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1992年5月1日。 「あさかぜ1号」と「かもめ号」を乗り継いで、 浦上駅に到着。 長崎市内観光。 浦上天主堂、原爆資料館、グラバー亭、オランダ坂、めがね橋・・・ と路面電車を使って歩き回ります。 この日の一番貴重な写真は 旧長崎駅舎でしょう(笑) でも。 長崎の楽しみは「夜景」なの。 なにしろ日本三大夜景らしいですから。 市内の風頭山というところが夜景の名所らしいです。 ヤタローインという夜景名物旅館の割安な別館に宿泊。 そこからの ○○万ドルの夜景。 微妙ですねぇ 函館山の方がいいな・・・(笑) 朝はこんな感じ。 5月2日。 路線バスで長崎から雲仙温泉へ。 島原半島を左回りに南下します。 途中の小浜温泉までの海岸線沿いルートは、 旧小浜鉄道の廃線跡なんですよね。 雲仙までは、すごい坂道。 こんな感じです。整備された火山遊歩道? 雲仙から仁多峠までシャトルバスみたいものを利用。 この時、 仁多峠に行くと、アレが目前に見えたのです。 普賢岳溶岩ドーム! ちょうど爆発も落ち着いており、 観光客がわんさか。 明日は、噴火の火砕流に沿ってバスで半島の反対側に行く予定です。 雲仙にもどり、 さらに この日の泊まりは わざわざ小浜温泉までもどります。 ここに安い公共の宿があったんだ(笑) 小浜鉄道跡を探したり、 公共温泉に浸かったり(すごく熱い)、 海岸で夕陽を眺めたり、 の〜んびり。 そういえば小浜温泉はオバマ氏を応援しないのですかね? いまさら小浜市のマネは出来ない?(笑) 翌日は、
いよいよ今回メインの 普賢岳大噴火と島原鉄道編です! 続く。 |
1992あさかぜ+九州/他
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1992年の5月のGW。 GW期間というのは海外旅行代金は高いけど、 国内のJRや航空運賃、ビジネスホテル料金はいつもとほとんど変わりません。 だから昔はちゃんと旅行の計画をたてていたのです。 (当時はまだ国内航空料金のディスカウントがなかった) 91年のGWは海外(東欧南欧)に行ってしまいましたが、 結婚後、92年からしばらくは、GWの長期国内旅行は必須でした。 そんなわけで、 昔の根性のある時代を懐かしみグチりながら、 「1992年寝台特急で行く九州横断の旅!」 −−−−− 1992年のカレンダーは、 4月30日(木) 5月1日(金) 5月2日〜5日(祝日) この時の旅行は4月30日の夜行から5月5日まで、 5月GWのフルコースです。 九州には二人個室の寝台特急で行きたい! 奥さん、鉄道好きじゃないけど、 何故か寝台列車には興味あるのです。 なにしろ新婚旅行はオーストラリアでインディアンパシフィック号3泊4日でしたから(笑) 2人で国内の寝台特急に乗るのはこれが初めて。 二人個室は人気あります。 無事にゲットできました。 (これが取れなかったら旅行中止したかも) 4月30日 仕事の後、東京駅へ。 19時台の出発はちょうどいいですね。 「あさかぜ1号」です。 やっぱり二人個室は楽しいです。 上の部屋だったんだ。 食堂車も行きましたよ。 寝台特急のディナーは楽しいぞ! 成金趣味の「北斗星」や「トワイラEX」みたいに 予約が必要とか、法外な料金設定じゃない、 フツーの食堂車だったのが好感触♪ 翌朝もコーヒー飲みに行っちゃった♪ 博多駅に着いて、 すぐに長崎行き特急に乗り換えて浦上駅へ。 今回九州の旅は、ここを起点に西から東へ横断する旅です。 九州横断編に続く(予定!) −−−−− ちなみに、 車内や部屋の写真はたくさん撮ったのに、 機関車の写真とか全然撮っていません。 当時はあんまり興味なかったのですね(笑) 下関駅での機関車交換は二人で見に行きましたけど。 ところで、 今回の寝台特急が、 今後の、夫婦で寝台特急の旅、の口火となるのですが 今回、ブログ記事にするために調べてみて、 重大な歴史的事実が判明しました。 私はこの時、 「さくら」号(東京〜長崎)で 東京から浦上駅(長崎駅ひとつ手前)まで乗ったのだと誤解していました。 (以前、乗ったことがあると威張っていました、ゴメンナチャイ) きっと「さくら」には二人個室が付いてなかったから避けて、 「あさかぜ」にしたのでしょうね。 「さくら」は3年位前に廃止されちゃいましたよね。 う〜む。 「さくら」に乗ったことなかったのかぁ・・・ まぁ、いいです(笑)
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