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お休みに立山へ出かけた。以前、一人でふらりと旅をしていたときに、富山駅で故あって下車し、駅から見える山の勇壮さを心に留めていた。
こんな景色のところで暮らしている人からみれば、都会の景色は味気ないだろうなと思ったことを覚えている。
先日立山へ出かけた。頂に雪が残る山々の美しさに目を見張ると同時に、吹き抜ける風の冷たさが、この地で生きるということの厳しさを物語る。
剣岳という映画を思い出した。大日本帝国陸軍が軍の威信をかけて測量部に檄をを飛ばし、剣岳初登頂を目指すお話である。
彼らは、正確な地図を作るという任務を帯びて、自然に戦いを挑む。日本山岳会に先を越されぬよう、司令部は檄を飛ばすが、なかなかに難しい。
過酷な環境で何かを全うしようとする中で、人は学び成長するのだろう。
その映画を思い出した。本当にこんなところまで人が上るのだろうかという険しい山が垣間見える。
今のような軽量の装備ではない。わらじ履きで蓑をかぶっての登山である。
荷物もおそらく半端なく重い。測量だから道具も必要だ。案内の人も大変である。
けれど、そうした先人の努力によって、私たちは地理を学ぶことができ、山の高さを知ることができるのだ。
なぜ山に登るのか?主人公が山岳会の登山者に聞く。何故なんでしょうね。
映画に出てきた山の下のトンネルを、バスで、ケーブルで通り抜ける。
黒部はダムで有名な場所でもある。剣岳とは別の意味で、人々が電力の安定供給を目指し、過酷な環境の中でダムを建設したのだ。
資材を運ぶだけでも大変だ。私たちは便利に慣れている。が便利を作り出した先人の努力を忘れてはいないか?
夜、温泉宿の露天風呂の淵に素っ裸で寝転んで星空を眺めた。
星を眺めるのも久しぶりなら、ぴんと張った冷たい、キレイな空気を満喫するのも久しぶりである。
先人たちもこうして(服は着ていたでしょうが)星空を眺めたのであろう。彼らは何をおもったのだろうか?
帰り道、鏡のような水田を目にし、改めて人々の営みの礎ということを考えた。
美しい風景は常に過酷な環境や労働を伴っている。
私はどこへいくのだろうか?
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