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『ユゴ〜大統領有故〜』を理解するために、蚊取犬が勉強した内容です。
この映画を見るヒントになると思います。
◆パク・チョンヒ大統領◆
貧しい農家に生まれたが、とても優秀であったため満州国軍新京軍官学校を首席で卒業し
日本の陸軍士官学校に留学していた。その当時の名前は高木正雄。
1961年5月16日軍事クーデターを起こし、政権を掌握。イ・スンマン政権は終焉。
1963から、暗殺される1979年の16年間独裁政権を握る。
「漢江の奇跡」と呼ばれる高度成長を成し遂げる。そのためにアメリカから軍事支援、日本から経済援助を受ける必要があった
1968年ベトナム戦争への国軍派兵(*1)、また日韓国交正常化を断行する。
1969年は10月維新と呼ばれる憲法で禁止されていた「三選」(長期の独裁政権を避けるため、大統領の任期は二期と憲法で決まっていたのだが、三期にするというもの)を改定。(結局、三選には留まらず四選禁止事項までも消滅させた)
これらのことで、各地で学生や市民によるデモ(*2)が勃発していた。
1974年8月15日 日本植民地から解放された祝賀記念の光復節の行事で、夫人ユク・ヨンスが銃殺される(文世光(ムン・セグァン)事件)
その後、娘2人と愛犬(スピッツでパンウリという名前)と青瓦台(大統領官邸)の2階で生活する。
6時になると職員たちが帰宅してしまうため、かなりさみしかったとの事。娘のパク・クネはハンナラ党前代表。
◆主な登場人物◆
シネマート六本木のサイトにある人物相関図が分かりやすいのでそれを見つつ、下記を参照してください。
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| 俳優名 | 役名 | 実名 | 当時の年齢 | 所属 | 説明 |
| パク・ユンシク | キム部長 | キム・ジェギュ | 54 | 韓国中央情報部(KCIA) | 大統領の腹心。チャ大統領警護室長との権力闘争に不利な上、肝臓を患っていることによる精神不安定。大統領を暗殺。80年5月20日ソウル拘置所にて絞首刑 |
| ハン・ソッキュ | チュ課長 | パク・ソノ | 45 | 韓国中央情報部(KCIA) | KCIA儀典担当。大統領の宴会のために女性を調達する仕事に不満。キム部長のため暗殺に参加。80年5月24日ソウル拘置所にて絞首刑 |
| キム・ウンス | ミン大佐 | パク・フンジェ | 40 | 韓国中央情報部(KCIA) | 現役軍人でキム部長の部下で秘書。暗殺にはためらうがキム部長の恩義のため参加。1回の軍法会議で銃殺 |
| イ・ジェグ | クォン・ヨンジュ | イ・ギジュ | 32 | 韓国中央情報部(KCIA) | チュ課長の部下。チュ課長と同様海軍出身。暗殺現場宮井洞(クンジョンドン)の警備員。絞首刑。 |
| キム・サンホ | チャン・ウォンテ | キム・テウォン | 36 | 韓国中央情報部(KCIA) | チュ課長の部下。暗殺現場宮井洞(クンジョンドン)の警備員。暗殺当日非番だったがチュ課長に呼びだされ参加。絞首刑 |
| キム・ソンウク | ウォン・サンウク | ユ・ソンオク | - | 韓国中央情報部(KCIA) | チュ課長の運転手。陸軍出身という理由からチュ課長の命令で暗殺に参加。絞首刑。 |
| ソン・ジェホ | パク・チョンヒ | パク・チョンヒ | 63 | 大統領 | 1963〜1979の16年間政権を握っていた独裁者だが、部下からは”オヤジ"呼ばれるほど穏やか。KCIAでは女性を呼んでしばしば宴会を行っていた。キム部長により銃撃 |
| クォン・ビョンギル | ヤン秘書室長 | キム・ゲウォン | - | 大統領秘書室長 | 主な任務は大統領の飲み友達。この暗殺の生き証人。キム部長の友人 |
| チョン・ウォンジュン | チャ警護室長 | チャ・ジチョル | 45 | 大統領警護室長 | 傲慢な性格でKCIAキム部長と確執。パク大統領にはかわいがられていた。暗殺現場で大統領と共にキム部長に銃撃される |
| チョン・インギ | シン・ヨンフン | チョン・イニョン | - | 大統領警護主任 | 海軍で同期だった親友のチュ課長により銃撃 |
| チョン・ウ | ハン・ジェグク | アン・ジェソン | - | 大統領警護副主任 | 狙撃の名手。チュ課長により銃撃 |
| チュ・サンゴン | シム・サンヒョ | シム・サンヒョ | - | 宮井洞執事 | 暗殺を一部始終見ていた証人。のちに逮捕され、拷問を受けるが不起訴。その後行方不明 |
| チョ・ウンジ | チョ | シン・ジェスン | - | 女子大生 | 自称モデル。チュ課長から連絡があり宴会に参加し、暗殺を目撃 |
| キム・ウナ | シム | シム・スボン | - | 歌手 | 大統領のお気に入りの歌手。宴会に呼ばれ暗殺を目撃 |
| キム・ヨンイン | チェ・ギュハ | チェ・ギュハ | - | 国務総理 | パク大統領暗殺後、憲法に則り大統領権限代行となる |
| チョン・ジョンジュン | チョン・スンファ | チョン・スンファ | - | 陸軍参謀総長 | 暗殺日にキム部長と夕飯の約束をし、宮井洞の別の部屋にいた |
*この後の文章は映画が分かりやすくなるように、役名で記述します
◆暗殺背景◆
1979年10月26日19:30 韓国中央情報部(KCIA)の宮井洞にて当時の大統領パク・チョンヒ暗殺事件が起こる。
主犯のKCIAキム部長がパク大統領とチャ警護室長を射殺。
KCIAチュ課長が大統領警護主任と副主任を射殺。
チュ課長の部下が大統領側の警備員達を射殺した。
事件の19年後にキム・ゲウォン大統領秘書室長の証言で明らかになる
◆暗殺当日の流れ(必要部分のみ抜粋)◆
| 時刻 | 人 | 行動 |
| 午前 | パク大統領 | チャ警護室長、ヤン秘書室長らと共にKBS唐津(タンジン)送信所の竣工式出席 |
| 14:30 | パク大統領 | ヘリコプターで青瓦台に戻る |
| 16:00 | パク大統領 | 夜、大行事(宮井洞での宴会)を行うと部下に伝える |
| 16:10 | キム部長 | チャ警護室長から大行事の電話を受け取る。チュ課長に女性を調達するように命令 |
| 16:20 | キム部長 | 宮井洞に到着 |
| 16:40 | キム部長 | ミン大佐にインターフォン。チョン・スンファ陸軍参謀総長に電話をし、宮井洞で夕飯の約束をする |
| 17:10 | チュ課長 | プラザホテルで女子大生シンと待ち合わせ |
| 17:20 | ヤン秘書室長 | 宮井洞到着 |
| 17:40 | キム部長・ヤン秘書室長 | 宮井洞ナ棟(宴会場)に移動 |
| 17:50 | チャ警護室長 | 青瓦台の付属室へ |
| 18:00 | チュ課長 | ニューネジャホテルで歌手シムと待ち合わせ(本当は17:30の予定だったが、シムが遅れたため、チュ課長と女子大生シンは30分ほど待たされる) |
| 18:05 | パク大統領ら | 大統領、チャ警護室長、シン・ヨンフンが宮井洞ナ棟に到着。ハン・ジェグクは後続車で到着 |
| 18:15 | チュ課長 | 女子大生シン、歌手シムと共に宮井洞に到着 |
| 18:30 | チャ警護室長 | 合図があったら女性達を宴会場に入れろと命令。その間、女性たちは書類に署名させられる(宴会のことは口外しない旨) |
| 18:40 | キム部長 | 宴会の席を立ち、旧館へ。チュ課長、ミン大佐に暗殺を打ち明ける。このとき、わずは1分ほどの会話だった。チュ課長はクォン・ヨンジュ、ウォン・サンウクに銃を準備させる。非番のチャン・ウォンテに出勤命令 |
| 19:20 | ミン大佐 | 宮井洞ナ棟に到着 |
| 19:25 | クォン・ヨンジュ | 同僚ソ・ヨンジュンの銃を借りる |
| 19:30 | 事件発生。ヤン秘書室長はテーブルの下に隠れ、事件を目撃。テーブルは掘りごたつのようになっていて、以前大統領が「何かあったらここに体をいれられる」と言っていたことがある。女子大生シンは大統領の右側、キム部長の向いに座っていたため、目の前で目撃。 |
| 19:35 | チャン・ウォンテ | 宮井洞ナ棟に到着 |
| 19:58 | パク大統領 | 病院へ搬送される |
◆暗殺理由◆
1.チャ大統領警護室長怨恨説:朝鮮日報などがこの説を支持。日ごろからチャ室長の傲慢な態度や越権行為に立腹したいたとの事(*3)。暗殺日午前にKBS唐津(タンジン)送信所の竣工式へ出かける際も本来ならキム部長、ヤン秘書室長、チャ警護室長で大統領のお供をするのだが、ヘリコプターが満席という理由でチャ警護室長はキム部長にソウルにいるように言う。また、暗殺が実行された宴会でも大統領とチャ警護室長がキム部長を叱責した。
2.民主主義復活説:キム部長担当弁護士などが支持。パク大統領の弾圧を受けた言や人を救うため
3.米国関与説:キム部長は「私の後ろには米国がいる」と言っていた。CIAソウル支局長などと密会していたり、パク大統領の核兵器開発問題、コリアゲート事件、事件問題など当時の韓米関係は最悪だった
4.キム部長精神病説:短期な性格ですぐ相手をなぐりつける。ひとの意見に流されやすいと言われている。ただし、友人であるヤン秘書室長がこの説を否定。もしこの説が正しいなら宴会に同席していた女性2人も殺されていてもおかしくない。
5.キム部長肝臓癌説:毎日午後になるとKCIAの2階にあるキム部長の部屋で休憩をしなくてはいけないほど症状は悪化していた。担当医によるとあと2〜3年くらいの寿命ではなかったかとの事。ただし当時まだ癌ではなかった
6.キム部長野望説:パク大統領を殺して、自分がトップになる。ただし当時肝臓悪化で苦しんでいたため決定力に欠ける説と言える
◆事件後の流れ◆
パク大統領暗殺により、憲法に基づき大統領権限代行として当時国務総理チェ・ギュハが12月6日に大統領に就任。8か月在任する。
事件は当時保安司令官チョン・ドゥファン(全斗煥)が進め、キム部長を取り調べている。
12月12日チョン・ドゥファンがクーデターを起こす。陸軍参謀総長チョン・スンファを逮捕。チョン・スンファはキム部長から食事の誘いを受け、暗殺現場と同じ敷地にいたにも関わらず、キム部長を逮捕しなかったことから共謀の容疑をかけられる。(12.12粛軍クーデター)
このことでチョン・ドゥファンが軍事の実権を握り、大統領へ。
◆注釈(他の映画とのリンク)◆
1.映画『ラブストーリー』でチョ・スンウ扮するジュナが出兵。『ホワイトバッジ』もベトナム戦争関連
2.映画『下流人生』でや『夏物語』に出てくるデモシーン。『下流人生』が50年間くらいを描写しているので、映画が失敗し、軍事関連の仕事で設けているときがちょうどこの頃。『夏物語』はベトナム戦争反対デモ。学生デモのスローガンは「三選反対」
3.映画『大統領の理髪師』でも大統領府警護室長チャン・ヒョクス(チャ警護室長)と情報部長パク・チョンマン(キム部長)の確執が描写されている
*誤り等がありましたら、お知らせください。調べ直します^^
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