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線路巡礼:矢部線。 1981年8月、第2次九州巡礼にて。 鹿児島本線の久留米駅の近くに 羽犬塚駅という変な名前の駅があって。 そこから黒木駅までのびていた、とってもマイナーな路線。 羽犬塚駅15:32→黒木駅16:10 沿線はあまり覚えていません。 でも終着駅の黒木駅のことはよく覚えています。 黒木駅。 終着駅のくせに線路が一本あるだけ(俗に言う「棒線」)。 線路的には全く面白味ナシ。 だけど。 このあまりのシンプルさがウリかも。 線路終端の先に あまりに無機質なコンクリートの車止めが。 これが路線規模に似合わず、ムダに立派(笑) このアンバランスが忘れられません。 (写真があるから、この珍妙さをリアルに伝えられます) 車止めの先に、思わせぶりに小さな蒸気機関車が無意味に展示してありました。 ここまで線路がつながっていたら、価値があったのにねぇ。残念。 ちなみに。 黒木線の先に「矢部」という集落があって。 そこまで延ばす予定だったから矢部線と言われたそうです(黒木線じゃないのね、汗) 矢部線は、 あっさりと廃止になりました。 お盆に復活したり・・・ しません(笑)
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線路巡礼昔語学生時代
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線路巡礼:妻線。 妻(つま)です。妻(つま)線です。 当時も今も、 縁起駅名とかいうのがあって、 恋だの、愛だのと、クサイというか恥ずかしいコジツケ商法がありましたけど。 ここは、もう「妻」です。 これ以上の縁起?駅はないでしょ。 おまけに駅名だけじゃなくて、路線名にもなっています。 すごい。 でも。 この線路は、そんな名前以上に素晴らしく美しかったです。 1981年8月、第2次九州巡礼にて。 妻線と言っても、 妻駅は途中の中間駅。 冗談で3枚も買っちゃった。 将来、妻になってくれそうな人にあげるつもりだったのかな?(爆) でも、結局誰にも上げずに、しっかり保管してありました(もらっても困りますよね、汗)。 たくさん買ったオカゲで、ご利益あったかも。 3人までOK(殴) さて。 肝心の線路の話。 宮崎駅から直通列車がありました。 佐土原駅から妻線に入ります。 終点の杉安駅は山の中。 駅の周辺は木材だらけ。 昔は木材輸送で賑わったんでしょうねぇ。 美しい線路が残っていました。 この終端が美しい。 小さな踏切の先まで線路はのびていました。 もう、最高の線路の眺めですね。 佐土原駅側からみた構内。 腕木式信号が渋い。 この時は1時間以上も滞在時間があったので、山の線路でノンビリ〜 帰りの列車で。 途中の妻駅で停車時間がありました。 ここで入場券を3枚も買ってしまったワケですな。 その後。 妻線はあっけなく廃止。 「妻」は無くなってしまいました・・・ その後の「妻」の姿。 数年後。 この妻駅跡を再訪する機会がありました。 ここから湯前線湯前駅に抜ける未成線バスに乗るためです。 (その巡礼記事は、また今度) たぶん、往時の線路跡に忠実に作られたモニュメント。 歴史を無視した(本来の場所と関係ない場所に作ったりする)モノはキライですが。 このモニュメントは、ちょっと好感触。 線路だ! ここに妻線の線路があったんだ! さすが、私の好きな「妻」です。 線路が消えても、線路跡も美しいです。 |
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線路巡礼:甘木線。 1981年8月、第2次九州巡礼にて。 三角線直通急行を楽しんだ後、高森線を往復、 夜行特急で宿泊して(熊本→西鹿児島→博多、当時はこういうメチャクチャな利用がフツーでした) 早朝の博多駅へ。 甘木線。基山駅6:41→甘木駅7:05 途中の太刀洗駅からビール工場専用線が出ていましたが、 写真ないんですぅ。 でも 終着の甘木駅では、いろいろと収穫がありましたよ。 甘木駅では、 折り返しの列車を1本見送って(それだけ本数も多かった)、 1時間以上、じっくりと線路を見学♪ 基山駅方面から駅構内を見学。 まだ貨物取扱いが健在だったんですねぇ。 甘木駅の線路の全景。 この先に、ちょっと線路がのびていきます。 これが本当の終点。 隣のビルに「甘木線廃止反対」のビラが貼ってありました。 本当の線路の終端から 甘木駅を臨みます。 これは機周り用の線路だったのでしょうね。 近くに西鉄甘木駅があります。 そちらもちょいと見学。 さて、国鉄甘木線も廃止予定でした。 おまけに西鉄甘木線が併走するんだから、廃止でも仕方ないじゃん、 だけど当時流行の第3セクターです。 止めりゃいいのに・・・ ところが、 この甘木鉄道は意外と優秀でした。 頑張っているみたい。 もっとも、 利用者が増える見込みもない他の第3セクター鉄道の存在の方が「異常」なんでしょうけどね。 その後 1996年夏 西鉄甘木線を巡礼して、 西鉄の甘木駅で下車 甘木駅から、この甘木鉄道に乗ってみました。 残念ながら、 甘木駅の、あの終端の美しい線路は、壊滅していました。 やっぱり第3セクターは嫌いですぅ(泣) 甘木鉄道(旧国鉄甘木線)と西鉄甘木線。
どうしてあの狭いエリアに未だに共存できているのか。 今の九州の鉄道の最大の謎です 線路としては、どちらの方が面白いかな? |
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線路巡礼:三角線。 1981年夏、第2次九州巡礼にて。 このときの巡礼では大学弓道部の友人と途中まで同行。 南九州を見学して、 大分で後輩の実家に押しかけて、 鉄道のない国東半島を案内してもらいました。ヒドイなぁ(笑) その後はやっと単独行動。 線路巡礼の再開です。 当時はものすごく楽しい直通急行列車がありました。 急行「火の山2号」。大分駅8:13→三角駅12:35。 別府〜阿蘇〜熊本〜三角(ここから天草?島原?)という、 中九州の観光地を結ぶ列車です。 三角線三角駅。 終着駅に着いたら、線路の先端まで極めるのが鉄則です(笑) ホームの先から、港湾地区に線路が伸びて、岸壁の石油タンク群の脇まで線路が続いていました。 終端を見て、ものすごく満足。 この海の先に天草とか島原があるのですが、 当時はそんなことを考える余裕がなかったみたい。 とにかく、海まで線路があったんだぞという線路好きの自己満足(笑)。 線路メモはしっかりと残したのですが、 写真はこの1枚だけ(フツーは、駅の線路の写真とかも撮りますよね、笑)。 実は、この写真が本当に三角線の先端なのか疑問でしたが、 以前書いた三角駅の古い記事への牡丹鍋さんからのコメントにより 当時の航空写真から三角駅に間違いないと、いうお墨付きをいただけましたので、 安心して紹介させていただきます。 やっぱり、これは三角線の線路の美しい真の終端なのでしたぁ。 大好きな工場の中で終わる終端駅タイプです♪ さて。 1992年に普賢岳爆発見学ついでに、 島原→三角とフェリーに乗って、 三角駅を再訪しました。 時間がなくて、あまり線路見学時間はなかったのですが、
線路終端はだうぶ整理されてしまったみたい。
港湾地区につながる線路の痕跡もなし・・・客車が停まっていました。 機回し線路は機能していた証拠ですね。 その後、再度訪れる機会が。 天草から熊本市内まで移動。 でも快適な特急バスに乗ってしまい、 わざわざ三角駅で列車に乗り換える、という発想にはならなかったですね(ゴメンナさい) 三角線。
すでにフェリー連絡としての役割は果たしていないと思います。 この路線がまだ健在というのは、うれしいけど、ちょっと不思議ですね。 |
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線路巡礼:添田線。 1981年8月、第2次九州巡礼にて。 漆生線・上山田線に乗って、 ちょいと宮田線まで遠征(この話はまた後で)、 再び線路コンプレックスに戻ってまいりました。 香春駅。 駅前にセメントでほじくりまくられた香春岳がそびえます。 そこに向かうように、 駅の城野駅側で分岐した線路がのびて行きます。 これが添田線? じゃなくて。 これは夏吉貨物駅に向かう貨物線だったのです。 この貨物線はセメント工場の敷地の中を通っていく優れもの。 そして夏吉貨物駅では、 スイッチバックするように線路がわかれ、田川線に続いていました。 すごいすごい! 線路コンプレックスは旅客線だけじゃなかたのですね(笑) (↑当時の線路図には載っていませんが、香春駅から夏吉駅にも線路がつながっていました) 添田線の待ち時間が長いので、 香春駅から夏吉貨物駅までセメント工場を見ながら歩いて、 ちゃんと線路をメモして来ました。 ものすごく暑い日でしたが、当時は根性あったなぁ (でも写真も残しておくべきでしたね、泣) さて、 添田線です。 香春駅が日田彦山線との乗換駅。 でもここでは分岐しません。 少し伊田駅寄りで、 単線が二方向にそれぞれ単線で分岐していました。 その線路の下を、さきほど夏吉貨物駅からの貨物線が通るのです。 線路だらけ〜♪ さらに、 添田線には有名な未成線の油須原線の路盤が寄り添ってきます。 もし もし万が一これが完成してしまっていたら、 さらに線路が複雑になっていましたね。 添田線は、あっという間に添田駅に到着。 この駅も日田彦山線と接続。 つまり添田線は日田彦山線のバイパスだったのですね。 とても必要とは思えないけど。 添田駅の線路配線はちょっと興味深いです。 ホームが離れています。 典型的なY字型分岐線路です。 美しい〜 添田線のホームが駅の母屋側でした。 バイパス線なのにね。 たしか添田線は この当時の九州で一番の赤字路線だったと記憶しています。 そもそも日田彦山線のバイパスというののが 今考えてみると笑止な存在。 さらに油須原線を建設していたのですから、 バカげた話ですねぇ。 (線路的にはタイヘン面白いのですけど、爆) あっさり廃止されましたけど、 まぁ仕方ないでしょうね。 線路コンプレックスもずいぶんシンプルになってしまいました。 おまけ。 今年、九州に行った時。 香春駅の手前。 日田彦山線下りの車内から。 夏吉貨物駅に分岐していた線路跡が、なんとなく分かりませんか? 添田線も貨物線もとっくに廃止ですが、
あのものすごい工場だけは健在でしたね(笑) |





