線路巡礼♪

本日をもちまして、線路巡礼のブログは廃線の仲間入りです。長い間ありがとうございました。LUN(2019年8月31日)

線路巡礼昔語学生時代

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国鉄特定地方交通線83線区が選定されました。83もの路線が、期限付きで廃止されることが宣告されたわけです。
でもこの当時、まさか現実に83線区全てが廃止される、と予想した人は果たして何人いたでしょう。
私も、まぁ最大でも半数くらいかな、とタカをくくっていました。
落ち目とはいえ、国労も、社会党も、そして自民党族議員も健在でしたから(笑)。

それでも、多数のローカル線が危ないはずであり、特に第一次特定地方交通線は廃止のタイムリミットが早い。
早めに乗車しておきましょう!

1981年8月、北海道巡礼から戻ると、今度はすぐに九州巡礼に出発です。
今回は、大学弓道部の友人(鉄道興味なし)が、一緒に九州夜行列車の旅をしようと言ってきました。
断るわけにもいかず、さらに長崎で別に旅行予定の弓道部先輩と合流し、おまけに大分の後輩の実家に立ち寄ることになりました。いったい巡礼はどうなるんでしょう(笑)

8月6日(夜行)〜8月19日(夜行帰り)、14日間の大旅行です。
長崎1泊と大分1泊は泊めてもらい、それ以外は全て夜行列車です!

この時の初乗り路線は、
後藤寺線、漆生線、添田線、上山田線、宮田線、糸田線、嘉計信号所、夏吉貨物駅、豊肥本線、三角線、高森線、甘木線、唐津線、矢部線、勝田線、室木線、田川線、香月線、高千穂線、妻線、肥薩線、山野線、宮之城線、大隅線

もちろん、これだけの巡礼をコブ付き(笑)で行ったわけではありません。
2日目に長崎で先輩に合流してOB宅に1泊、そこで友人とは別れ、さらに二日後に再合流。
指宿・青島を2人で観光後、大分の後輩宅にやっかいになり、国東半島観光しています。
この後輩の実家は大分の旧家で、大変ご馳走になりました(そう言えば、まだ、彼にお礼してません。ゴメンナサイ)
その後、友人は先に帰り、やっと気ままに一人で線路巡礼できました。
やっぱり鉄道旅行は一人に限る、と本気で思いました。特に男とはね(笑)

旅行の終盤、おみやげに「かるかん」を買いましたが、これを大隅線の車内に置き忘れてしまいました。
宮崎駅で公安官?に事情を話すと、大隅線列車の終点の志布志駅まで連絡をつけてくれました。
そして、私の地元の南武線武蔵新城駅まで、荷物扱いで運んでもらえることになりました。
大丈夫かなぁ、と思っていたら、後日、本当に駅に届きました。しかも、忘れ物輸送ということで無料でした!
感謝感激です。「かるかん」の賞味期限にも間に合いました。

志布志駅から武蔵新城駅まで、何キロだろう?荷物列車に乗って来たのかな?ちょっと羨ましいぞ!
一人でこんなに長旅をした「かるかん」は、他にないでしょう(笑)

(2012.1追記)
このときの九州ワイド周遊券をアップしました。下車印も見てね(笑)

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黒石線黒石駅。
1981年8月2日、北海道旅行の帰りに立ち寄りました。

川部16:52→黒石17:02
黒石17:48→川部17:57

黒石駅構内は結構面白かったです。私は、ここでトラバーサというものを始めてみました。
この時、実際に使われていたのか否かは不明ですけど。
なんか、この大きい貨物車が本当にトラバーサの上にのったのでしょうか、疑問です。
黒石駅の貨物需要は「りんご」がメインだったらしいです、これも本当かな?

黒石駅で十分な時間がありましたので、すぐそばの弘南黒石駅まで歩いて見学。
国鉄黒石線と弘南鉄道のレールが至近距離にあることはすぐに分かりました。

国鉄黒石線が廃止になって、弘南鉄道がこれを引き継ぎ、国鉄と弘南線を結ぶ短絡線ができるとは。
確かに素人考えでは、駅が別々にあるのは不都合です。
連絡線を作ればいいのにな、とは思っても、実際にそうなるとは驚きでした。
でも、このための工事費は回収できたのでしょうか?
弘南黒石線は結局ワンマンだし、乗務員が切符を回収すれば、駅員は不要です。その程度の乗車率でしたし・・・。
結局、あっけなく弘南黒石線は廃止になりました。

弘南鉄道時代、この黒石線には結局乗りませんでした。
私は国鉄時代に乗車した路線には、よほどのことがないと2度3度乗ろうとは思いません。
よほどのこと、とは風光明媚ということですね。ちょいと黒石線は違ったみたい(笑)。
でも、この弘南黒石線は、新線区間があったわけで、やっぱり乗っておけばよかったな、と少し後悔しています(泣)。

せっかく大金(税金?)をかけて黒石駅でレールがつながったのだから、
弘前→黒石→川部→弘前
なんていうシャレた循環列車を走らせてくれたら、絶対に乗りに行ったのですがね。残念。

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留萌本線増毛駅。
1981年8月1日に巡礼しました。
この日、羽幌線で幌延駅から日本海を見ながら南下してきました。
留萌駅で乗り換えて、増毛駅まで往復、深川駅に行く予定でした。

増毛駅は、機周り線と側線1本の、非常にシンプルなもの。
昔は貨物線が他にもあったのでしょうか?
短い停車時間で、なんか満足してしまいました。
ちょっと足を延ばせば、海水浴場だったんですけど。

私は、列車に乗るのが好きなんです。
海水浴はパスして、留萌〜増毛を2往復してしまいました。
列車は日本海に沿って走ります。

留萌本線の終点といっても、留萌駅〜増毛駅間は独立した支線のようなものでした。
ところが、その支線の方が本数が多いのです。
留萌駅で深川方面の列車を待つ間に、増毛まで2往復できたのです。

余談ながら、羽幌線は留萌本線の支線扱いだったのですが、支線の方が距離が長い、というのも当時有名な話?でした。
留萌駅は、増毛方面と羽幌線のレールが、きれいにV字型に分かれた興味深い駅でした(写真見つからない、泣)。

さらに余談ながら、当時(今も?)増毛駅の入場券は、毛が増す駅として有名でした。
誰かにプレゼントするつもりで3枚も買ってしまいました。
あれから、この切符が必要と思われる人には何人か会いましたけど、やっぱり渡せないですよねぇ(笑)。

ちなみに私は、3枚も買ったご利益のおかげか、今だに毛だけは多いです。
白いのですが・・・。
黒くなる駅はないの?

(追記.2008.8.15)
最近の増毛駅の画像を見たら、
なんと線路が1本しか残っていません。

私が巡礼したときには3本もあったのに!

「増毛」駅のくせに、毛が抜けてしまうのですね(泣)

こりゃ、入場券効果も期待できないかも?

伝説の増毛駅毛が3本入場券はこちらの記事を御覧下さい。
http://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/36953229.html

(追記)2009.5.4
線路図を追記しました。

(また追記)2016.12.4
この日を持って留萌駅−増毛駅はとうとう廃止
意外と頑張りましたね(苦笑)
記念に記事の写真を少し大きくしておきました…

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美幸線仁宇布駅。
1981年7月29日に興浜北線北見枝幸駅から浜頓別駅経由で美深駅まで来て、巡礼しました。
最初で最後です。

美深駅16:10→仁宇布駅16:40
仁宇布駅16:46→美深駅17:12

美幸線は森林の中を走ります。
終着の仁宇布駅、本当に工事中の路線を途中でプッツリ終点にした、という感じ。
駅には6分間しかいられませんでした(泣)
あんまり終着駅独特の雰囲気は感じません。新し過ぎるのですよね。貨物の匂いがしない(笑)。
ホームから100mくらい先に車止め。
その先には、既に工事が終わった、きれいな道床がずっと続いていました。
レールは敷設されていませんでした。

ごていねいに、線路を横断する道路橋まで見えます。
新幹線並みの工事ですね。

この線路は北見枝幸駅まで延びる予定でした。私はこの日、ここからわざわざ来たんですけど(笑)。
どうやらほとんど完成していたらしいです。

当時、北見枝幸駅〜雄武駅の未成線は有名で、バス便もありました(前年に乗っています)。
ところが、こちらの仁宇布駅〜北見枝幸駅には、バスはなかったと思います。
気づかなかっただけかも?少なくとも時刻表にはありませんでした。

バスも必要とされないところに鉄道新線工事です、本当にメチャクチャでした。
当時、美幸線は日本一の赤字ローカル線をネタに町長が入場券を銀座で売ったりしてマスコミが囃していました。私は冷たく見ていましたけど・・・。

でも、もしバスがあったら、北見枝幸駅から森を抜けて、未成線工事を眺めながら来てみたかった駅です。
最近、北見枝幸駅付近にはたくさん未成線工事の遺構が残っていたことを知りました。
それも撤去工事が進んでいるとか。ちょっと、残念。

ところで、最初の写真は、その直前に写した北見枝幸の駅舎の写真とカブッています。
いくら安いカメラでも、こんなことあるんでしょうか?心霊写真みたい。
仁宇布駅から北見枝幸駅まで延長できなかった、美幸線の怨念でしょうか(怖?)

2枚目はホームから車止めを遠望。
3枚目は車止めから駅を見ます。私が乗る列車が停まっています。この時も走りました(汗)。
もし、帰りの列車に間に合わなかったら、私はこの大自然の中に溶け込んでしまっていたでしょう(笑)

(追記)2009.5.3
写真1枚と、
得意?の手書き線路図。
入場券(仁宇布駅って駅員がいたのですね!これはビックリ)を追加しました。

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興浜北線北見枝幸駅。
初めて訪れたのは1980年8月3日です。
この駅からさらに宗谷バスで興浜南線雄武駅まで向かいました。オホーツクライン(?)を走破!

この時の写真はありません。
翌年7月、同駅を再巡礼。そのときの写真があります。

浜頓別駅11:55→北見枝幸駅12:30
線路は終着駅から100メートルくらい続きます。
素敵な車止め♪
そこから、ずっと先まで砂利がひかれた道床が続いていましが、残念ながらレールは敷設されていませんでした。
駅舎もこじんまりとしてかわいかったです。

写真でお分かり(?)のように、車止めの向こう側を撮影、車止めから終着駅ホーム側を撮影、というのが私の線路巡礼スタイルです。

雄武駅行きの宗谷バスは、駅から海側に少しはなれたデパートから発着していました。
北見枝幸12:50→雄武14:05
1,250円です。
ワイド周遊券では乗れません。ずいぶん高いなぁ、と思いました。
オホーツク海に沿って、道路はまっすぐ。
未成線がずーっと隣を走っていたこと、途中に小さい橋がいくつもあったことだけ覚えています。

さらに雄武駅14:50→興部駅15:20という行程でした。

(追記)2009.5.1
1981年に再訪したオカゲで写真が残っています。
この時は斜内参道と呼ばれる景勝を車窓から堪能。
ここを撮影した写真をよく見ますけど、列車は乗らなきゃダメだよ(笑)


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