線路巡礼♪

本日をもちまして、線路巡礼のブログは廃線の仲間入りです。長い間ありがとうございました。LUN(2019年8月31日)

線路巡礼昔語学生時代

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枕崎駅は国鉄の南の端っこの駅です。
実際に鉄道で旅をしない人種にとっては地図上の鉄道最南端は西大山駅らしいですけど、鉄道に乗るものにとっての最南端はやっぱり枕崎駅です、と私は思います。
もっとも、この端っこの駅から、実はさらに私鉄が伸びていたなんて、ちょっと面白いです。
大好きな、グルグルができます(笑)。

1983年3月、枕崎駅を訪れました。
もっとも、最初の一歩は鹿児島交通からで、伊集院から入りました。
枕崎駅で、両線はつながっていましたが、この接続も悪かったんです。
唯一の接続を利用。

伊集院5:56→枕崎7:36
枕崎7:48→西鹿児島

枕崎駅はホーム一面2線。駅舎があるのが海側で、鹿児島交通が海側を利用、国鉄が山側を使っていました。
この駅に双方の列車が停まっているところの写真を何故撮らなかったんだろう?謎です。
すでに貨車の影はありませんでした。

でも、この両線のレールはつながっていたんです。しっかりと。すばらしいです。
勝手な想像ですが貨車は直通していたと思います。
ひょっとすると昔は直通列車が走っていたかもしれません。
この両線がつながっていた証拠写真(写真4)は我ながら貴重なものなのですが、どちら側から撮影したものなのか未だに分からないのです。なにせ列車が写っていませんから(笑)。
(たぶん国鉄側から写したものと思いますけど・・・)

ちなみに、鹿児島交通は伊集院から鹿児島本線を経由して西鹿児島駅まで直通列車が走っていました。
あの小さくて頼りなげな赤い列車が、鹿児島本線の上を猛スピード?で走っていたんです。
もちろん、乗りました。
西鹿児島13:04→加世田14:32(伊集院経由)
西鹿児島駅の長ーいホームに、ちょこんと停まっていたのは、本当にかわいかったです(写真5)。

私はこの日、鹿児島交通、指宿枕崎線、鹿児島本線を使って、薩摩半島を左周りに2周もグルグルしていました(笑)。

この後、台風が鹿児島交通を襲い、一部区間不通となり、それは何故かいつまでも復旧しませんでした。
そしてそのまま、全線廃止となってしまいました(悲)。
当時、これといって延命運動も反対運動も起きなかったみたいです。

それ以来、枕崎駅に行ったことはありません(指宿駅までは行ったことあるんですけど)。
鹿児島交通のレールはどうなったのでしょうか。
せめて、JRが使ってくれていたら幸いなんですけど。

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鉄道の廃止は、国鉄特定地方交通線だけではありませんでした。
1983年3月22日に、国鉄筑肥線の虹ノ松原〜唐津、福岡市営地下鉄博多〜姪浜が開業するのと同時に、旧線である虹ノ松原〜東唐津〜山本、筑肥線博多〜姪浜が廃止になってしまいます。
これは大変です。
既に、急行「平戸」を博多〜長崎で通しで乗っていますので、筑肥線の乗車経験はあるのですが、やっぱりもう一度乗っておきたい。
さらに、国鉄以外の鉄道、つまり地方私鉄にも廃止の魔手が迫っていました。
乗りにいきましょう!

1983年3月6日(夜行)〜3月11日。
今回の初乗り路線:熊本電鉄(上熊本〜北熊本、藤崎神宮〜菊池)
島原鉄道、鹿児島交通、指宿枕崎線。
おまけ、急行比叡(名古屋→大阪)。

宿は例によって、大垣行き1泊、ながさき1泊、急行かいもん3泊です(笑)。

筑肥線の博多〜姪浜間は、朝のラッシュ時に中間駅5駅全てで下車して、入場券を買っています。
それだけ、運転本数が多かったんですね(というか、それだけ入場券に固執していたみたいです)。
何で廃止してしまったのでしょう、もったいない(新設の地下鉄とは、かなり距離が離れていました)

東唐津駅のスイッチバックとか、山本駅の唐津線との複雑な関係?が、もう一回体験できてよかったです。

鹿児島交通は当時、伊集院駅から西鹿児島駅まで乗り入れてました。もちろん、この乗り入れ列車に乗っています。枕崎駅では、国鉄と1日1回の接続列車にも乗っています。

この巡礼の後、熊本電鉄は菊池までの一部区間廃止、鹿児島交通に至っては台風で一部不通のまま全線廃止となってしまいました・・・。この時、乗っておいて本当に良かったです。

各線路巡礼ポイントについての詳細は、各々の紹介記事をお待ちください

(2012.1追記)
このときの九州ワイド周遊券をアップしました。この時はあんまり下車印押してないですね?

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1983年3月、大学生最後の春です。一応、就職先も決まっており、弓道と麻雀しかしなかったのに卒業単位も取れてました(笑)。
あとは、就職前に、少しでも多くの巡礼をせねばなりません。4月からサラリーマンになったら、気楽に休暇は取れないかもしれません?

その頃すでに、白糠線を抱える北海道白糠町は、転換(廃止)に同意していました(根性なし!)。
大変です、特定地方交通線の廃止に拍車がかかるかもしれません!

というわけで、この3月は忙しかったです。
房総半島、九州、飯田線、四国と巡礼しています。
また、国鉄だけでなく、私鉄ローカル線にも積極的に巡礼していくことにしました。

とりあえず順番に、房総半島巡礼の話。
1983年3月3日。
久留里線を木更津駅〜上総亀山駅往復。
その後、小湊鉄道→大原線と乗り継ぐ巡礼をしました。
五井11:07→養老渓谷乗り換え→上総中野13:32
上総中野13:34→大原14:27

上総中野駅。ちょっと見ると、経営が別々の鉄道が同居しているようには見えません。
駅名標だって仲良く使っています。
線路も、すべて一体的につながっています。
伊東駅の国鉄と伊豆急みたいな蜜月状態です。
いい雰囲気ですが、貨物の取扱いはなかったようです、残念。
写真1:小湊鉄道側から駅を見る
写真2:仲良し駅名標
写真3:国鉄木原線側から駅を見る(逆かな?)

でも、当時は小湊鉄道と木原線の接続はメチャクチャ悪かったんですよね。
この時は、貴重な接続列車を利用しました。
なんでちゃんと接続しなかったんだろう?
直通列車があったって、おかしくない環境です。

アレから、2度ほど上総中野駅は訪れています。
でっかい筍が駅舎の脇に生えてきたことは有名です。
小湊鉄道は健在ですが、木原線は黄色い第三セクターになってしまいました(悲)。
でも、まだ一本だけ線路はつながっています。
線路好きとしては、ちょっと心の暖まる話です(本当)。

ところで、
今からでも実現可能です!。
お願いだから、直通列車を走らせて下さい!
千葉発、五井、上総中野経由、大原行きなんて、いかがでしょうか?
絶対にウケルと思うんですけど。(私は乗りますよ!)

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青春18のびのび切符が1枚余っていました。
1982年5月30日、東北新幹線開業を控えた東北本線に巡礼することにしました。

東北本線の2駅の駅名が変更になります。
東那須野駅と岩城西郷駅がそれぞれ、那須塩原、新白河という名前になります。
東北新幹線の駅名にふさわしい名前に昇格されるのだそうです。
当時、私は入場券を集めていました。この旧駅名の入場券をわざわざ買いに行ったのです。
入場券に興味のない今となっては、当時の自分の趣味が全く理解できません(笑)。
駅名も、どっちもどっちの名前だし。
そんな時間があったら、新白河駅の専用線の写真をちゃんと記録しておけばよかったと後悔しています。

今回の巡礼の収穫は、急行「つくばね」に乗って、小山短絡線を堪能できたことと、水戸線、烏山線の初乗りです。

「つくばね」は勝田→友部→小田林→間々田→上野
というとんでもないルートを走ります。
おまけに、結城駅まで普通列車、結城駅から急行列車、という変わり者です。
(一番変わっているのは、小山駅を通らないことですけど)。
当時、この短絡線を通るのは、この「つくばね」1往復だけでした。
この短絡線は廃止されてから相当経ちますけど、未だレールは残っていて、水戸線側は本線とつながっています。また何時の日か、復活していただきたいものです。
短絡線は最高です!!

烏山駅も、貨物線跡がちゃんと残っていて、この時いって本当に良かった。

私の記憶では、当時の路線図にはこの短絡線がはっきりと描かれていたはずなのですが、時刻表には記載がありませんでした。ちょっと残念。

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1982年4月、青春18のびのび切符、というものが発売されました。
国鉄全線と航路の一日各駅停車乗り放題が、2日間有効1枚と1日間有効3枚がついて1冊8,000円也。これにカッコイイ?ワッペンまでついていました。
有効期限は5月末まで。
安いよぉぉ、これこそ、線路巡礼者が長年求めていた切符です。

言うまでもなく、これが有名な青春18切符の原形であります。
現在とは使い勝手も値段もずいぶん違いますけど。
当時から「18歳という年齢とは関係ありません、誰でも使えます」が謳い文句でした。
だったら始めからややこしい名前にしなければいいのに。
この「意味なし」キャッチコピーは、意味がないまま、現在に至ります(笑)。

私は留年もせず、無事に大学4年生になっていました。
調子に乗って、私はこの切符を一度に2冊も買ってしまいました。

1982年4月23日(夜行)〜1982年4月28日(夜行帰り)
未乗車の特定地方交通線と、廃止間近の普通夜行列車に乗ります。
山陰が最も遠い目的地ですが、その行き帰りにさらにアチコチ乗車しまくりました。

今回の初乗車路線
東海道本線美濃赤坂支線、樽見線、草津線、信楽線、紀勢本線、加古川線、三木線、北条線、鍛冶屋線、高砂線、播但線飾磨港支線、倉吉線、若桜線、太多線、越美南線、東海道本線垂井支線

今回の宿は全て、普通夜行客車列車ホテルです(笑)、以下一覧。
「大垣行き」(なんでこれだけ名前ないんですかね?)2泊
「はやたま」(亀山17:21→天王寺5:00、紀勢本線経由)1泊
「山陰」(京都22:04→出雲市)2泊
いずれも自由席なので、宿代は切符に含まれております(笑)。

過去の北海道や九州巡礼ではワイド周遊券を使用していたので、夜行特急ホテルも泊まれましたが、今回は青春18のびのび切符ですから、当然普通列車のみです。

今回も、終着駅の線路写真はバッチリ?残せました。
ただし、倉吉線だけ、終着の守屋駅到着が夕刻で、撮影できませんでした。残念。

帰宅後、手元に1冊と1枚が余りました。
本当はすぐに九州にも行くはずでしたが、これは延期。
1冊は200円払って、払い戻ししました。この時、おまけのワッペンも返却したのか否かは、謎です。
あのワッペンは、この切符の利用者に携帯を義務づけたものなのか(団体旅行のバッジみたいに)、ただのオマケだったのか、は謎です。現物を見れば分かるかもしれません。

この記事を書くにあたり、保存してあるはずの青春18のびのび切符を捜しまくったのですが・・・、未だに発見されません(泣)。
過去の切符などは、さほど興味ないのですが、当時使用したワイド周遊券と18切符だけは宝物なんです、下車印だらけのはずです。残念です。
一方、わざわざ買ってまで収集した入場券は、今となっては全く興味ありません(これも見つかりませんけど(笑))

当時の巡礼訪はどこも、「赤字ローカル線廃止反対!!」の立看板が林立していました。
特定地方交通線の存続か廃止かの協議(駆け引き)が、全国で行われていました。
未だ、どこの路線も「廃止」は決定されていませんでした。

(2012.1追記)
あのワッペンが出てきました!(笑)

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