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1984年の線路巡礼 3月雪の新潟仙台巡礼 3月東北大巡礼はすでに記事にしてあるので 8月 寝台特急さくら号の「カルテット」(4人個室) 東京〜長崎 特急まつかぜ4号 博多〜新大阪 これはちょいと鉄道旅行好きの会社の先輩に誘われての3人旅(一人ドタキャン) お付き合いということで参加しましたが 見直してみると、ものすごく貴重な旅でした。 ところが 付き合いということで線路活動は少なく 写真を全く撮っていないのです。 もったいない〜(泣) この旅の後 私の父親がくも膜下出血で入院してしまい大騒ぎ なんとか秋には退院できたので 11月 前回は雪の下で線路が確認できなかった新潟の路線を急遽、再巡礼。 弥彦線越後長沢支線 蒲原鉄道全線 新潟交通全線 を、雪がないときにきっちり巡礼してきたハズなのに そのとき カメラのフィルム巻取りの具合が悪くて 焦ってフィルムを外に出しちゃった! おかげで 写真なし(泣) 不思議なもので やっぱり写真がないと記憶が薄いのです。 そもそも 長沢支線や蒲原鉄道にもう一度乗りにいったんだ、という記憶が全くなし(殴) こうしてブログ記事を書くために整理していて はじめて少しずつ思い出しています。 写真は偉大だなぁ(汗)
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線路巡礼昔語国鉄時代+
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1984年3月 利府駅で折り返して槻木駅までやってきました この旅の最後の巡礼先 線路巡礼:丸森線 槻木駅16:17→丸森駅16:40 槻木駅で 気動車に乗り換え 東北本線との立体交差を念頭に作られた線路配線 単線非電化の線路ですが 東北本線を立派な高架橋で跨いで行きます その先はあんまり記憶がなくて(殴) 終点の丸森駅。 新しい線路で貨物輸送の痕跡もない平凡な線路なのですが。 丸森駅のホームから さらに線路は先に進んで行きます。 遠くに車止めが見えます。 もちろん 線路終端までダッシュ! おおっと 丸森線のレールはここでオシマイですけど 工事線路が、その先どこまでも続いています。 当時あちこちにあった 無計画に工事中で 途中まで暫定開業した赤字ローカル線のひとつ。 国鉄問題が表面化してやっと工事は中断 無駄な赤字ローカル線をこれ以上作ってはいけないことを 高い授業料を払ってやっと悟った(?)はずだったのですが。 もともと 東北本線福島〜仙台の輸送力増強で計画された別線。 その後、本線が複線電化されたので そんな別線は必要なくなり、 行き止まりの赤字ローカル線、 国鉄丸森線のまま美しく朽ち果てるハズだったのに。 国鉄崩壊で線路のモラルも崩壊 あの三陸鉄道と同じように ドサクサで全線開業させてしまいました。 利府駅の先を廃止したころの英知は いったいどこに行ってしまったのでしょうね?(悲) 丸森線巡礼後、 岩沼駅に戻って 常磐線急行「まつしま10号」で帰宅しましたとさ。 その後
いかがわしい第○セクターで開業した新路線 いちおう 郡山〜福島〜丸森〜仙台 なんていう楽しい直通電車も乗りましたけど。 そういう直通運転もすぐに廃止されてしまいましたね やっぱり(苦笑) |
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線路巡礼1984年3月 新潟周辺の赤字ローカル線を巡礼した後 べにばな号で、新潟駅から仙台駅まで来ました。 ここから 東北本線の支線扱いの利府線を巡礼 仙台駅13:50→利府駅14:05 ローカル線をイメージしていたのですが、 電化されているんです(来るまで知りませんでした、汗) おまけに 終点の利府駅は妙に立派な感じ 駅というより 電車区みたい たくさん電車が停まっていました バケツがいい味だしてますね〜 ここが線路終端なのですが この先に 機関車を展示している公園があります (そこと線路がつながっていればいいのに) その先にも 線路跡みたいなものが続いていますけど。 このときは、ここまで見て引き返し (何年か後に再度来たときも、廃線跡がずっと続いてました) 東海道本線の美濃赤坂駅みたいな路線を期待していたのですが、 ちょっとイメージが違う(残念) 昔は こちらが東北「本線」でした。 ところが 輸送力増強用に別ルートで新しい線路を敷いてしまったので 従来のルートは不要に。 利府駅までは利用価値があるから「支線」で残してもらえたけど その先は、お払い箱(悲) 廃線跡になりました。 こんなところで 両方は必要ないということ 正しい判断、なんでしょうけどねぇ その後 そういうまともな判断を出来る者はいなくなり 同じ東北本線のすぐそばで 恥ずかしい路線が誕生します 次はその線路の巡礼に続きます。
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1984年3月 新潟・福島のローカル線を巡礼したあと 新潟駅に戻ります。 当時、 ブルートレインじゃなくて レッドトレインというのが走っていました これまでの旧型客車より新しいモノで 当時は地方でたくさん走っていました。 いつに間にか消えちゃいましたね。 新潟から仙台へ とっても楽しい直通急行電車がありました。 それに乗るのも今回の巡礼の目的。 急行べにばな2号 新潟駅8:18→仙台駅13:33 行き先表示板(サボ)には 白新線、米沢、仙山線経由と書いてあります。 白新線・羽越本線・米坂線・奥羽本線、仙山線と 線路がつながっていればこそ走れる直通列車♪ ローカル線の有効活用!(笑) 車窓も楽しくてぜんぜん飽きなかったですね。 ちなみに この列車の名前はもともと「あさひ」でしたが、 上越新幹線の開業で名前を盗られてしまい、 その後は山形新幹線の工事で 線路がつながらなくなってしまい、あえなく廃止。。。 こういう
面白い直通列車がなくなってしまうのは 日本の損失です(泣) |
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過去からコツコツ書いてます。 1983年の巡礼がようやく終わって 1984年は3月の雪の新潟ローカル線の旅から。 魚沼線、赤谷線、日中線、 この年の3月末に廃止されるので 雪を掻き分けて慌てて雪中線路巡礼に来ました(汗) (3つの路線はすでに記事にしてありますので読んでね) もちろん、 近くのローカル私鉄も巡礼 蒲原鉄道 信越本線加茂駅と磐越西線五泉駅を結ぶローカル私鉄。 (当時の時刻表によると、一日12往復運転) 加茂駅12:45→→五泉駅13:45(村松駅で乗換) 信越本線加茂駅下りホームの真ん中で 壁に穴が開いていて、 これが連絡通路! 国鉄加茂駅のホームの裏に 蒲原鉄道乗り場があります。 穴を開けただけの連絡通路、 ものすごい簡易な構造 蒲原鉄道の想い出で いまでも一番覚えているのが、この安易な連絡通路ですね(笑) 黄色い保線車両が見えるあたりで 蒲原鉄道と国鉄の線路がつながっていた(はず)なのですが、 積雪のおかげでキチンと確認できず(泣) 線路終端も 残念ながら雪の中。 蒲原鉄道の線路は 五泉駅に向かって右に曲がって 信越本線の線路の上を高架で越えていました。 蒲原鉄道廃止後も この高架跡はしばらく残っていましたね。 全線単線 途中の冬鳥越駅での列車交換シーン。 車庫があった村松駅。 全列車、ここで乗換だったのかな? 終点の五泉駅 この駅も 国鉄線(磐越西線)ホームの裏側だったのですね。 連絡通路の作りが加茂駅とちょっと似ています。 加茂駅−村松駅はこの翌年1985年に廃止になってしまいます。 このときに巡礼しておいて良かった(汗) 部分廃止 じゃなくて大部分廃止後の蒲原鉄道は 村松駅−五泉駅だけの超ミニ鉄道(5.4キロ?)として残り、 その短さ「だけ」が有名になりました(苦笑) (結局無くなってしまいましたけど) こちらは再度巡礼の機会がありましたので
この区間の詳しい話は、また今度。 |






