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2000年10月末 吾妻渓谷に行った話 その当時から 八ッ場(やんば)ダムに沈むぞ〜、の場所 吾妻線川原湯温泉駅 紅葉目当てのハイキング客で混んでます 吾妻渓谷は この駅からハイキングコースが整備されています 途中 吾妻線の線路が見えるのがウリですね(笑) 紅葉はあんまり(早かったのか遅かったのか) 渓谷美なんですけど、 昨年行った竜王峡の方が良かったかな この橋からの眺めが渓谷の白眉らしいのですが あんまり覚えていません 再び吾妻線 日本で一番短いトンネル というのがあったのですが、ここかしら? 川原湯温泉に戻って来ました 八ッ場ダムに沈んじゃうぞ〜、の温泉街 沈んじゃうから 温泉街は古いまま それが逆にウリだったみたい 川原湯温泉駅 ここも沈んじゃうぞ〜と言われ続けていました いい感じの駅なんですけどね 吾妻渓谷 一度行けばもういいです 途中下車した渋川駅の線路の方が良かったのはナイショです(苦笑) その後の話 数年前の 政権交代で このムダなダム建設がメデタク中止されました、 と思ったら 一瞬の白日夢でした(泣) 沈む沈む詐欺(殴)はいつまでも続くかと思われましたが 一昨年、 とうとう吾妻線は新線区間に切り替えられてしまいました 温泉街がその後どうなったのかは知りませんけど、 住んでいた人には迷惑な話 あの政権交代が何だったのか、 という政治ネタにはあえて触れませんけど、 八ッ場ダムと 田舎新幹線工事の凍結だけは大賛成(でしたけど、あっけなく) (昨日が参議院選挙だったので、ちょっとだけ政治かぶれ) 吾妻線の新線切替区間
まだ乗っていないんです(汗) 18切符が余ったら行きましょう、か |
線路巡礼昔語1990年代
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上越線渋川駅 1990年、 上越線方面の旅行が2回も続きました そのついでに美しい思い出が 先ず同年7月 渋川駅ホームから 構内の線路群を見学 線路が生きています! この時は途中下車する時間はなかったので、 これはもう一度見に来なくちゃ そして 同年11月 また旅行のついでに再訪する機会がありました 奥さんと川原湯温泉へ 渋川駅で乗り換えにしてもらったので 次の吾妻線列車が来るまで途中下車 奥さんは駅舎に残して急いで線路巡礼! とにかく まず本線の向こう側の大きな化学タンクと専用線が気になります 跨線橋を渡って向う側へ 構内踏切があります ちょうど下り貨物列車がやって来ました 目の前で停車 渋川駅止まりなのかしら 専用線が分岐しています 関東電化渋川工場 いい感じですけど このタンク車は置いてあるだけみたい もうずっと使われていない感じ(でもずっとこのままでいて欲しい!) 跨線橋からヤードを俯瞰 線路が扇状に広がり、 タンク車が散らかしたオモチャのようにバラバラに点在 渋い(笑) ぐるっと回って 背後から見たところ 美しい線路を十分に堪能してから 吾妻線電車で川原湯温泉の旅に続きます 渋川駅の渋くて美しい貨物線 この後2005年頃まで貨物取扱いは残ったらしいのですが 残念ながら廃止 この時にちゃんと見ておいて本当に良かったです (川原湯温泉よりコチラの方が良かった、殴) おまけ、 2008年に 渋川駅行きの超特大輸送シキさんが運転されました シキさんが積荷を降ろすのは きっとタンク車がいたあの貨物線だろうと 勝手に期待して見に行きましたが、 構内には線路は未だ残っているのに、シキさんは何処にもいません |
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2000年10月末 臨時快速「笠間deおさんぽ号」に乗りました 上野駅8:27→友部駅10:17/10:29→笠間駅10:37 直通列車大好きな私としては乗らねばなりません 土浦駅までは定時列車 その先、5両編成だけが切り離されて、 そのまま臨時笠間行きになる合理的な運用 悲しいのは友部駅で常磐線→水戸線折り返し待ちの間(ここが白眉なんですけど)、 友部駅10:22→笠間駅10:32という電車(勝田駅発、小山駅行き)が 先発してしまうこと わざわざ臨時電車なんだから ちょいと先に行かせてくれればいいのにぃ 笠間駅近くで陶芸のイベントがあったのだと思います 臨時列車の客には笠間駅で陶器の記念品が配られたような気がするのですが… この間、 なぜか写真が全く残っておらず、 臨時列車なら記念に撮影するハズなんですけど、 笠間の記念品もどこにいったのやら?(そもそも貰ったのかも自信ありません) 下館駅へ 久々に関東鉄道常総線に乗ります ここも写真が残っていないのですが(汗) 取手駅の直前で復活 非電化複線 今とあまり変わらないと思いますけど 取手駅 常磐線との間の空き地に キリンビール工場からの貨物側線があったと思われます 常磐線と常総線に挟まれたキリンビール工場線 根性がないので 工場まで歩くことはせず、 住宅地図看板の線路を記念にお持ち帰り ずいぶん長い専用線ですね 専用線跡は今でも健在 いつかは歩いてみたいのですが… ちなみに 前回の記事(熊谷線跡)から2日後の話 デジカメのパノラマ撮影ボタンがonになったままで 邪魔なパノラマ写真は整理されることなく、 どこかで眠っているのかも 笠間deおさんぽ号は この後何年も走り続けましたが いつの間にやら設定がなくなってしまいました 復活はあるかな? (記事中の笠間deおさんぽ号の運転時刻は、手許にあった2001年時刻表のものです。
2000年も同じだったと思うのですが) |
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2000年10月 またよく分からない線路巡礼 池袋駅→寄居駅(西武の秩父鉄道直通電車) この当時のデジカメに パノラマサイズ撮影が出来る機能が付いていました ほとんど使わない機能だったのですが 何故かこの日は間違えてずっとONになっていました おかげでパノラマ写真だらけ(汗) この後、 東武線と八高線の三角地帯をグルグルして 再び秩父鉄道に乗って 上熊谷駅 東武熊谷線の廃線跡を見学 と言っても 線路はちゃんと残っています (現在に至るまでそのまま残っているのは有名な話) 熊谷駅−上熊谷駅のひと駅区間 この廃線を使えば いつでも複線に出来そうですけど そんな需要はないのでしょう この先の熊谷線跡は キレイに更地になっているそうです 熊谷駅まで歩いて戻っちゃいました 途中、JRとの連絡線 こちらももう使われないのに 何故かまだ残っています 秩父鉄道熊谷駅 熊谷線も貨物取扱いもなくなってしまいました けだるい構内 羽生駅まで行って 東武線で帰りました 秩父鉄道で西武から東武まで、 埼玉県を横断 とにかく私鉄にたくさん乗っておこう、 という目的だったみたいです 当時 パノラマ写真はアルバムにそのまま入らず 思い余って両端を切ってしまうという暴挙に出ていました たいした線路写真じゃなかったのでしょうね(苦笑) |
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2000年10月 滅茶苦茶な謎のルートで上信電鉄下仁田駅(2度目) 開通したばかりの営団南北線で王子駅へ そこから都電荒川線 荒川車庫の線路を眺めて 三ノ輪駅 徒歩連絡で南千住駅 東武伊勢崎線で伊勢崎駅までロングラン 当時の伊勢崎駅は JRと東武の共用駅(地上駅) 改札口も一緒だった記憶があります 線路はつながっていなかったみたい… どうして この時の伊勢崎駅の線路の写真を残していないのか一番の謎です(泣) 両毛線で高崎駅へ 高崎駅もまだJRと上信電鉄は共同改札口 そして 2度目の上信電鉄 下仁田駅はちっとも変わっていませんでした 相変わらずワムさんが放置状態 今さらですが 下仁田駅のこちらの改札とは別に ちゃんと正面改札口があったのですね (正面改札口とは別に臨時改札口があったということ) すごい立派な駅だったんだ 恐れ入ります 当時は終着駅で観光する慣行もなく 素直にまっすぐ、 五反田駅まで帰りました 謎の旅はこれでお終い (謎の旅はこの年の10月にもう1回強行。8月9月がとても忙しかったので…) 上信電鉄に初めて乗ったのは1987年 (書き忘れていたのに気が付いて先週あわてて書きました) そして今回2000年 3回目が2012年 何度来ても 下仁田駅の線路も雰囲気も全く変わらないことに驚き このルーチンだと 次の巡礼は2023年頃でしょうか 無事に線路が残っているといいのですが(殴) 2012年上信電鉄のデキさん無料列車イベントの記事はこちら)
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