線路巡礼♪

本日をもちまして、線路巡礼のブログは廃線の仲間入りです。長い間ありがとうございました。LUN(2019年8月31日)

線路巡礼昔語学生時代

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

大晦日です。2006年まであと2時間くらい。
こちら線路巡礼をさかのぼる旅は、既に時空を超越しているので(笑)、淡々とすすみます。

1981年7月、また北海道に行くことになりました。前月末日に夕張線登川支線に行ったばかりです。
要領悪いなぁ。

国鉄再建法により、廃止対象と選定されてしまったのは全83路線。予想通り、北海道と九州に集中していました。まだまだ乗車したことのない路線がたくさんあります。
特に厳しい第一次廃止対象候補は早めに乗っておきたい。
当時、一応大学生だったので、やはり長期旅行は夏休みの時期に限られていました(笑)。

今回は7月24日夜行出発、8月4日帰宅。11日間の大旅行。
初乗り路線:
角館線、阿仁合線
広尾線、相生線、湧網線、根室本線湧別支線、美幸線、標津線、標津線支線、日高本線、夕張線、羽幌線、留萌本線
黒石線、奥羽本線

帰路で、大学弓道部友人宅(秋田)に一泊した以外は、例によって全て夜行列車泊、または船中泊(青函連絡船)です。すごいなぁ。
海に沿って走る羽幌線と湧網線が良かったですね。特に羽幌線はこれが最初で最後の巡礼でした・・・。
写真は厚床駅です。標津線乗り換えのときの模様です。
乗換駅とは思えないほど、牧場以外なにもありませんでした。北海道らしいでしょ?

今回またまたアクシデント発生。旅の途中でカメラが壊れてしまいました。フィルムの巻取りを間違えてしまったようです(泣)
だから、羽幌線、広尾駅、北見相生駅、湧別駅の写真がないんです(大泣)

もっともこの時の旅行で一番後悔しているのは、広尾駅から様似駅まで、襟裳岬経由のバス連絡をしなかったことです。国鉄バスだからワイド周遊券で乗れたはずです。なんで乗らなかったんだろう(反省)
今でもこの区間のバスはありますけど、広尾線が廃止されてしまっては、なんとなくいまさら興ざめです・・・。

一応、今回の北海道巡礼で、道内の国鉄線は全て乗車できました(パチパチパチ)。
特定地方交通線廃止の悲しい一番手、白糠線が廃止されたのは2年後の1983年10月のことでした。

(2012.1追記)
このときの北海道ワイド周遊券です。下車印がスバラシイ。

イメージ 1

1981年3月、国鉄再建法施行令により、ローカル線は輸送密度により三段階の廃止対象の特定地方交通線に選定され、同時に新線工事が凍結された。
ローカル線はなくなる、漠然とした暗い未来が判明したが、未だ時間はあるし、当然地元は反対、そんなに機械的に廃止されることはないだろうと、思っていた。
当時多くの人がそう考えていたのではないでしょうか?

でも、それを待たずに廃止される路線があったのです。
その名は、夕張線登川支線!

1981年6月29日(夜行)〜7月3日。
同年7月に北海道石勝線が開通する、というのは以前から知っていました。
何気なく時刻表の記事欄を見ていたら、それに伴い6月30日をもって、夕張線登川支線は廃止!というではないですか。
知りませんでした!もう25日です。昨年渡道したときに乗っておけばよかった・・・。

後悔先に立たず!、あれこれ予定を工面して、急遽北海度へ!

今回はようやくカメラを持ちました

初乗り区間
夕張線、夕張線登川支線、岩内線、瀬棚線、室蘭本線(東室蘭〜室蘭)

登川支線に乗れたのは、なんとぎりぎりの最終日の6月30日。
それほど混んではいませんでした。
最近の廃線フィーバーでは考えられないことです。
一応、車内補充券が売り切れてしまいましたけど(二枚買ったので、地元の人に譲ってあげました)。
明日から石勝線が開業してそばを通りますが、登川駅はもうありません。
楓駅は石勝線に移設されますけど(これもあっけなく廃止になりました・・・)

登川線の巡礼記事はこちら→http://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/4718259.html
その他、各訪問先の終着駅、線路は、線路巡礼の項で詳しく?載せていますので、そちらをご照覧いただければ幸いです。

写真は、室蘭本線御崎駅で車内から偶然みえた、コークス工場内で活躍する蒸気機関車。
観光・イベント用ではなくて、本当に働いていた最後の蒸気機関車であると記憶しています。
(この時、国鉄からすでに蒸気は消えていたと思います)
私が写真を撮った、唯一の事業用(つまり本物)のSLです(笑)。
小さくても威厳があります。観光SLなんかに負けないぞ!自慢?

(2012.1追記)
このとき利用した周遊券をアップします。
道南周遊券なんていうのがあったのですね。ミニ周遊券じゃなくて(汗)

イメージ 1

1980年7月31日(夜)〜8月10日
九州13日間大旅行から帰宅後、中二日あけて、北海道11日間旅行に出発しました。
なんでこんな無茶な旅程を立てたのかというと、九州同様、この年の10月改正で急行列車の大部分が消えてしまうから乗っておきたいということ。

上野から長岡経由で青森駅へ。
初めて青函連絡船に乗りました。もちろん、北海道も初めてです。
当時は、渡道は青函連絡船が未だ主流で、北海道の鉄道ダイヤは函館中心でした。

この時初乗りしたのは、
上越線、羽越本線、奥羽本線、青函連絡船
函館本線、胆振線、幌内線、万字線、歌志内線、上砂川支線、深名線、宗谷本線、天北線、興浜北線、宗谷バス(北見枝幸〜雄武)、興浜南線、渚滑線、名寄本線、白糠線、石北本線、湧網線、池北線、手宮線(徒歩)、根室本線、千歳線、室蘭本線、士幌線、国鉄バス(帯広〜日高町)、富内線、江差線、松前線
東北本線、常磐線

10日間とはいえ、これだけ一気に乗ったので、ローカル線の終着駅の印象があまりに希薄です。
なんといっても今回もカメラを持っていかなかった事は一生の不覚です(泣)。

特に、道央の石炭がらみの4つのローカル線は、今回一日で廻ってしまったので、今となっては、ほとんど区別がつきません。
幌内線幾春別駅
万字線万字炭山駅
歌志内線歌志内駅
函館本線支線上砂川駅

なんか、もったいないことしたなぁ、と大反省です。
乗れただけでも良しとしましょうか・・・。

今回、急行列車乗車に凝りました。
一番良かったのは、急行「いぶり」です。
札幌→苫小牧→伊達紋別→倶知安→小樽→札幌
完璧な環状列車です。右回り、左回りがあります。両方とも乗車できました。
当時、定期列車としては、日本唯一の環状急行列車ではないでしょうか。すばらしいです。
(山手線と大阪環状線は急行列車ありません)

今回も、全て車中泊です。青函連絡船、からまつ(普通夜行列車:釧路〜小樽)、すずらん、大雪、狩勝などにお世話になりました。
一晩だけ、時間を間違えて札幌駅前で野宿をするハメになりました。この時は筆舌に尽くしがたい、本当にひどい目にあいました。おかげで、野宿したのはこれが最初で最後です・・・。

同年10月、運命の国鉄再建法案が成立していました。
世間は、未だその威力を認識していませんでした・・・。

(2012.1追記)
このときに利用した周遊券をアップします。下車印がスゴイ!

イメージ 1

1980年7月16日から7月28日まで、なんと13日間も旅に出ました!

大学で一応弓道部に所属していました。その大阪遠征試合ということのついで。
関西本線で大阪入り。
もっとも試合につきあったのは7月18日、19日の2日間だけ(笑)
試合終了後、すぐに九州へ旅たちました。
(ちなみに、遠征先の大阪の大学は阪和線杉本町駅のそばにありました。ここは有名?な貨物線の分岐駅です!)

九州に行ったのは、これが初めてですけど、ほとんど観光はありませんでした(笑)。
でも、今回の旅行もカメラ持ってきませんでした(大泣)。

この九州旅行で初乗りしたのは、
関西本線、山陽本線
勝田線、香椎線、日田彦山線、日豊本線、志布志線、日南線、大隅線、肥薩線、佐賀線、豊肥本線、長崎本線、大村線、松浦線、筑肥線、筑豊本線、久大本線、宮原線、鹿児島本線
赤穂線、津山線、姫新線、芸備線、岩日線

恐るべきことに、大阪の2泊と、帰路で岩日線沿線に友人宅を訪ねて1泊めてもらった以外、すべて夜行列車泊なんです。
当時は九州内で鹿児島、日豊以外に長崎本線にも夜行列車(ながさき)、山陽本線(鷲羽)がありました
。便利な時代でした。

この時の面白い事件としては、長崎駅から長崎港駅まで歩き、線路の終点辺りをブラブラしていたら、刑事さんに職務質問!を受けました。密航者と間違えられたのでしょうか?
もちろん、すぐに釈放?されて、お友達になりましたけど(笑)。
それでも、線路を見学している、というのはなかなか理解されませんでした。

この時は何故か、急行80年10月改正で消えてしまう「急行列車」に乗車することにこだわってしまい、肝心の九州ローカル線の線路巡礼がおろそかになってしまいました。
もっとも、そのおかげで、またすぐに再訪することになってしまいました(笑)

それでもこの時、面白い路線を経由してくれたすばらしい急行列車に乗れたことは、一生の宝物です。
日田彦山線を中心に、可笑しな走り方をする謎の列車が多数ありました。
急行はんだ:門司港→黒崎→(折尾短絡線)→伊田線→日田彦山線→由布院
急行ひこさん:由布院→日田彦山線経由→小倉→博多
急行平戸:長崎→佐世保→松浦線経由→東唐津→博多
急行ちくご:熊本→佐賀線経由→長崎
急行西九州:長崎→鳥栖→久留米→別府(鳥栖で逆行、博多を経由しない!!)
急行ゆのさと:津山→新見→三次→広島
などなど・・・

どれも、今ではほとんど実現不可能な素敵な急行列車たちです。
乗れたことに、感謝感激!

でも、写真がないんですぅ・・・

線路巡礼はまだ続きます。
長旅の帰宅後、二日間の後、北海道旅行10日間に出発したのでした(笑)!
今から考えても、我ながらスゴイ体力と根性です!!

(2012.1追記)
このとき利用した周遊券をアップします。下車印が魅力的♪

イメージ 1

1980年5月20日(夜)〜21日、大学2年生の時の話。
子供のときから鉄道好きの割には、それまで鉄道旅行に出かけたことはありませんでした。
昔から、何かきっかけがないと、ダメみたい(笑)。

偶然、母から「奈良・大和路フリー切符」というのを、使わないから、ともらいました。

急遽、鉄道旅行計画がムクムクと湧き出しました。
といっても、金銭的時間的制約もあったようで、夜行日帰りです。

この時、初めて有名な「大垣行き夜行普通列車」に乗りました。以後、病み付き?になります。
東海道線を乗り継いで京都駅。
奈良線(京都→奈良)。この時、古い時刻表を使っていたせいで、京都駅で奈良線電車に荷物をのせて置いたら、先に出発してしまいました!車掌に連絡してもらい、稲荷駅でおろして預かってもらいました。
国鉄さん、ありがとうございます(笑)。以降の旅行でも、たびたびこういうミスを犯しています(反省)。
おかげで、稲荷駅にある日本最古のランプ小屋というものを見学できました。
実は、京都・大阪に来たの初めてだったんです。でも、途中下車すらしなかったみたいです(笑)
関西本線(奈良→大阪)。
東海道本線で帰宅です。

この時、重い鉄道の本をわざわざ持っていったのに、カメラは持ちませんでした。
カメラを持つと、自分の眼で見なくなる、という変な教え?に傾倒していたのです。
この頃国鉄は、チャレンジ2万キロ、というキャンペーンを始めていました。
でも、これのおかげで、逆にカメラを持ちたくなくなりました。人と同じことはしたくない?
天邪鬼な性格は昔からかわりません(笑)。

でも、写真がないことを今では大変後悔しています。
SLを含めて、古い列車の写真はいくらでも見ることはできるのですが、私の好きな「線路」の写真は本を探してもありません・・・。とっても後悔しています。

仕方ないので、写真はその当時の時刻表と、その中の「大垣行き夜行普通列車」です。
国鉄の頃は東海道本線の欄は、東京から名古屋まで1枚のページに収まっていたんですよね。
JRになってからの熱海駅分割表記は見づらいです(笑)。

(2012.1追記)
このとき利用した周遊券をアップします。
(いま見直すと、すでに利用時期変更済だったのですね)


.
LUN
LUN
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事