線路巡礼♪

本日をもちまして、線路巡礼のブログは廃線の仲間入りです。長い間ありがとうございました。LUN(2019年8月31日)

線路巡礼昔語学生時代

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線路伝説:高森線高森駅。


まだ貨物取扱いがあって、とってもステキ。

レールは駅ホームの先まで伸びていて、その先に貨物ホームみたいなものがありました。

イメージ 2
高森線の本当の終点。美しい(惚れ惚れ、笑)

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終点から旅客ホームを見ます。

イメージ 3
こんなものも残っていました。
そういえば駅前にSLが展示されていましたね。

あれ。旅客ホームや駅舎の写真がありません(泣)
当時は線路ばかり見ていましたから(笑)

巡礼した時、
すでに特定地方交通線に指定されており、
お決まりの廃止反対の大合唱。

この時の地元の反対根拠がメチャクチャでした。

「高森駅は貨物駅を廃止しないという地元との協約がある(知らないけど)
 だから旅客がどんなに赤字でも高森線は廃止できないはずだ」

だったら旅客だけ廃止して貨物専用線にしちゃえばいいのにね(笑)
そうすればJR貨物線として存続できたかも。

結局、貨物の方がさっさと廃止されてしまい(泣)、
その後で高森線も廃止されてしまいました。

どうでもいいのですが、
高森線は、だい3せくたーとして存続します。

どうでもいいと言いながら、
私はこの後2回もこれを利用してしまいました(笑)

ちなみに、
高森駅の記事は2回目。
何故、再度掲載する気になったかというと、
新しい写真が発見されたから。

イメージ 4
この写真。ずっと甘木駅だと思っていました。

扇状の線路配線がステキです。
昨今の写真整理によって、これが高森駅だということが分かりました。
歴史的大発見ですね(笑)

−−−−

ちなみに、
こちらが2度目に訪問したときの高森駅。
1993年2月です。

イメージ 5

イメージ 6
終端の線路を上手に使っているでしょ?
かなり気に入っています(笑)

国鉄時代の線路を上手に使っていました。
ホームの先のふたつに分かれた線路をそのまま使っていることには、ちょっと感動しました。
だい3せくたー後の終着駅で満足できたのは、たぶんここだけでしょうね。
他の路線では、たいてい破壊の限りを尽くされています。
だからキライなんだ、アレは。

この時、高千穂駅からここまで未成線を見ながら連絡バスで来ました。
高森線側の未成線は、現在の高森駅の手前で分岐(長いトンネルに入る)というのも有名な話ですよね。

仮に未成線が間違って完成してしまったら、この高森駅は廃止でしょうから。
良かったのかも(笑)

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線路伝説:稚内港駅

2008年正月特集ということで、
日本の線路の東西南北の果てを紹介しようかと思いつきました。
もちろん地政学的な東西南北ではなく、線路好きの線路の果てですよ。

東の果て根室駅
南の果て枕崎駅は記載済み。
西の果て長崎港駅は先程書きました。
そうくれば北の果ては、

稚内駅。
じゃなくて、稚内港駅と紹介したいところですけど・・・


1980年8月3日。

夜行急行「利尻」で稚内駅に着くと。
さっそく旧稚内港駅を求めて捜し歩きます。

稚内駅から先に、海に向けて線路がのびていきます。
まだ貨物取扱いも健在。

すでに稚内港駅舎自体は取り壊してしまった後とのことでしたが(泣)
ドーム式の防波堤の手前まで線路が伸びており、
たぶん、ここではなかったのではないでしょうか?

稚内駅、稚内港駅の美しい線路は、
私のノーミソにハッキリと焼きつきました。

だけど。

写真を撮っていないのです(泣)
この時はまだ、カメラを持って巡礼していなかったのです。
宮脇俊三のバカぁ!(当時、この人のカメラ持たない主義に気触れていました、泣)


仕方ないので、
おまけ。

イメージ 1
当時の自分の稚拙な線路メモ。

さらに、おまけ。

イメージ 2
「国鉄全線各駅停車(小学館)」から、線路図を抜粋です。
この本はあまりアテにならないのですが、
桟橋らしきものが書かれていますので、ちょっと気になりました。

両図とも、
桟橋=稚内港駅?跡らしき場所が一致しているので、
当時はこうだったんだと、勝手に推測しておきましょう(笑)


あれから何度も稚内駅には行ってますけど。

駅ホームから先の貨物線は早々に撤去されてしまい、
あの美しい歴史的な線路を見ることは出来ませんでした(泣)

おまけに、
無残に切られた稚内駅構内線路の終点の部分に、観光用の標識まで出来てしまいました。
もう、どシラケです(泣)

稚内駅、
そして稚内港駅というのは、
その昔、樺太航路のフェリーに接続する歴史的な駅だったのですよ。

今の稚内駅には、何の旅情も感じません(泣)
北の海にのびる線路を、少しでもいいから残して欲しかったです。
立派な観光史跡になったと思うのですけどね。残念。


おまけ。
稚内港駅と書いたけど、正式には桟橋駅と呼んだらしいです。
むしろ、稚内駅のことを稚内港駅と呼んだらしい(複雑〜)
でも、
桟橋駅じゃどこの事だか分からないので
(高知県、土佐電気鉄道の終着駅名も同じ名前だったような気がする)

やっぱり、私のなかでは、
いつまでも稚内港駅ですね!(笑)


追記(2014年8月)

イメージ 3
稚内駅、稚内港駅の線路が分かる古地図です
フェリーターミナルまで移転しちゃいました

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線路伝説:長崎港駅。

突然ですが、
日本の線路の西のはずれは、何処?

クイズの答えなら、
国鉄松浦線の平戸口駅だと思うのですが(違ったらゴメンネ)
でも、あそこは中間駅だから、
どうも西の終わりって感じがしません。
沖縄のモノレールの何とか駅も、いまいちピンとこないし。

そんなわけで、
一般的(?)線路好きとしての、西のはずれは、

長崎駅。終着駅ですからね。

でも、
線路巡礼を極めたもの(私です、笑)の答えは違うのです。


ずばり、長崎港駅。


1980年7月23日と
1981年8月8日の2度も巡礼しています。

長崎駅の構内の裏手。
そこから一本の貨物線がひょろひょろと倉庫街の中を西へのびます。
ちょうど長崎電気鉄道にそってのびる感じ。

倉庫群の中に、長崎港駅がありました。

イメージ 1
途中の踏切には、一日2往復の貨物列車の設定が書かれていました。
当時、実際に運転があったのかな?
ワムさんが、ポツンと残されていました。

この貨物駅から、さらに専用線らしきものが分岐しており、
それの終点がここ。

ここぞ、日本の鉄道線路の西端なのです!

イメージ 2
すでに、ゴミ山の中という感じですが(泣)
背景に、ちょっと長崎らしい建物も写っていますね。

当初訪れた時、あまりの挙動不審さに、
ここで地元の私服刑事から職務質問を受けてしまった話は有名です。

写真はいずれも2度目の巡礼のときのもの。
長崎を一緒に観光した弓道部の先輩に撮影してもらいました。
こんな場所で記念撮影するなんて?、ときっと思ったでしょうね(笑)



この後も、
長崎駅は何度も訪れていますし、
その度に長崎港につながる線路(跡)も観察しているのですが。
遊歩道みたいなものになったみたいです。
長崎駅の裏手部分は、まだ当時の雰囲気が残っていますよね?

長崎港駅はどうなったのかな?
あの線路の西端はどうなったのかな?

ちなみに、線路の西端の先は、すぐに海でした。
密航者と間違えられそうになっても、飛び込めますよ(笑)

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線路巡礼:倉吉線山守駅。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1547163/img_1547163_42940845_6?-1

1982年4月26日に巡礼しました。
その時、中国地方のローカル線を乗り歩いていたのですが、
夜行列車の寝過ごしトラブルのおかげで、
昼間に乗車することが出来なかった、恨みの線路です(泣)。

イメージ 8
とりあえず、朝、倉吉駅から途中の西倉吉駅まで往復。
客車でした。
なんと、貨車もついていたんですよ。混合列車ですね。

その夕方、また倉吉線に乗りに来ました。
倉吉17:59→打吹18:10(これは客車)
打吹18:13→山守18:43(これは気動車)

倉吉市の中心は打吹駅です。
ここまでは、結構混んでいました。

終着駅の山守駅は、当時から線路一本だけの配線。
とっても単純。
だから、山守まで行く列車は、すべて気動車だったのです。
だって、客車だと機関車の付け替え(機廻り)が出来ませんから。

話によると、ここから津山駅まで延伸する話があったらしいのですが、
そんな工事の雰囲気はどこにもなし。
(津山駅側には、あったらしいです。ホントかな?)

すでに、夕闇が迫っていました・・・。

とっても後悔しているのですが。
全く写真を撮っていないのです!。
朝も、夕方も、
何でかな〜!(泣)

特に終着の山守駅の写真。
ネットで捜しまくりました。
でも、駅舎や列車の写真はあっても、肝心の線路が写っているものはないのです。

ところが、思わぬところにありました。

あれから24年後!
鳥取、三徳山投入堂の旅の途中で、倉吉市街に立ち寄ったら、
倉吉線記念館、を発見。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1547163/img_1547163_42940845_4?-1
旧倉吉線打吹駅の跡に、立派な建物が建てられてます。
そんなもの作るのだったら・・・、
昔の線路をそのままにして、旧駅舎でも利用してくれればいいのになぁ。
何のための記念館なんだろう(泣)。
ちなみに、この建物の前の空き地が旧倉吉線跡です。
奥が倉吉駅方面、手前側が山守駅方面。

でも、無料だから、入ってみましょう。
無人です。自分で照明をつけるの(笑)。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1547163/img_1547163_42940845_1?-1
何故か、スイッチャーと呼ばれる貨物の入替機がいました。
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1547163/img_1547163_42940845_2?-1
機関士気分も味わえます。電車の運転台より貴重かも?。
この駅は、貨物の取り扱いしていたから?。

昔の写真がいくつも展示されています。

その中に、1枚だけありました!
山守駅の線路の終端です!
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1547163/img_1547163_42940845_3?-1
ちょっと時代が古いけど、こんな感じだったんだぁ。
この逆側から見た写真も欲しいなぁ。

廃線跡は倉吉市内でよく残っています。
ここ打吹駅と次の西倉吉駅周辺が、倉吉の中心なのです。
観光名所の蔵の街もここにあります。
現在は、ここから倉吉駅まではバスで10分。
需要があり、本数も多いです。

ちょっと考えます。
倉吉線が、もし倉吉駅から西倉吉駅までだけだったら。
今でも市民の重要な足として、存在していたのではないでしょうか。

ちょっと、もったいない路線です。

おまけ:
https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1547163/img_1547163_42940845_5?-1
倉吉駅に、はっきり残る倉吉線跡。

https://blogs.yahoo.co.jp/IMG/ybi/1/43/fd/lunchapi/folder/1547163/img_1547163_42940845_0?-1
ホーム跡も残ります。
もっとも、一部は削られて、バスセンターの一部になっています。
ここから、三徳山行きのバスが出るんですよん。

霊験あらたかな三徳山投入堂参拝のおかげ?で、倉吉線の残影に出会えたのでしたぁ。

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1983年3月、鳴門線鳴門駅を巡礼しました。

鳴門線は徳島の近郊路線、短いけど運転本数もありました。
鉄道趣味的には、かなり地味な路線のようです。
たしかに、街中を一直線に走る抜ける、というイメージしかありません。

でも、終着駅の鳴門駅は、私の線路趣味的には大変満足いくものでした。
1面2線のホームと、さらに1本の線路。
これがホームからその先にそのまま延びて、ちょっとした貨物駅を成立させます。
なんて、美しく合理的な線路配線でしょう。
3本仲良く、車止めまで続きます。
そして、一番感謝なのは、ワムが停まっていたのです。
この時、未だ貨物の取り扱いが実際にあったのかは分かりませんが、実にいい雰囲気を醸し出していました。

鳴門線には、2003年に再訪しました。
あぁ、やはり残念ながら、あの美しい3本線路は貨物ホームごとなくなっていました。
もっとも、機回り線として1本残っただけでも、ありがたいと思うべきでしょうか(残念、写真4)。

ところで、ホームの真ん中にある「ようこそ鳴門の渦潮へ」の柱看板は、20年後も健在でした(笑)。

鳴門のうず潮。別の機会の夫婦四国旅行で、観潮船に乗りました。
グルグルしていて、必見です(笑)

だけど、徳島駅から観潮船乗り場までは、直接路線バスで行きました。
バスは鳴門駅前も通るのですが、わざわざ鉄道→バス、という手段は使わないですよね。
座席を確保するためには始発駅から乗る、のは鉄道もバスも当たり前ですから・・・。
徳島−鳴門がもっと長い距離でしたら途中まで鉄道利用ということもありますけど、ダメですね。

もし、鳴門線が観潮船乗り場近くまで延びていたら、観光路線になれていたかもしれません。
勢いで、ついでに淡路島まで延びていたかもしれません?

当時、鳴門というと、私はナルトの名産地かと思っていました。
小松島駅で食べた安くて美味しい竹輪の味が忘れられない私は、鳴門駅前にはナルト売りがいるものだと思っていました。
いなかったみたいです(笑)

おまけ。
鳴門線が分岐する池谷駅は、ホームがきれいにY字になっていることで有名です(写真5)。
この駅は、20年ぶりに再訪しても、何にも変わっていなかったみたいです。


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