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1989年 横浜博アドベンチャー号で横浜駅に来た後 そのまま平塚駅へ 東海道線で相模川の鉄橋を越えるとすぐに 平塚駅側から 鉄橋の下をくぐって河原を北にのびていく線路があります 何の線路なの? という長年の疑問を解くため 平塚駅からてくてく河原の方に歩きます 河原手前の踏切 海側にわたり そのあたりまで 平塚駅から東京方面にのびる線路があります 0キロポストがあります 平塚駅からここまでがJRで この先(手前)が、なんとか石油(相模石油?)の専用線ということですね すぐに 左にぐいっと曲がって 東海道線の鉄橋をくぐります 相模川鉄橋の下 下り東海道線の湘南電車が走って行きます 河原の堤防に上ってみます 線路に沿って歩くと 1/2キロポスト まだまだ線路は続きます 途中 こんな素敵な踏切もありました 広い広い光景が続きます 天気も良くて風もあって、またとない線路巡礼日和 果てしなく続くと思われた河原の線路ですが 終点が見えて来ました えっ! ちゃんと貨物がいらっしゃいます (ここに至るまで、この線路は使われているのか疑問でした、汗) 線路は3本に分岐します 手前に踏切があります タンク車がビッシリと停まっています なかなか盛況なヤードじゃないですか 線路終端 ここまでが面白かった割には、なんかあっけない 機廻りは出来ない構造 ヤードの線路もかなり短い ここでもお約束の 線路終端から見たところ 車掌車もいます 豪華な専用線だったのですねぇ これにて 平塚専用線の巡礼おしまい この日は このあと横浜線矢部駅で米軍基地線を見て 臨時快速ホリデーヨコハマ号(横浜16:47発、武蔵野貨物線、大宮行)に再度乗って 線路巡礼しまくりで大満足 当時は 線路を見れば、それだけで満足でした たまたま貨物が走ってくれたらラッキーくらいのつもり 今だったら この線路を貨物列車が動くのを見なくちゃ気が済まないですね(汗) 線路趣味としてどちらが正しいのか? 永遠の謎です 趣味といえば この翌年 レイルマガジンという新興の鉄道雑誌で トワイライトゾーンというコーナーがスタート その第1回目が この平塚専用線の線路の紹介でした そのときの驚きは相当のモノでした 自分以外に 線路に興味がある人がいるとは知りませんでした ホントにびっくりしました!(爆) この専用線も この数年後には廃止 貨物が動くところはとうとう見ることが出来ませんでしたが・・・ まぁいいです(苦笑)
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線路巡礼昔語国鉄時代+
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常磐線から山手線の西側に直通する場合 今では武蔵野線経由ばかりでしたが 横浜博送客用に 当時 革新的な直通列車が走りました 常磐線連絡線・田端信号所経由 臨時快速横浜博アドベンチャー号 日立駅発、横浜駅行 ものすごい直通列車 常磐線内は土浦駅が最後の乗車駅 ということで 土浦駅から乗車します 最後尾をゲット 三河島駅付近で 常磐連絡線に入ります 田端機関区エリアに合流する付近 ここで 反対側に分かれていく線路があります これは東北新幹線の高架下を通って 山手線田端駅の保線区につながっています 東北新幹線の電車区の脇を走ります 東北山手貨物線に合流 ここも田端信号所の一部(らしい) 折り返し線の奥まで入って小休止 京浜東北線電車が脇を通過 上中里駅のホームから見える光景ですね 進行方向が代わります 今度は先頭になります 山手貨物線に侵入! 新宿湘南ラインができる前 山手貨物線の走行は貴重な経験 窓から顔出し?で堪能 池袋駅(通過!) 右側に見えるウグイス色の電車は埼京線ですね 新宿駅(ここでは客扱い) 渋谷駅(もちろん通過)を出ると 東横線鉄橋をくぐります 行きかう電車が 何もかも皆懐かしい… 大崎駅から 品鶴貨物線に入って 終点横浜駅に到着 (どうしてここで写真を撮らなかったのかな?) このあと 平塚駅まで遠征 ここで歴史的な線路巡礼をしてきました(次回予告です、笑) 横浜博アドベンチャー号 (日立駅)土浦駅7:43→横浜駅9:51 常磐貨物線、田端信号所、山手貨物線経由 途中、新宿駅のみで乗降可 なんて豪華な なんてアドベンチャーな直通電車だったのでしょう 武蔵野線経由が主流となってしまい
もう 走ることはないのでしょうか… |
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1989年9月 南武線に臨時列車が走りました 臨時快速相模湖ピクニック号 南武線川崎駅から中央本線四方津駅まで 奥さんに付き合ってもらい 溝の口で待ち合わせ 武蔵溝ノ口駅8:59→四方津駅10:21 電車は 中央線のオレンジの鋼鉄電車を使用 これが南武線を走ったのもレアですね(写真ない〜) 立川駅にて 南武線から中央線に乗り入れるとき 行き(下り)は ホームのない中線を経由せねばなりません 乗降できません(上りはできます) 中線で停車中の車内から こんな風に窓を開けられるのは、とてもいい車両の証? 相模湖ピクニック号という名前ですが 電車は四方津駅まで行くので、終点までお付き合い 四方津駅にて記念撮影 ヘッドマークなんかなくて、行き先を書いた紙が貼ってあるだけ。素晴らしい(爆) ここには何にもなさそうなので 上野原駅まで戻ります 上野原駅前は山の中 何もないのですが 町までの連絡バスがあります 「町−駅」という分かりやすい表示(笑) この町は 甲州街道沿いの宿場跡 いつか歩いてみたいと思いつつ実現せず 上野原駅構内にて 当時の線路わきはまだのんびりムード あれから数十年 南武線−中央線直通の臨時列車はいまでも健在ですが 不愛想な全席グリーン車ばかりになってしまいました(泣) 立川駅の線路配線も相変わらずで 下りは中線を通ります 亘り線を一本新設すれば中央線下りホームが使えるのに 興味深い線路の見本としての配慮なのでしょうか?(笑)
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1989年8月 奥羽本線板谷峠 その翌年からの新幹線工事のため、 あの4連続スイッチバックが失われてしまいます もう一度線路巡礼しておきたい! ということで青春18切符の旅 だけど 奥羽本線の普通列車は今も昔も本数が少ないです 途中 郡山駅〜福島駅間だけを新幹線利用 奥羽本線 当時は客車列車でした! 福島駅11:12→米沢駅12:18 赤岩駅、板谷駅、峠駅、大沢駅と スイッチバック駅が豪華に4つも続きます 客車なので 最後尾からスイッチバックを堪能できます たぶん、 これは最初のスイッチバックの赤岩駅? これは間違いなく峠駅(笑) 「峠の力餅」という駅売りがあって どこの鉄道雑誌も大絶賛していたのですが 試しに買ってみました… 不味い 本当に不味かったです (今も昔も、こういうモノは常に美味しいことになっているのですよね、苦笑) スイッチバックは楽しかったけど 分岐線路を覆うスノーシェルターが妙に立派なのです 古い方が味があるんですけどね 無事に峠を越えて 普通列車は米沢駅に到着 客車最後尾から見たところ 新幹線用に改軌されてしまう前の線路 奥羽本線と米坂線の線路は しっかりとつながっていたのです(感動、泣) 米沢駅から 米坂線に乗り換え ちょうど 上り普通列車が出発して行きます 4連続スイッチバックを越えて ここまで乗ってきたのは 素晴らしい普通客車列車でした! 坂町駅、長岡駅経由で 18切符で帰りましたとさ 新幹線一駅区間乗るだけでこんなことが出来ました あれから 山形新幹線になってしまいましたが、 愚劣な並行在来線問題もおこらず まぁ、幸せな線路なのかもしれませんね。。。
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1989年8月 北関東をぐるっと廻って 西武線飯能駅にやって来ました もう夕方でしたが 飯能駅といえば 意味のないスイッチバックで有名 どうして こんな線形になってしまったのでしょう? おまけに どうしてスイッチバック解消のための連絡線計画(飯能駅に立ち寄らない)を作っておきながら 飯能駅の再開発投資なんかしているのやら? とにかく謎の多い駅です(笑) この時はまだ貨物列車が健在でした このスイッチバック駅で 貨物列車の電気機関車が機廻りします そのための引き上げ線が ホームの先に延びていました 駅構内は多くの旅客線と貨物線 駅の終端は道路で仕切られていますが 貨物線だけは 小さな踏切があって、その先に線路がのびていました これが 機関車が機廻りするための引き上げ線ですね 電気機関車だから 引き上げ線もちゃんと電化されていました あれから24年後 キャ二オリングで飯能駅にやって来ました 時間があったので あの引き上げ線がどうなっているのか、さっそく巡礼開始 駅舎から線路終端を見たところ 貨物輸送はとっくに終わっていても 貨物列車が折り返しに使っていた線路は健在でした でも やっぱり引き上げ線は道路でぷっつり切られていました(泣) ところが 踏切も廃止された道路の向こう側に、 なぜか切り離された線路がポツンと残っていました 引き上げ線の終端を見たところ 左側は神社に面しています この日はお祭りみたい 車止めから駅を見たところ 架線も電柱も撤去されてしまいましたが それでも、なんて素晴らしい線路産業遺産(笑) 神社から神輿が出てきました 昔々 ここに踏切があって 赤い機関車の神輿がここを渡ったのですよ 見てみたかったですねぇ…
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