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1989年7月 東京モノレールの新型車両試乗会と 昭和島車両基地を見学する機会がありました こちらが 車両基地内のモノレールのポイント レールじゃない コンクリートの線路(?)がお出迎え いまはあちこちにモノレールも開業していますけど 当時はこんな光景は珍しかったと思います 工場の中 これは 新型車両ではありません (とっくに絶滅してしまった種類ですよね?) コンクリートの線路の終端 鉄道のレールに比べるとちょっと趣に欠けますが 注意書きが書かれたり 階段(!)が取り付けられてしまっているところは興味深いです 上を歩いてみたかったですぅ(笑) このあと 参加者仲間で品川駅に移動して 臨時ホームで開催中のビアガーデンに行ったのです! 現役のホームでビアガーデン どんなに楽しかったか と言いたいところですが、 なぜかほとんど記憶に残っておらず 写真の一枚でも撮っておけば モノレールより貴重だったのに(殴) さて その後の東京モノレールですけど あまり乗っていないのです(汗) 羽田空港までは 川崎駅から京急バスが主流 京急線が空港まで延長してからは、もっぱら京急電車 (バスより値段が上がったけど、怒) こちらのほうが断然便利なのです 実際に 客足も京急に奪われてしまった感のあるモノレールでしたが 京急に対抗心を燃やすJR東日本が 自社に引き取ってくれました。 起点の浜松町駅にも 京浜東北線の快速がわざわざ停まるし(苦笑) でも やっぱり電車がそのまま乗り入れられる「線路」のほうがいいですよね 仕方ないから
青春18切符も使えるようにするとか?(爆) |
線路巡礼昔語国鉄時代+
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昔の線路写真を整理中です 日付がついていない写真が出てきました 私は線路の記録だけはマメに書いてあるので たいていのことはすぐに分かるのですが これは難物 1988年当時 バブルの波に乗って オリエントエクスプレスが日本にやって来た時の写真だと思われます 場所は間違いなく品川駅 今は亡き 9番線に停まっているのを 7番8番線臨時ホームから職場の上司後輩と記念撮影しています 写真はこの1枚だけ インターネットで調べると 1988年10月21日(金)22日(土)23日(日)の3日間 品川駅で一般公開があったそうです 22日23日と職場旅行に行っているのです 残念ながら行き先不明(汗) ということは 当時は土曜日が半ドンだったので 仕事が終わってから職場旅行に出かける途中、ということでしょうか? 真ん中の○○君が ポロシャツ姿です ということは旅行帰りの23日? いや○○君は暑がりだから仕事が終わればすぐに着替えているので22日? という感じで インターネット情報って便利ですね 私も一生懸命貢献しましょう(笑) 1988年の オリエントエクスプレスのイベント こういうヤラセモノには当時も今もあまり好意的にはなれなくて(汗) たまたま このときは品川駅で 連れが騒いだので一緒に撮影したのだと思われます 背後に 今は亡き品川貨物ヤードの茶ワムさんが写っている方が貴重かも(爆) ちなみに オリエントエクスプレスは日立のイベントでした ウチの奥さんの実家で この客車の模型(HOゲージサイズ)をもらったそうです 当時はお得意先にずいぶん配ったらしい 結婚後、 私が貰って実家に置いておいたのですが・・・ 万が一、
見つかったらアップします(笑汗) |
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1989年 名古屋に来て、三岐鉄道を巡礼 近鉄富田駅10:10→西藤原駅10:58 近鉄富田駅の味気ない3番線から出発 近鉄とは線路幅が違うので、もちろん線路はつながっていません すぐに JR富田駅からの貨物連絡線と合流 (朝明信号所) このとき JR富田駅からの旅客営業はすでに廃止 線路は貨物専用線となっていました 調べてみると この区間(国鉄富田駅−朝明信号所)の旅客営業廃止は1985年でした ということは、乗っておくチャンスはあったわけじゃないですか! (私が線路巡礼をはじめたのは1980年からです、泣) その当時の時刻表に 国鉄富田駅からの列車が1日2本あったことを思い出しました・・・ 西藤原駅行きの電車は混んでいました 三岐鉄道主催のツアーと重なってしまったため 終点の西藤原駅 藤原岳へのハイキングの最寄り駅になっています ツアー客もどっと降ります 藤原岳は人気あるんですね 私は 線路ハイキングですけど(笑) お約束の線路終端 引き上げ線になりますが、使われてはいなさそう これもお約束の車止めから見た光景 聞いた話では このいい感じの終着駅は いまでは、どシラケのSL型駅舎(?)に変わり果ててしまったそうです 線路終端は無事なのかな?心配 戻ります こんな素敵なセメント貨物列車が見えて来ると 終点から二つ手前の西藤原駅 いまでも 貨物取り扱いを続ける数少ない私鉄の駅として超有名 同じルートで戻るのもつまらないので その次の伊勢治田駅で下車 ここから 近鉄北勢線の阿下喜駅まで近いのです バスで移動しました なかなか計画的な行動?(笑) その後 三岐鉄道には乗っていませんが JR富田駅では 何度も三岐鉄道の貨物列車は見ているし 旅客線と貨物線の合流点(朝明信号所)も見に行ったことがあります ちょうど高架の下を、旧東海道が通っていたのです そろそろ 今度は貨物列車を見に、また乗りに行かなくちゃね(汗) (このとき近鉄線のナローゲージもたくさん巡礼していますが、その話はまた今度)
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1989年6月 愛知県トヨタ労働会館(豊田市)という場所に出張 もちろん クルマなんか使いません(笑) その前後に時間を作って まだ未乗の名鉄線を小まめに巡礼 愛知循環鉄道の瀬戸市駅から 名鉄瀬戸線の新瀬戸市駅に乗り換えます 先に終点の尾張瀬戸駅へ 瀬戸といえば瀬戸焼き くらいの知識しかありませんが 尾張瀬戸駅は優雅な駅舎でした 側線では 昔は貨物取り扱いしていましたよ、という匂いがぷんぷん 感じのいい線路終端 国鉄じゃないのに ちゃんと日通さんも居ました 瀬戸線に乗って 尾張瀬戸駅から栄町駅へ 栄町駅のことは 何にも覚えていません 新しい地下駅で、写真すら撮っていません(汗) 昔の写真を整理しながら記事を書いていますが 大手私鉄は路線数が多すぎりから後回しの予定 特に名鉄はたくさんありすぎて だけど 瀬戸線のことを書く気になったのは あの有名な 名古屋城のお堀の「ガントレッド」線路が この瀬戸線だったという事実を最近知ったのです(汗) そもそも 瀬戸線というのがどこを走っているのかあまり分かっていませんでした 地図を見ればよく分かりますが 東西に走っているんです 名古屋城のお堀から、真横に一直線 お堀のガントレッド線路の区間は70年代に廃止 線路は地下化され、南に急カーブして栄町駅が終点(起点)となりました 瀬戸線ガントレッド見たかったですぅ 廃止は 私が線路巡礼をはじめた80年以前のことだから 仕方ないのですけどね ちょうどRMライブラリーの新刊が発売になったみたいで その宣伝 いい具合に表紙がガントレッドです 瀬戸線は 他の名鉄線と全くつながっていないのも特徴 これは瀬戸電という会社を合併したからだそうです (実はこれも最近まで知らず) 名鉄は あの路面電車(岐阜市内線)だって ちゃんと本線と線路がつながっていたのに(驚き) やっぱり書き出すと長いので、
名鉄の他の路線の話はまた今度(GWの宿題?) |
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1989年 JRバス佐久間線に乗ってきました 国鉄佐久間線 飯田線の中部天竜駅から 二俣線の遠江二俣駅まで 天竜川に沿って一直線 そんな需要があったのか知りませんが・・・ 国鉄再建問題で工事は中断、計画線のまま いちおう 国鉄(JR)バスが走っていて 途中には工事途中の構造物も見られるらしいです こういう計画線(未完成線)を走るバスも大好きです 早朝の中央線、飯田線経由で佐久間駅に来ました ここから 14:31発のJRバスに乗るつもりが 本日は休校日なので運休!(泣) 次のバスは2時間後(笑) でも時間を無駄にはしませんよ 隣の 中部天竜駅まで ダムの上を歩いて行くことができます。これは楽しい 中部天竜駅前に架かる大きな橋 レールを埋めた跡がくっきりと残ります これは佐久間線じゃなくて ダム工事用のトロッコ線路の名残だとか 駅前に 西渡行きのJRバス バスが走る道は 天竜川沿いの急カーブの連続 中部天竜駅16:10→西渡16:28/16:34→西鹿島駅17:41 西渡(にしど) 国鉄バスの駅 いい感じですよね ここで3方向からバスが集結するシーンは圧巻 車窓から見えた 佐久間線の工事跡の「橋げた」 これは当時も有名でした 西鹿島駅から 遠州鉄道で浜松駅に出ます 東海道線で帰ります 佐久間線を利用して、ぐるり一周が出来ました これは便利です(爆) もし佐久間線が本当に開通してしまっていたら どうなっていたのでしょうね? その後
廃止するのにまた苦労しただけかな?(殴) |






