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1990年3月31日。 日本の線路にとって、記念すべき悲しい日でした。 1980年の国鉄再建法により、 第1次、第2次、第3次と 特定地方交通線の選定基準と廃止手順が定められ、 この日。 最後まで残った鍛冶屋線と大社線が廃止されて、 その悲しい作業の全てが一応終了した日なのです。 10年間で延べ83路線! あの法律が制定されたとき、 まさか本当にこんなに廃止されてしまうと予測出来た人がいたでしょうか? どんな預言者だってムリでしょう。 当の国鉄当局だって、ここまで廃止できるとは本当は想像していなかったのでは?(笑) さらに遡る1968年。 ご幼少の頃で、さすがに全く覚えていないのですが。 この時も廃止選定基準が制定され、 赤字83路線が選ばれたそうです(奇しくも、同じ「83」) この時は地域エゴによって完全に骨抜きにされてしまい、 11路線くらいしか廃止にならなかったそうです。 (この時に根北線、鍛冶屋原線という個人的には馴染みの有名路線が廃止、もちろん未乗車、泣) だ・か・ら、 今回もどうせ10路線くらいテキトーに廃止して先送り、 誰もがタカをくくっていたと思います。 だけど。 現実は厳しかった(泣) あの政治利権で成立する新潟県の赤字路線(魚沼線、赤谷線)が、意外と早々にギブアップしてしまったのが(最大の理由)だと思うのですけど(根性ナシ!) 同時に、 第惨セクター化という本当にバカなブームも廃止に拍車をかけました。 無能な国鉄はダメでも、地域密着なら大丈夫。多少の赤字なんて気にしない。 だから廃止してもアレに転換すればOKさ。 バカ! ちなみに、この歴史的な日には、こっそり宮津線も廃止になってアレに転落しています(惨) 同日に廃止された鍛冶屋線。 これは潔かった。 近くの三木線、北条線がアレになったにもかかわらず、潔く廃止されてしまいました。 えらいぞ!(泣) こんなに厳しい掟にもかかわらず、 何故か廃止を上手に免れた路線が6つ(8つ?)もありました。 並行する道路が未整備という、よくわからない抽象的な理由で(笑) そのうちのひとつ深名線は、どうしても逃げ切れず、 95年9月3日にとうとう廃止されてしまいました。 さすがに、誰もアレにしよう!とは言い出さなかったみたいですね(笑) ひょっとすると。 廃止されてしまった83路線だって、 もっとちゃんとゴネれば、もっと延命できたかもしれません。 だってまだ5路線も残っているのですから(笑) 新潟県の転向と、無責任なアレがなければ、 今でももっと多くの路線がJRで存命していたのではないかと、残念でなりません。 ちなみに。 この特定地方交通線。 国鉄時代に神岡線以外は全て巡礼することができました(神岡線はアレになってから、恥) 一度しか巡礼出来なかった路線も多いのですが、 とにかく、乗れた、ということはシアワセです。 一度廃止された線路には、二度と列車が走ることはありません・・・ 追記: 泣いて馬食を斬る。 廃止が意外とスムーズ(?)に行った理由のひとつに、 問答無用の路線選定ルールがありました。 でも、路線名にひきづられて、全く矛盾した廃止選定も行われてしまいました。 江差線が生き延びて、松前線が廃止。 加古川線(西脇〜谷川)が生き延びて、鍛冶屋線が廃止。 逆に利用価値のある伊勢線を廃止せざるを得ない・・・ 路線の固有の事情を一切考慮せず、 自ら定めたルールを厳守して一律に切り捨てたからこそ、 あの大事業(?)は成し得たのでしょう。 だけど、 8路線だけは、テキトーな理由で生き延びました。 代替道路がないから6路線(深名線、岩泉線、名松線、木次線、三江線、予土線) 雪が降ると困るから2路線(只見線、越美北線) こんな理由で免除されて、どうして他の線区の自治体は怒らなかったのかな? もちろん、廃止されて欲しいわけじゃありませんけど。 なんか、ズルイね(笑) 1980年〜1990年の10年間にわたる国鉄赤字ローカル線廃止問題、
悲しい決着をみましたが、 最大最後の謎を抱えたまま現在に至ります。 |

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