線路巡礼♪

本日をもちまして、線路巡礼のブログは廃線の仲間入りです。長い間ありがとうございました。LUN(2019年8月31日)

線路巡礼昔語1990年代

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1996年8月
北九州空港から日豊本線で中津駅へ
そこから
路線バスに乗って日田方面を目指します

大分交通耶馬溪線(の廃線跡)

この路線は乗ったことありません
知らぬ間に廃止されていました(1975年)

途中の柿崎バス停で下車

ここには
鉄道廃線跡として
かなり有名なモノが残っているのです

イメージ 1
バスが走って来た道路から
サイクリングロードが分岐

イメージ 4
「第2山国川橋梁」という仰々しい名前

イメージ 3
線路はありませんが、
川を曲がりながら渡る橋梁はステキ

イメージ 2
その先は鉄道トンネルそのまま

ここで
サイクリングしたら気持ちいいでしょうねぇ

再度、バスに乗って
車窓から有名な「青の洞門」らしきものを見ながら日田駅へ

ちなみに
この橋はつい最近の台風で崩壊してしまたったらしいです

もし万が一
耶馬溪線がまだ生き延びていたら
これ幸いと廃止の理由になったかも?(殴)

ところがその後
この橋はちゃんと再建されたそうです

鉄道よりサイクリングロードとしての観光需要の方があったんですね(苦笑)


日田の街を観光
「天領」だったのが自慢
お美味しいお水飲みました

日田彦山線に続きます

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1996年8月
また観光出張がありました
今度は九州
世界炎(ほのお)の博覧会という困った地方博覧会
これを見て勉強するのがメイン

集合の一日早く出発

イメージ 2
北九州空港

当時のメモを見ると
恐るべき記録が

羽田7:55→北九州空港9:30(JAS)
歩いて
日豊本線下曽根駅9:42→中津駅10:34

そう
この空港は駅から徒歩連絡出来るのです
しかもものすごく近い
飛行機の着陸から乗り換え電車の出発までたったの12分しかないのに

○○空港駅
なんていう空港連絡駅じゃないんです

こういうのは楽しいです
ちなみに
山口宇部空港駅から宇部線草江駅まで歩いこともあります
2009年その記事はこちら

イメージ 3
でも
北九州空港は
その後、沖合に移転してしまいました
徒歩連絡も昔話


もうひとつ

貨物線大好きな私ですが
日豊本線中津駅行の電車の車窓(最後尾)から

イメージ 4
右手に分岐するのは
苅田港線(貨物)

専用線じゃなくて
列記とした国鉄(JR)の支線
日豊本線小波瀬駅から苅田港まで

セメント貨物の発着があったらしいのですが、
ごめんなさい
車窓から線路を見ただけなんです

この貨物線は
セメント扱い廃止後も
コンテナ扱いにとしてこの先も10年くらい生き延びたらしいのですが
やっぱり休止

線路は残っているらしいので
機会があれば見に行きたいです

イメージ 1
せめて
当時の地図でもみて
便利だった空港と見損なった貨物線を偲びましょう
(こういう古い地図を収集するのも趣味です)
1996年8月
奥さんと船の科学館を見学

当時
元青函連絡船の羊蹄丸というのが
ミュージアムシップとして係留されていました

科学館の入場料金でこちらも見学可能
(チケットは新聞屋にもらったのかな?)

船内は
あおもりワールド

イメージ 1
DEさんが
ちょこんと顔を出しているのが分かります?
これは
昔の青森駅の雰囲気らしいです

イメージ 2
こんなような感じだったような気もするけど

イメージ 3
本物の駅員さんじゃないですよね?(笑)


青函連絡船というのは
船内に線路があるから意味があったのです
なのに
肝心の線路の写真がありません
船内線路にはDEさんと客車が置かれていたらしいのですが
線路を見ることは出来なかったのでしょうか…

この後は
お台場見学


その後
羊蹄丸のことなどすっかり忘れていましたけど

2年前(2013年)
船の科学館が長期休業となり
羊蹄丸はまたも廃業
今治港まで曳航されて廃船になったそうです
その時
ずっと船内に封印されていたあのDEさんと客車が
数十年ぶりに地上に出て来たんだそうです
ちょっとした話題になったそうですが
全く知りませんでした
ブログを書いているとタメになります

青函連絡船は何度か利用しましたけど
貨車の出し入れシーンをちゃんと記録しなかったのがちょっと後悔
当時は青森駅でも函館駅でも乗り換えでいつも走り回っていましたからね(笑)
1996年8月
奥さんとみなとみらい地区をお散歩

みなとみらい線は開業前
東横線で桜木町駅へ
当時は便利でしたねぇ

桜木町駅前
イメージ 3
狂乱の横浜博(1989年)から数年後、
横浜臨港線の線路は本当に廃止
レールも剥がされています
だけど、その後ここを歩けるようになるとは
(線路はそのままで歩かせてくれたら百点満点なのに)
横浜博当時の線路の記事はこちら

運河の向こう側へ

イメージ 4
この辺りは線路がまだ残っていました
貨物列車が走るところを見たかったです

赤レンガ倉庫
当時は近くまで自由に見学できたハズですが
この時は工事中で入れず(怒)

イメージ 5
工事中の赤レンガ倉庫手前から
山下公園方面に至る高架の手前
山下埠頭線と呼び名が変わります
ここの鉄橋にも線路は残っていました

イメージ 6
東西倉庫(後ろ側)に分岐する線路
その途中から左にスイッチバックして道路を横断している線路
これが
左側の横浜税関(クイーンの塔とかで有名)に至る線路

税関に線路?
何のため?
線路の先の写真もちゃんと残しておけばハッキリしたのですけど

この後は中華街でお食事です
じゃないと線路散歩に付き合ってもらえませんからね(笑)


この3か月前
5月にも
桜木町駅前からマイカル本牧までバス旅しています

イメージ 2
当時
桜木町駅前
つまり東横浜貨物駅の跡は
お花畑でした

イメージ 1
ランドマークタワーのどこかから見た光景
何にもありません
写真だけは残ってますけど

(いずれ桜木町駅周辺の線路の集大成記事をまとめたいですね)
1996年6月
まだ線路が多く残る東高島貨物駅を巡礼した後は
高島貨物線に沿って新興貨物駅です

当時の移動ルートは覚えていないのですが
新子安駅、または京急子安駅
その駅前で
並走する高島貨物線から長い貨物線が分岐していました

イメージ 6
新興貨物線(通称?)
ぐにゃりと曲がっているのが特徴

分岐する箇所は入江駅と呼ばれていたらしいのですが、
そこの線路は見忘れ(後悔)

新子安駅前から路線バスに乗って
新興線の終点の新興駅へ

イメージ 1
起点側を見たところ
道路を横断して工場に専用線が分岐しています

イメージ 2
工場構内にはスイッチャーさんがいました
たぶんまだ現役の線路
(当時は線路だけみれば満足。貨物が動くシーンに執着はなかったんですね、汗)

イメージ 3
新興貨物駅の先端
右側にも専用線がのびていた跡

イメージ 4
踏切
ここが新興貨物駅だ!と主張するJR貨物の詰所

イメージ 5
この先は
内外運輸さんの専用線でした

新興貨物線、新興駅を見たのはこれが最後でした
まだ貨物取扱が現役で良かった(感謝)


この十数年後
仕事で新興駅跡近くの貸し倉庫に来たことがあります
もう線路は残っておらず草ボウボウ
ところが
踏切があった近くの交差点には
「新興駅」の名前が誇らしげに残っていました
ここには
専用線だらけのすごい貨物駅があったんですよ!

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