昨年は「武田」ネタでしたね。
ちなみにこれはものすごくツマラナかった(泣)

同じ選考基準なら、
北条早雲(小田原北条氏の元祖)
長宗我部元親(四国を平定した人)
大友宗麟(大分キリシタン大名)
などなど、
まだ登場していないローカルヒーローはいくらでもいるのに。

どうして「武田・上杉」組だけ、もてはやすのでしょう?

歴史の謎です。

大河ドラマの舞台になるということは、
地元に莫大な観光収入をもたらすそうです。
なるほど。
オリンピックの誘致合戦と同じですね。

つまり、甲信越の闇組織が暗躍しているのです。

そういえば、一昨年に高遠のサクラを見に行った時、
高遠出身の「保科正行」を大河ドラマ主人公にしよう、
なんていう幟旗がたくさん立っていました。
そんなマイナーな人を(笑)
だけど、こうやって地道な誘致活動を続けているのですね。甲信越軍団は(恐るべし)

ちなみに
「直江兼続」という人は、
あの関が原の戦いを演出した張本人じゃなかったかな?
「義」のために、先陣を切って徳川家康に歯向かいます。
これに呼応して、石田三成らの「西軍」が決起するのですが、
肝心の直江さんは、
形勢不利とみるとダンマリを決め込み、
戦の後は、あっさり降伏。家康に媚を売ります。
なかなかステキなキャリア(笑)

他にこれといってトピックスはないので、
こんなステキな人を、
どういう風に「いい人」にアレンジするのか、楽しみですぅ(笑)


おまけ:
新春特別付録
大河ドラマのネタになりそうな
都道府県別ローカルヒーロー(または歴史的事件)地図

北海道:五稜郭函館政府
青森
岩手:欧州、じゃなくて奥州藤原氏
秋田
宮城:伊達政宗
山形
福島:おバカ会津藩。蒲生氏郷
茨城:水戸黄門
栃木
群馬
埼玉
千葉
東京:江戸幕府の人々
神奈川:鎌倉幕府の人々。北条早雲(小田原北条氏)
新潟:上杉組。
長野:武田グループ子会社
山梨:武田組
静岡:徳川家康
愛知:織田信長、豊臣秀吉(食傷気味です〜)
岐阜:斉藤道三(美濃)。仮面の忍者赤影(飛騨)
富山
石川:前田さん
福井
滋賀:石田三成
京都:新撰組!
奈良:蘇我入鹿(古いなぁ・・・)。柳生一族。
三重:ハットリ君(ニンニン♪)。藤堂高虎
和歌山:武蔵坊弁慶。根来衆。
大阪:大阪城の人々
兵庫:暴力団アコー組
鳥取
島根:島流しの隠岐島
岡山
広島:毛利元就
山口:長州藩の人々
香川
徳島
愛媛
高知:長宗我部元親。(坂本竜馬って、そんなに偉いの?)
福岡:黒田如水
佐賀
長崎:出島
大分:大友宗麟
熊本:加藤清正
宮崎
鹿児島:薩摩藩の人々
沖縄:琉球の歴史は世界史ですな

う〜む。
やっぱり東北、北関東、四国は歴史上のローカルヒーロー不在ですねぇ
(もちろん、私の基準です、汗)

太字で書いた人は、いつでも次の大河ドラマの主人公候補だと思うのですけどね。
個人的には北条氏康さんとか推薦。

こういうの書き出すとキリがない。
社会科ネタは大好きなんですぅ(笑)
(またまた線路の話じゃないんです)

歴史というのは、
常識を疑うのが面白いんです。

だいたい、
歴史の通説というのは、
えらい学者が作って、
その取り巻きが神聖化したもの。

歴史の教科書に載っていれば無条件に正しい、
なんて笑止千万。


先週(だったかな?)
TVのバラエティで、
長篠の戦い(鉄砲戦)は実はウソである、
というのを放映していました。

よくある話なんですけどね。
なにしろ、義経は北海道でどうだらこうだらをマジメに語るような番組ですから。

でも、
その時に紹介された理由のひとつが、
私の琴線に触れたのです。

長篠の戦い。
騎馬で突っ込んでくる最強の武田軍に対して、
馬防柵、
鉄砲の三段撃ち、
というアイデアで、織田軍はこれを見事に殲滅。
鉄砲戦のスタイルを確立した、画期的な戦法。
というのが通説。
歴史の教科書にも、そんな風に書いてあります。

これがウソだ。
というのがその番組の設定。

いろいろ理由があるらしいのですが、ちょっと眉唾ものばかり。

その中で、
私がシビレたのは、

そんな斬新な戦法だったら、
その後の戦いも当然必勝の戦法が採用されるハズ。
ところが、
その後の歴史に、そんな戦法は全く登場してこない・・・

分かりやすいのは、
長篠の戦いの2年後、

今度は上杉軍が攻めてきました。これも戦国最強の軍隊。

手取川の戦いといいます。
今度は逆に完敗。
なんで織田軍は2年前の必勝の鉄砲戦術を使わなかったのでしょう・・・


不思議でしょ?
ものすごく単純な疑問の方が、
気になるものです。

歴史上、
というより常識的に考えて、
新兵器による必勝の新戦術が開発されれば、
当然、次もそれを使いますよね。
それが人間の考えでしょ?
人道的な配慮なんかするわけないし。

ところが、その当然の行為が続いていないのであれば、
とりあえず、疑うべきでしょ?
長篠の戦い=鉄砲戦、は本当なの?

だけど、
歴史学者の間にしか通じない常識、
その中でしか思考ができない歴史学者たちは、疑問に思わないんだな。


もちろん。
反論はすぐに思いつくのですけどね。
手取川の戦いの時は雨が降っていて鉄砲が使えなかった?とか・・・

でも、
長篠の戦いの後。
誰も鉄砲三段撃ちなんか実践しなかったみたいです。
必勝の戦法なのにねぇ?(笑)

歴史学者は、どう説明するんだろ?


常識を疑うのは楽しいです。
歴史だけじゃなくてね。
次は何を疑おうかな?
記事を書き残していました。
今年の出来事は今年のウチに!(笑)


これは、今年6月の、あの楽しかった寝台列車日本一周の時の話。

「なは・つき」で京都に着いて(実際には遅れたから新幹線)、
「トワイライトEX」に乗るまでの時間で、
桂離宮に行きましたが、
http://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/49739813.html

桂離宮(予約制)に行くまで、1時間くらい時間が出来ました。
これを利用しない手はありません!
奥さんは、すぐそばにある得意のコナミスポーツ京都店へ。
私は、近くの壬生まで行きました。

壬生は新撰組発祥の地。
歴史好きとしては、絶対に行きたかった場所なのです。

とにかく時間がありません。急げ〜

イメージ 1
屯所跡がそのまま残っており、
大人千円で見学できるらしいのですが、
あまりに観光地化しています(というか、値段が高いよ、泣)
おまけに修学旅行生がいてウルさそうなので、パス。

イメージ 2
屯所跡は、すぐそばにもう一軒残っていますが、
こちらは非公開。
どうも非公開の方が観光地化されていなくて、
なんとなく好感が持てますね(笑)

隊士のお墓廻りもしました。

イメージ 3

壬生寺。屯所のそばにあり、ちょっと有名。
新撰組ファンにはお馴染み、悲劇の勘定方(会計責任者)、河合喜三郎さんのお墓があります。
近藤勇の像なんかもあります。

イメージ 4

少し離れて、光縁寺。
ここは隠れた新撰組の聖地。
一部では「土方歳三」以上の人気がある
光縁寺の「山南敬介」さんのお墓は必見です。

でも、墓石の右側面にも河合喜三郎さんの文字が。

どうして両方の寺に同じ人の墓があるの?
と、光縁寺の住職に聞くと、

どちらが本物というわけではないが、
あちらは「壬生」という名前がひとり歩きした観光地。
だから、役者が建てた銅像まである(笑)
こちらは・・・

とっても良く事情がよく分かりました(笑)
壬生寺ってそういうものだったんだ。
なんとなく、こちらを信じましょう。


おまけ、
山南さんの話。

新撰組創設の立役者の一人にもかかわらず、
「総長」という中途半端な役職に甘んじてきた山南さん。
とうとう新撰組を辞める決意。
でも、辞めたら切腹です。

この人が新撰組を脱走して江戸に向かったとき。
山南さんは人気者。誰も捕まえて罰したくありません。

土方さんの命令で、
仕方なく、沖田総司が追いかけます。

当時。
京都から江戸に向かう場合。
「草津」から先に行ってしまえば、
東海道と中山道、どちらを通って脱走するか分かりませんでした。
だから、ゆっくり草津まで追いかけて、
見つかりませんでした〜、と帰ってくればいい。

と・こ・ろ・が、
律儀な山南さんは、あろうことか草津宿でわざわざ一泊していたらしいです。
追っ手が困らないように(?)

沖田君も、見つけてしまった以上は仕方なく・・・

というのは、新撰組感動の小話のひとつですね。

そんな歴史のある草津です。
街道の分岐駅だったのです。重要。
鉄道に例えれば、米原駅かな?

旧東海道歩きのとき、
草津宿では山南さんの気分になっていたことは言うまでもありません(笑)

なんか、もう一度草津に行きたくなったなぁ(アブナイ)
この間、岐阜城(むかしは稲葉山城)に登りました。

イメージ 1
丁度いいハイキングコースなんです。
木下藤吉郎秀吉の気分で、ここの城の崖をよじ登りましょう♪

ここは歴史の宝庫でもあります。
歴史好きには、ちょいと感動モノがあったので、ご紹介。

岐阜城といえば、
斉藤道三、織田信長、豊臣秀吉です。

城内には、歴代城主の解説があります。

なんと、竹中半兵衛、まで城主としてちゃんと紹介されています。ツウだねぇ(笑)

でも、今回は岐阜城最後の城主、織田秀信さんの話です。

イメージ 2
織田信長はあまりにも偉大です。
日本人が今、こんな風にラクに暮らせるのは、みんな彼のオカゲだ。
というのが私の自論。(この話はえらく長いので、また次回)

でも、信長の子孫はバカばかりでした(悲)

長男。
本能寺の変で信長は殺されてしまいます。
そのとき、わざわざ別の場所(寺)にいたのに逃げもせず、そこに篭って討ち死に。
この人は信長の正式な跡取りでした。
だから有事のときは、どちらかが生き延びるように、わざわざ別々に泊まっていたはずなのです。
親の後を追って無残な最期。
危機管理が全く出来ていない、おバカさん。

次男。
三男。
二人とも馬鹿なくせに仲が悪い。
長男が急に死んでしまったので、財産(天下)をめぐって大喧嘩。
この兄弟げんかを利用して、部下の秀吉が天下を盗んでしまいます。

孫(長男の子供)
これが有名な三法師さん(三法師は幼名)
信長の跡目は次男、三男ではなく、長男の長子(つまり直系の孫)だ!
ということで、秀吉がこの人を利用して(この人の後見人として)
次男三男の兄弟げんかを上手に利用して天下を盗ってしまったのは、とても有名。

今日の話は、この「三法師」さん。

秀吉が天下を盗ってしまったあと、この人はいったいどうなったのでしょう。

この岐阜城を与えられていました。

天下を盗った秀吉には、もはや用済みの存在ですが、
元の主人の孫ですから殺すわけにもいかず、
おじいちゃん(信長)の城を任されたわけですね。

本当なら自分が天下人のハズなのに、
親の家来だった秀吉に仕える人生はどんな気分だったのでしょうか。

三法師は、成人すると織田「秀」信という名前になります。
祖父や親の家来だった秀吉の「秀」を、名前にもらったわけですね。
なんて自虐的な名前なんだろう。

現代の岐阜城には、彼の遺品もたくさん残っています。

でも、この人も、
やっぱりあまり頭は良くなかったみたい。

秀吉が死んだ後の、関が原の戦い。
何故か彼は西軍(豊臣側)につきます。
フツーなら、反対でしょ?
これまでの恨みを晴らすチャンスなのに。

関が原合戦を前に、東軍は邪魔な西軍方の岐阜城を攻めます。
関が原と岐阜城はすぐ近く。
だから戦略上重要な城でした。

岐阜城に篭ればいいのに、秀信さんはワザワザ出撃して、敗退。

高野山に幽閉されて、そこで死んじゃいました。
これであの偉大な信長の直系子孫はオシマイ。

現代の岐阜城内の資料には
このおバカさんについて詳しい解説があります。

あの織田信長の子孫はどうなったのだろう?
そんな素朴な疑問に答えてくれるお城です。


織田家の悲しい歴史(または阿呆な楽しい歴史、笑)がたくさん詰まっています。

オススメです。

偉大な信長の子孫はバカばかりでしたが、
娘婿はかなり優秀だったみたいです。
蒲生氏郷さん。
でも、どうしてこの人は信長の後継者になれなかったのでしょう。
謎です。
(この人の話は、結構面白いんですよ。日本史の教科書には出てこないけど)


イメージ 3

こんなものも展示されています。

アケチミツヒデさんの陣羽織。

なんか、悪趣味ですね。岐阜城は奥が深い(ウムウム)


お断り:資料とか見ないで、雰囲気でテキトーに書いています。秀信さん、ゴメンナサイ(笑)

イメージ 1

本日は、大好きな歴史の話。
関西人と歴史について。

現在進行中の、旧東海道お散歩の旅。
いよいよ山科分岐から大坂に向かって歩き出しました。

でも
予想はしていたのですが、どこにも旧東海道と表示してくれるものはアリマセン(泣)

どうやら、世間一般では
京街道
大坂街道
などと呼ばれているようです。


東海道が整備された江戸時代初期の頃から、
東海道が江戸〜大坂と決められても
関西の人は江戸に反抗して、京都〜大坂を東海道とは呼ばず、
その区間を、
敢えて
京街道、または大坂街道と呼んでいたそうです。

その、江戸に対する反骨精神は現在の歴史教科書にまで影響し、
いまだに東海道は京都までです(笑)。

そのくらい、歴史認識に造詣の深い関西人ですが、
何故か、もっと大きいことには無頓着。

ここまでは長い前置き
ここからが本番。

日本の歴史の時代区分の名称。
簡単に書いてみると、
奈良時代
平安時代
鎌倉時代
室町時代
安土桃山時代
江戸時代
ですよね?(短い期間は省略)

この○○時代というのは、その時の権力者がいた場所から名づけられています。


ところで、

Q:桃山時代とはなんでしょう?

A:豊臣秀吉の時代のことを指します。

でも「豊臣秀吉」といえば「大坂」でしょ?
あの有名な大坂城でしょ?

だったらどうして、
大坂時代とは言わないのかな?
安土桃山時代、ではなくて、安土大坂時代ではないの?

あの時代は、経済のみならず、政治も文化も、大坂が日本の中心でした。

関西人、特に大阪人なら、みんな秀吉イコール大坂と思っているのではないでしょうか?
きっと、タコヤキや阪神タイガースと同じくらい、
大阪城や豊臣時代の栄華に誇りを持っていると思うのですが(違う?)

どうして、桃山時代、なんていうネーミングに異議を唱えないのかな?


さらに疑問。

Q:桃山って、どこ?

A伏見のことらしいです。
(何故か歴史の教科書では教えてくれません。)

豊臣秀吉が、隠居して晩年を過ごしたのが伏見城。
そこで病死します。

でも、晩年を過ごしたからといって、
どうして伏見時代なの?

さらに疑問!。

伏見時代とはいいませんね。
桃山時代・・・?

桃山というのは、伏見周辺に桃の畑があったから名付けられた、比較的新しい名称らしいです。

全く推測ですが、
昔のエライ歴史の先生が、勝手に「桃山時代」と名付けてしまった?
(この人は、モモが好きだったに違いない!)

少し、ひどすぎません?
まだ伏見時代と呼ぶのなら分かります。

例えば、
江戸が東京に改名したからといって、
江戸時代のことを東京時代とは呼びませんよね


歴史業界というのも権威主義らしいので、
モモ好きのえらい学者の派閥には逆らえず、それっきりなのでしょうか?(泣)


ここで、最大の疑問!
Q:どうして大阪人たちは、
桃山時代、なんて呼ばれて平気なのですか?
(ちなみに桃山は京都府です、大阪府ですらない)

東海道のことを大坂街道と呼ぶほど
自意識過剰なのに!(笑)

A:大坂人に聞いてみないと、ワカラナイ。
但し、学校で日本史をきちんと履修した大坂人でないと、
聞いても質問が成立しない・・・


ちなみに、
「伏見」というのは、豊臣時代と江戸幕末の2回、歴史の表舞台に登場します。

旧東海道を歩いてみると、幕末の伏見については
伏見奉行所跡
鳥羽伏見の戦いの跡
などで触れることができるのですが、

豊臣時代のものは、なんにもアリマセン(泣)
伏見城の跡すら、場所がわかりません。

その代わり、
伏見桃山城という、お笑いレジャー施設があるそうです。
いや、あったそうです。
倒産してしまいました。

そういえば町で見つけた古い観光案内図に
伏見桃山城というのがあったのですが、
上から消してありました。
そういうことだったのですね

でも、そこにあった「お笑い」天守閣は、
なんと街のシンボルとして税金で復活するらしいです。

伏見桃山城として!(笑)

歴史上、桃山城なんてものは存在しないのですけどね、たぶん(笑)


大阪人、じゃなくて関西人の歴史感覚は、とっても「謎」であります(笑)


やっぱり「歴史」と「お笑い」の「謎」を究明するためには、
京都から大坂まで旧東海道を歩かないといけません。
えらい歴史学者も、歩かなきゃダメだよ!

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