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1988年11月 当時の京急空港線は 名前とは違って羽田空港の手前までしか線路がありませんでした 線路巡礼:京急空港線 京急蒲田駅 まだこの後だらだらと続く鬱陶しい工事は始まっていません いい感じの分岐駅と線路だったのにねぇ 羽田空港駅 大師線の小島新田駅と見間違えそう(汗) 大師線の先は国鉄貨物線でしたが 空港線の先は運河なんです いちおう 羽田空港駅という名前を名乗っているので 駅前から羽田空港まで連絡バスがありました それに乗って 羽田空港まで往復(空港まで行っただけで戻って来ました、笑) 駅の先にある 鉄道橋らしきものが気になります ちゃんとした鉄橋、しかも複線用です 戦前は 京急空港線も ちゃんと羽田空港まで路線があったそうです ところが進駐軍に意地悪されて 空港から追い出されてしまったらしいです その後 東京モノレールができて 空港連絡のお株を取られてしまいます 空港連絡の実績を訴えるために この「鉄橋」は廃止後もずっと維持されてきたらしいのです いつか また空港まで線路を戻してくれ〜という恨み節 その甲斐があってか 空港の沖合移転にあわせて 京急空港線も再度空港まで延長できました いまやモノレールを見下す実績 (あの「鉄橋」はいまでもそのまま残されています 京急勝利宣言の記念碑?爆) 空港までつながって便利になりましたが 新しい空港線は運賃が高いのが難点ですね 昔は 京急路線バス(蒲田駅、川崎駅、大井町駅〜羽田空港)が 安くて便利だったのですけど・・・ 羽田空港駅を後にして 次は大師線を巡礼しました このとき
小島新田駅で味の素専用線の3本線路を見て感動した記事はすでに書いてありますので http://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/55588273.html お暇な方はもう一度読んで 古きよき線路時代を堪能して下さい(笑) |
線路巡礼昔語国鉄時代+
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1988年7月 快速あじがうら号、日立電鉄のあとは 線路巡礼:JR水郡線(もう前年から国鉄じゃなかったのね、泣) 日立電鉄常北大田駅のすぐそばに 水郡線常陸太田駅があります 期待して 線路を見に行くと・・・ ショック! 構内の線路は完全に整理されてしまっています なんて悲しい光景 駅舎だけは なんとか昔のモノが残っているみたいでしたけど 水戸駅方面 一本だけの線路が寂し過ぎます 剥がされた線路跡が哀れを誘います(泣) つまらない線路終端を見ます 昔はどんな線路があったのでしょうね・・・ 常陸太田駅13:09→上菅谷駅13:28 上菅谷駅13:47→磐城棚倉駅16:10 水郡線というのは 本線(水戸〜安積永盛・郡山)と 支線(上菅谷〜常陸太田)の総称です だけど 分岐駅の上菅谷駅の線路は 支線の方が本線扱いみたいな感じ 運転本数はほぼ同じくらい でも水郡線というくらいだから 郡山駅に向かうのが本線ですよね?(笑) 途中の常陸大子駅 絵に描いたように美しい車庫がありました それにしても 水郡線というのは長いですねぇ 郡山駅行きの列車だったのですが 手前の磐城棚倉駅で下車してしまいました ちょいと気になるモノがあったので おかげで 水郡線を全線巡礼するのはずいぶん先になってしまいましたけど 廃止対象路線じゃなかったので、のんびりと(笑)
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1988年夏 快速あじがうら号に乗った後 次は日立電鉄です 線路巡礼:日立電鉄 常北太田駅から鮎川駅まで 中間駅の大甕駅でも国鉄線と接続しているのが特徴 まずは大甕駅 このとき 国鉄常磐線との間にも線路があったのですが すでに線路はつながっていなかったみたい。残念。 山側のヤードには 骨董品みたいな電車 ここからまずは北へ 大甕駅11:30→鮎川駅11:42 海沿いを 日立の工場の裏を通り また常磐線に近づいてしまいます 鮎川駅 ホームから終端を見たところ ちょうど左手を常磐線電車が通過して行きます 常磐線はこんなところに駅はありません・・・ 常磐線の線路と併走して ホームから二本の線路がそのままのびていました 常磐線の車窓からも 貧相(殴)な駅と興味深い線路がよく見えていましたね! 日立電鉄の線路の終端 これを見ないと気が済みません(笑汗) では 反対側に戻ります 鮎川駅12:04→常北太田駅12:49 また大甕駅を通ります 常北太田駅(こちらが一応起点駅だったみたい) 大甕駅方面を見たところ 線路と構内踏切がいい感じですね〜♪ この駅も ホームの先がそのまま車両留置用の線路になっていました 駅を後ろから見たところ 廃車置場ではありません(たぶん) 駅舎の向かい側が 水郡線常陸太田駅でした いちおう乗換駅 ということで 水郡線巡礼に続きます 日立電鉄は 廃止されてしまう直前にも巡礼しました 電車は少し新しく(?)なったみたいでしたが 終端の線路の感じはほとんど変わらず(大甕駅の国鉄線との間の線路がなくなっていたかな?) とてもいい感じの線路だったのですけど・・・ 今でも 常磐線の車窓から見える 大甕駅跡の駐車場が悲しいです(泣) でも 鮎川駅の廃墟を見ると よくもまぁこんなところに路線があったなぁと、妙に感心(笑) ■線路メモ
日立電鉄、常北太田駅〜鮎川駅18.1km 2005年3月31日廃止 |
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1988年 茨城交通を巡礼 夏に常磐線に海水浴臨時快速が走りました 上野駅から 茨城交通阿字ヶ浦駅まで直通! 上野駅7:09→阿字ヶ浦駅10:02 今回は茨城交通の話 (バス会社みたいな名前ですけど、当時はれっきとした鉄道会社!) 勝田駅〜阿字ヶ浦駅 この路線には湊線という名前もあったそうですけど その当時 茨城交通にはこの路線しかなかったので どうでもいいこと 今回は 終点の阿字ヶ浦駅10:35→勝田駅11:04まで 阿字ヶ浦駅 ここから海水浴海岸まで近かったらしいです(行きませんでした。汗) 長いホームに上野からの列車が到着 構内の線路もいい感じ お約束の 線路の終端から見たところ 途中の那珂湊駅 車庫があって 変な列車も停まっています 勝田駅 機周りできる線路が残っていました JR常磐線との共用ホームに 無粋な柵もありません 当時はのびのびしていい感じでしたね〜 茨城交通の線路は 直通列車のおかげで人気上昇(笑) 1993年にも 茨城交通から水郡線に乗り入れる臨時列車に乗りました このときも快速あじがうら号という名前でしたね http://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/56134744.html その後、 直通列車はなくなってしまい 茨城交通の線路の価値はガタ落ち(泣) いつのまにか 廃止されてしまい アレになっているそうです でも いまだに常磐線と線路がつながっているところだけは評価できます(笑) 阿字ヶ浦駅から歩いて行ける(?)
ひたちなか海浜公園という場所にちょっと興味があるので 数十年ぶりに乗ってみようかしら? また廃止される前に |
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線路巡礼:国鉄会津線 1986年8月18日 ワイド周遊券を使って東北地方をグルグル巡礼しているとき 会津線にも乗りました 会津若松駅12:03→会津滝ノ原駅14:08 ちょうど帰省客で 道中は大混雑だったのですが この会津線だけは空いていて、 特に 途中の会津田島駅を過ぎると貸切状態(笑) でも 車窓はあまり面白くなかったみたい 会津線なんていう田舎っぽい名前から期待が大きかったのに おまけに 終点の会津滝ノ原駅はガッカリ すでに この秋の野岩線の開業に合わせて 会津滝ノ上駅の構内は大改修済み ホームも 線路もガチャガチャいじられてしまい 往年の線路終端の面影なし(泣) これは 終端からみた駅 以前はどんな感じだったのでしょうね?(泣) 驚いたのは 向こう側の線路 工事中の野岩線方面から モータカーがやって来たこと あの三陸鉄道が出来る直前 久慈駅で掛員さんに試運転乗車に誘われながら 結局乗りませんでしたが(ちょっと後悔) 今回は誘われもしませんでした(泣) この終着駅で 会津線の折り返し列車を1時間半も待ったのです 本来なら とても楽しい線路時間を過ごすはずなのに 真新しい線路と 駅周辺に本当に何もなかったので 時間を潰すのが相当に苦痛だったみたい(殴) ちなみに 写真で明らかなように このときは国鉄会津線と野岩線とは 線路はつながっていません。 そんな雰囲気もなし。 そして 同じ1986年9月26日 たった1ヵ月後に またもこの駅に来る機会が! 野岩線の試乗会があったのです 今度は遠慮せずに参加(笑) 東武線の新藤原駅から試運転電車に乗りました 新しいトンネルをくぐって またも会津滝ノ原駅にやって来ました 今度は向こう側の線路から♪ ちょうど 国鉄会津線の列車とご対面 この時 私は線路好きとして致命的なミスをしてしまいました この時点で 会津線の線路と 野岩線の線路がつながっていたのか、いなかったのか? 一番気になる線路写真を残してこなかったのです。 ごめんなさい(深く謝罪) そして時は流れて 会津線は廃止されて、 税金で復活(怒) でも野岩線から直通列車が走るようになりました (当然、あの駅で線路がつながったわけですね。これはいいことだけど、何故か微妙。汗) 開業後20年近く経った 2005年 ようやく 浅草駅→会津田島駅という直通電車に乗りました あまりに遅い乗車体験(試乗会で乗っていたので野岩線にあまり関心なく) いつの日にか つながった線路に敬意を表して ちゃんと書きますぅ 《線路メモ》
1986年10月9日、野岩線開業、会津滝ノ原駅は会津高原駅に改称 1987年3月31日、国鉄会津線廃止 1990年10月12日、直通運転開始(浅草−会津田島) |






