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線路巡礼:島原鉄道。 突然ですが。 島原鉄道といえば 線路&フェリーです。 1983年3月。 初めて全線を巡礼しました。 この時は線路を単純往復。 諫早駅13:15→加津佐駅15:35 雨が降っていたみたいで 風光明媚な有明海も、どんより(泣)。 加津佐駅。 線路の終端も、どんより(ただのピンボケ?) こじんまりとした駅でしたが、 線路はギッシリ詰まっていたんです。 だけど。 貨車とかが一両も停まっていない、何か寂しい駅で、 ちょっとテンションが上がらない。 雨のせいかな? 私が島原鉄道を加津佐駅まで乗ったのは、 これが最初で最後。 この駅の様子はその後もあまり変わらなかったみたいですね。 その数年後。 長崎から島原半島経由で天草まで旅しました。 この時は快晴。 有明海!ムツゴロー!(笑) 島原鉄道から天草行きフェリーへ。 天草行きのフェリーは 終着駅のひとつ手前の口之津駅が乗換でした。 だから加津佐駅までは行けなかった(既に巡礼済みでしたからね。許して) その後の大火砕流で長期運休。 止めればいいのに、 多大な税金を投入して線路は復旧しましたが・・・ 数年後にあっさりとその部分は廃止されました。 これじゃ地元の土建屋にたかられただけじゃん(怒) そういう事で。 楽しい想い出が多い線路なんですけど、 ちょっとキライです(好き嫌いが激しい性分) これは諫早駅。 あの当時は線路が沢山あって楽しかったなぁ・・・ でも。
部分廃止後の 島原外港駅に出来た新しい線路終端も、ちょっと気になります(笑) |
線路巡礼昔語学生時代
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線路巡礼:鹿児島交通。 1983年3月。 九州の国鉄線はほぼ乗り終わったので、 次は私鉄線線路巡礼開始! まずは鹿児島交通。 国鉄・鹿児島交通の面白直通列車に乗りたくて、 薩摩半島をグルグル2周もしてしまいました(笑) 西鹿児島13:04→加世田駅14:32(これは伊集院駅経由の国鉄との直通列車) 加世田駅17:25→枕崎駅18:05の乗換まで時間があったので、 加世田駅の線路をじっくりと見学。 鹿児島交通の中心駅が加世田駅。 車両基地?がありました。 ここの線路は既に鉄道博物館の貫禄。 もちろん線路は本線とつながっており、 いつでも営業運転できたんですよ(たぶん) この倉庫の中には ものすごいモノが居るんじゃないかと当時も評判でしたが。 私は線路好きなので倉庫の中の線路が見たかった(笑) この駅から万世線という支線があったそうですが、とっくに廃止。 この廃線跡を少し歩いてみました。 ひょっとすると、これが私の廃線跡歩きの第1号路線だったかも? 鹿児島交通には知覧線という支線もあったそうですが、こちらもすでに廃止後。 つまり本線(枕崎−加世田−伊集院)だけ残っていたわけ。 南薩線とか呼ばれていたみたいです。 美しい加世田駅の線路ですが。 さらに素晴らしいのが伊集院駅の線路でした。 線路だらけ! ワムさんだらけ! 鹿児島交通の線路は国鉄線に挟まれていたみたい(ここの貨物の入換も見たかったなぁ) こんなに美しい鹿児島交通の線路ですが、 台風被害を口実にあっさりと廃止されてしまいました。 廃止後。 枕崎駅はヒドイことになったみたいですね(泣) 加世田駅はどうなっているのかな? 伊集院駅は、 TVの情報番組で、鹿児島交通線路跡は駐車場になっていました。 (ホームをクルマが走る駅とかナニコレ珍百系に紹介されていました。泣) 往年の鹿児島交通は、 その美しい線路の跡まで全て失われてしまったみたいです。 同じ時に巡礼した島原鉄道や熊本電鉄の線路はまだ何とか現役で生き延びているから、 ちょっと残念・・・ |
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線路巡礼:筑肥線東唐津駅。 有名?なスイッチバックの駅でした。 この先に峠越えがあるわけではありません。 線路の先が松浦川の河口なのです。 この河口の向こう側には唐津線の唐津駅があるのですが、 筑肥線の線路は何故か河口を渡ることなく、スイッチバックですごすごと戻っていくのでした。 唐津駅に行きたい人は山本駅で唐津線に乗換でした。 ゴクロウサマ(そんな利用はあったのかな?) 1980年と1983年、 どちらも急行「平戸」で訪れています。 といっても、列車の停車時間にホームに下りただけですが(汗)。 写真は83年。 博多→長崎の「平戸」号。 東唐津駅で停車時間があって、ホームで待っていると 反対側?から列車がきました。 当駅で列車交換。 これは車止め側から写したモノ。 機周り用の線路があることが分かります。 側線もたくさんあっていいですねぇ。 平戸号の方が先に着いて後の出発だったみたい。 急行なのにね(笑) とっても根性なしのスイッチバック(笑) なんでこんな線路配線なんでしょう?面白いですけど。 駅のすぐそばに城があったのですね。途中下車しておけばよかった。 ここに隣接する虹ノ松原。車窓から良く見えました。よかったです。 このスイッチバック駅。 やっぱり「オカシイ?」ようで、 83年に虹ノ松原〜唐津にいたる新線が建設され、あっさり廃止されてしまいました。残念。 (参考に、新線切替後の地図は唐津線の記事のときにアップする予定) ちなみに、同時に筑肥線の博多〜姪浜間も地下鉄に替わられて、無念の廃止。
筑肥線(博多〜東唐津〜伊万里)は、 姪浜〜唐津、山本〜伊万里、という生き別れの悲しい線路になってしまいました。 私が愛した急行「平戸」の方は、しばらく長崎〜唐津に短縮して頑張っていたみたいですけど、 何時の間にやら廃止されてしまいました・・・ |
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線路巡礼:筑肥線 筑肥線を語るなら、 急行「平戸」は外せませんね。 博多〜東唐津〜伊万里〜平戸口〜佐世保〜長崎 路線でいうと 筑肥線〜松浦線〜大村線〜長崎本線 ローカル線を結ぶ直通列車は最高の贅沢です。 線路がつながっていることの、生きた証し! 書いているだけで楽しくなりますぅ 1980年。 長崎14:36→博多20:01 松浦線の海沿いの線路も良かったけど、 東唐津駅のスイッチバックでびっくり(この記事は別途掲載)。 とにかく、この直通急行は気に入りました。 ところが、 筑肥線に悲劇が・・・ これが廃止されてしまいます。 かなり離れた場所で地下鉄が出来てしまい、 重複するからと言う理由でムリヤリ廃止。 廃止の前に、もう一度巡礼したい。 ということで、 1983年 筑肥線の廃止予定区間に乗ります。 朝の通勤時間帯なら列車の本数も多く、 こんな事をするのも容易でした。 それだけ需要があったのに、 なんで廃止してしまったの(泣) 新しい地下鉄に「平戸」が乗り入れることはありませんでした。 せっかく線路はつながっているのに(怒) 別れを惜しみに、 再度、乗ってきました。 博多8:16→諫早13:09(列車は長崎行き) ああ。 こんなに楽しい列車を なんで廃止しちゃったのかなぁ。 博多駅まで乗り入れていた筑肥線の線路。 地下鉄と引き換えに廃止。 残しておけば使い道はあったんじゃない? でも。 あの勝田線まで廃止しちゃうくらいだから、 廃止のチャンスを国鉄が見の逃がすわけないですね(泣) 筑肥線の話は続きます。
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線路巡礼:佐賀線。 鹿児島本線と長崎本線を結ぶ短絡線。 もっとも、 ずいぶん長い「短」絡線ですね(笑)。 佐賀線に乗るなら、 直通列車に乗らなきゃ意味がない♪ ということで 廃止寸前の直通列車に乗ってきました。 1980年第1次九州巡礼にて。 7月21日。 熊本駅15:17→佐賀駅16:56(急行「ちくご」長崎駅行き) 佐賀線経由です。 きっと、 鳥栖駅経由より早かったんですよね? 長崎本線方面への直通列車はもう一種類ありました。 佐賀駅で「ちくご」を降りてさらにハシゴ。 佐賀駅17:21→豊後森駅19:19(急行「西九州」別府行き) 急行「西九州」 長崎駅発別府行きですが、久大本線経由なので、これは鳥栖駅折り返し。 当時はいろんなルートの直通列車が楽しめました♪ こんなわけで 佐賀線といえば終着駅がなく、短絡線直通列車というイメージだけで、 あんまり車窓を覚えていません(汗)。 翌年。 再度巡礼しておきました。 今度は普通列車(すでに直通急行は廃止。乗っておいて良かった) 1981年 瀬高駅17:31→佐賀駅18:24 沿線に味の素工場と 筑後川に架かる昇降橋はよく覚えているのですが。 写真がない(泣) めずらしく中間駅の入場券も買ってない(どーでもいいか。笑) 熊本と長崎・佐賀を結ぶ とっても便利な短絡線のハズ(?)でしたが、 あっさりと廃止されました。 これは、 瀬高駅の佐賀線の線路跡。 佐賀駅では。 佐賀線の線路は高架だったのに・・・ ムダな工事をしたものです(泣) おまけ。 筑後川の昇降橋はそのまま残りました。 あの「のだめカンタービレ」の最終回で、
ちゃっかり写っていましたね(爆) |





