線路巡礼♪

本日をもちまして、線路巡礼のブログは廃線の仲間入りです。長い間ありがとうございました。LUN(2019年8月31日)

線路巡礼昔語1990年代

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1996年9月
神奈川臨海鉄道の本牧駅にやって来ました

当時は
貨物列車がいつごろ動くかとか全く分からず

線路沿いにテキトーに歩いていたら

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貨物列車がやってきました
工場踏切がいい感じ

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当時の時刻表
本数多いですね

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横浜本牧駅(貨物)

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今とは貨車の種類が全然違いますね
トラさんばかり

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貨物駅の奥の方には
怪しげな積み下ろし設備みたいなもの
ホキさん用でしょうか

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線路はさらにのびて行きます

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本牧埠頭駅(というそうです)
この線路を貨物列車が通るのでしょうか?
不思議だったけど
通るんですね(笑)

こちらと反対側に
国際埠頭線があって
トラさんが活躍していたはずです
そちらの線路はチェック漏れ
(この数年後に廃止前にかろうじて巡礼)


さて
2年前(2013年)
かなりん50周年記念で横浜本牧駅の一般開放がありました

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(2013年)
この時
すでに貨物はコンテナのみ
国際埠頭線はとっくに廃止
荷扱い設備は撤去されたみたいです

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(2013年)
昔は
こんなにいろんな貨車がいたんですよ(?)

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(2013年)
この辺りが
荷扱い設備の跡かしら


また来ますね

1996年9月
九州観光出張は
ハウステンボスで現地解散

さっさと一人で
最後の巡礼地を目指します

ハウステンボス駅から諫早駅へ

島原鉄道諫早駅

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もう線路は
機廻りできなくなっていましたが

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JR線とちゃんとつながっていました

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有明海に沿っていい感じ

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こんなに干潟に近い駅
ムツゴロウは見えませんでしたけど

1991年の普賢岳火砕流の後
まだ
南島原駅-深江駅は代行バス

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これが代行バス(こんな小さな車1台でOK)
背後のつぶれたままの民家の屋根がスゴイ

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深江駅

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諫早駅方の線路に車止め

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口之津駅で下車して
目の前のフェリー乗り場へ

島鉄フェリー
口之津18:30→鬼池(天草)19:00

天草諸島に初上陸!

上陸したのはいいのですが
宿がありません

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フェリー乗り場近くの怪しい土産屋
ここの2階が民宿をやっていました

やむなく泊まってみましたが
なんかダニを移されたみたい(泣)


翌朝
バスで天草の中心の「本渡」へ

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殉教公園
日本でもジハードがあった歴史的遺産

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天草の乱激戦地の跡、らしいです
歴史好きとしては要チェック

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ここから
路線バスで天草五橋を通り
海を渡って一気に熊本市内まで

途中下車すれば
三角線に乗れたのですが
バスがあんまり快適なので(汗)

さらに
西鉄甘木線
久々に甘木駅を見て
甘木鉄道に乗って
福岡空港から帰宅しましたとさ
おしまい


あれから
島原鉄道の南半分は廃止
多額の税金を浪費して復旧しておきながら(怒)

島原鉄道の記事は
1983年加津佐駅まで
1992年火砕流突破列車
もご覧ください

あの本渡市は
天草市になってしまいました

どんどん変わってしまいますね
1996年8月末
九州に観光出張がありました
現地集合の前にあちこち線路巡礼しておいて

佐世保駅前に2泊

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ホテルから見た佐世保駅全景
当時は未だ美しい地上駅です

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駅の北側
佐世保線の線路は
そのまま松浦線につながります
(すでに第3セクター)

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佐世保駅を見たところ


この辺りから
海に向かって線路跡がのびています

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橋梁に線路が残っています
信号機の英語表記から米軍基地の臭いがプンプン

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橋梁を渡って
佐世保駅側を振り返ります
いい感じです

でも
最大の遺構はコレ

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佐世保市の何かの施設の前で分岐する線路
本当に美しいです
横須賀、田浦の線路を連想させますね
(写っている当時の垂れ幕もご注目)

線路が残っているのは分岐のところまででした

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ここから先は米軍基地らしい
佐世保鎮守府の跡?

この線路は
通称、ジョスコー線と呼ばれていたそうです
(米軍基地油槽所引込線のこと)

米軍基地あるところに線路あり、ですね


佐世保駅の隣り
日宇駅の近く
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ここから別の油槽所につながっていた線路跡(車窓から)


早岐駅
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当時はまだ佐世保行の寝台特急が残っていたので
その客車基地があったのでしょうか


さて
線路の話はここまで
おまけで
この旅の目的?の観光出張の話

佐世保に2泊して

世界炎の博覧会とハウステンボスを視察

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まだ
懲りずに痴呆博をやっていました
陶器の博覧会(展示即売会?)がメイン

これとは関係なく
有田の陶器市というのをやっていて
珍しく自宅用にお土産を買いました
夫婦茶碗
安い割には奥さんにも好評で
この後
一昨年まで20年近く使っていました
割れてしまったときはショック
また博覧会やってください(爆)


ハウステンボス

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オランダの街並みを再現したテーマパーク(だったかな?)
悲しいのは背景の山
オランダにこんな山はないですからねぇ(苦笑)

もうバブルはとっくに終わっていたのに
ハウステンボスに面した海岸を埋めたてた別荘地を売れば
将来は入場料も無料に出来ます
とか
ここの責任者が真顔で説明していたのを覚えています


その前からあった
「オランダ村」というのは潰れました
(JR九州のオランダ村特急というのがありましたね)

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ハウステンボスも潰れるのは時間の問題かと思われましたが、
まだ生き延びています
最近はプロジェクションマッピングが有名なので
また行っちゃうかも?


ためになる観光出張は現地解散
この後は島原鉄道編に続きます
1996年8月
下関駅前に宿泊

翌早朝から高架の下関駅をぐるりと囲む謎の線路を巡礼するためです

当時の地図を見ると
駅南側にある
シーモールという施設
そこから
線路が出ているように見えるのです

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実際はこんな感じ
シーモールが出来る前は、この先に貨物ヤードがあったのでしょうね

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シーモールを背に
門司駅方を見たところ
右手が下関駅

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左手に線路が分岐
これは埠頭に続きます

下関駅ホームから見ると

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(この写真は1992年)
左端に
高架から地上に降りていく線路が見えます

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高架から地上に降りていく連絡線
さきほどのシーモールから伸びてくる地上線路と合流します

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この先には
今でも使われている下関電車区があります

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左手に分岐した埠頭線に戻ります
この線路は高架の山陽本線下関駅の線路と連絡線(電車区入出庫線)で結ばれているわけです

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踏切の先でステキに分岐(していた跡)

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埠頭には
線路がたくさん残っていました

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瀬戸内海を見ながら
埠頭線はさらに続きます

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右に曲がって
山陽本線の高架の下へ
この左手はもう関門トンネルの入り口近く

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下関駅側に振り返って
左は埠頭線
右の鉄クズの中から別の線路も合流

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山陽本線をくぐりますよ(下り貨物列車通過〜)
なんて良い光景

これは電車から見た光景
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(この写真は1992年)
左が下関駅シーモール前から埠頭線を経てのびてきた線路

山陽本線をくぐって北側へ

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線路はさらに右に曲がって
山陽本線に沿って下関駅に戻るように

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運河があります
ものすごい設備ですね

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その先に見えるのが下関市場

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規模の大きな貨物扱いがあったことを物語ります

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ここがかの有名な
下関の鮮魚貨物列車の始発駅?

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残っていた線路はここまで
廃線跡はさらに続いていました


ちょうど下関駅の北側
シーモールがあった反対側

往年の鮮魚列車は
下関駅南側で
高架線から地上に降りて
スイッチバックを2回経て埠頭線に入って
そこから右回りに大きく迂回して駅の北側に出て
という途方もない大廻ルートを経て市場まで来ていたのですね
「鮮」魚なのに大変ですね(苦笑)

(当時の古地図を見た方が話が早いのですが、捜索中)

残っていた美しい線路を記録できただけでも良しとしましょう


この後
関門海峡フェリー(小さい!)に乗って
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門司港駅へ
また九州編に戻ります
1996年8月
九州の旅の続き

耶馬溪鉄道の跡に沿って
路線バスで日田駅

日田駅前(天領です)をちょいとブラブラした後で

日田彦山線

昔は面白い急行や快速がたくさん走っていました
乗ったなぁ…

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夜明駅で
久大本線と分かれます

彦山駅

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路線名の一部にもなっているので
どういう駅なんだか興味ありました

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駅舎は立派だけど
特に何があるわけでもなし

近くに
英彦山という山があるらしい

山は英彦山(ひこさん)
駅は彦山(ひこさん)
微妙に違います
ブログ書いていると勉強になりますね(笑)

日田彦山線と言えば
多くの赤字ローカル線を分岐していたことでも有名
(この路線も赤字ですけど)

香春駅の近く
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これは添田線が分岐していた跡ではないかと思うのですが
この真下を夏吉貨物線がクロスしていました(遠い目)

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呼野駅の手前(だと思う)

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スイッチバック駅でした
その名残のホームと線路

この時は小倉駅までは行かず
石原駅で折り返して
直方駅、
折尾駅を見学して
下関駅へ(泊)

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日田彦山線
終端駅がないのでイマイチ印象が薄いのですが
仲間の線路を切り落としながら
なんとか生き残った
偉大な赤字ローカル線です
称賛?


翌朝は
早起きして下関駅の専用線に続きます

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