ミ☆ second life

もっかいやってみよっかな?

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きせきの復活?

おひさしぶりでございまする。
 
早何年経ったんだ???
 
離婚して故郷を発って、故郷付近の大阪まで舞い戻り、3年が経とうとしています。
封印していた昔の記事を読んで・・・
 
いやぁ〜・・・こっぱずかしくなるくらい若かったんやな〜って感じてます^^;;
 
このブログを離れてmixiやらしてたケド、昔のよーな創作意欲は湧きませんな。
今じゃネット繋いでダラダラとゲームするくらいですゎ。
 
あれから年くいましたね〜。
お子等も上が中2で下が小4。
あたし???
それはご想像にお任せします^^;;
 
上は部活でテニスなんか頑張ってまして・・・
まぁ根はマジメなんだけど反抗期で大変だったりもします。
 
下は天真爛漫っていうか、なんも考えてないっていうか・・・
兄弟で性格があまりに違いすぎるため、衝突が絶えないのですわ。
 
あたしは大阪に来てからずっとサービス業。
すっかりお水にハマっちゃってたんだけど、この不景気で大打撃。
・・・で、お水は趣味の範囲程度でこなして、またもや派遣でオフィスワークに勤しんでいます。
夜のオシゴトは時々来客予定がある時だけの自由出勤ww
久々のお堅いオシゴトで、いい気分転換にもなってます^^
それに、この3年でミナミじゃちょっとばかし顔も利くよーになったんで、別に在籍してるお店じゃなくとも提携してくれるお店もありまして・・・
飲みに連れてってもらって尚且つ副業ができる。
なんかおいしい状況ではあったりもするワケですゎ^^
 
以前の彼???
すっかり途絶えちゃいましたね。
何度か大阪にも来る機会があるみたいでブログとかでは公表してるケド、あたしには何も言ってこない。
まぁ言ってきても、なかなか時間が合わないだろうし、あたしもあれから太っちゃったんで抵抗もあるし・・・
てか、大阪で誰かに会うみたい。
・・・懲りないヤツだ。
 
あたしの方はその後特に恋してませんねぇ^^;;
多くの異性の方とは接してるんだけど、お客以上恋人未満てな感じw
まぁその方が気楽というか、あたし自身誰かに縛られるのも嫌やしね。
そんなすっかりドライな性分に生まれ変わっての復活です。
今となれば気まぐれ更新になるやろうケド、またよろしくお願いしますね^^
 

みなさん、お久しぶりです。
かなり長いコト放置していました。

2004年の4月に開設し、今は2009年・・・
開設してから早5年になろうとしています。

まぁでも、後半の約3年は放置プレイとなり、実質の運営は2年ほどでしたね^^;;
この空白の3年間は本当にいろいろありましたよ。

開設当時は、純愛W不倫などと歌い、婚外恋愛を美的に綴って参りました。
当時は本当にピュアでしたから・・・



その後、あたしの離婚を期に関係は大きく変わってきましたね。

離婚までの経緯はみなさんも昔の記事を読んでご存知かと思います。
なんとか離婚を乗越え、彼の居る町へ引越しました。

あんなに離れていて、どんなに傍に居れたらいいだろう・・・そう願ってたコトが現実に・・・

しかし夢は実現してはいけないのです。
近くへと導いてくれた彼だったけど、自分のホームにあたしが近づいた途端うろたえてるのを感じましたね。
最初は月に数回のデートが、次第に少なくなり始め、おまけにたまに逢ってもカラダを重ねるだけで終わってしまう。
帽子を深々かぶりサングラスをかけてやってくる彼に、いつしか溜息を覚えて行きました。
メールは義理めいた内容しか感じられなくなり、あたしの方もレスするコトが億劫に感じられて・・・(汗)
あたしと彼の関係は距離があったからこそ成り立つモノだと実感しました。

女性は割りと情熱的です。
身を焦がす想いがあるからこそ、突飛な行動にも出たりできます。
しかし男性は結構保守的。
独占してしまえば、それで終わりなのか、いざ己の身に降りかかるのではと感じたら、これ見よがしに守り体制に入ります。

彼は繊細で、もっと女性的な感性をも感じられる男だと思っていた。
しかし、彼も結局は男だったんです。
ここでエラソーに婚外恋愛を語ってきた自分が恥ずかしく感じます。
えぇ大人なのに、夢見る夢子ちゃんだったんですよ(汗)

転居先では決して順風満帆ではなかったですね^^;;
逆に次々と試練に向かい合う様な日々でした。
そんな時に頼りの綱である彼だったけど、いつしか頼るコトが逆に負担に感じ始めました。
下手に相談して彼の意見を聞いたって、自分の考えが惑わされる風にしか感じなくなりました。

彼がいるから・・・
そう思ってたけど、知らない土地で結局はあたしと子供だけ孤島に置いてけぼりな気分でした。

だから、去年思い切って故郷近くに引越しました。
彼とは特にお別れもしてません。
別れる前には、「またこっちに遊びにきて」と話してました。

離れてからも義理めいたメールは続きましたが、そぉ長くはなかったです。
年末年始は、クリスマスやお正月、彼の誕生日と行事が多かったのですが、おめでとうやご挨拶のメールくらいですね。
しかし、最後の行事となった彼の誕生日のおめでとうメールには、ありがとう一言のレスすらなかったです。
深夜に贈ったメールだったんで、もしや嫁にバレたんではないかとも心配しましたが、ちゃんと彼が読んでいたみたいです。

ここんとこ忙しすぎて・・・ってコトだったんですが、彼は別のブログを毎日マメに更新しては、訪問者ともやりとりして交友を図っています。
新たに熱心なファンも増やしてるみたいで、すっかりあたしとは遠いヒトだと思えました。
誕生日の「おめでとう」に「ありがとう」すら伝える時間もないと言うのに・・・
今となれば、所詮彼にとってはそれだけの存在なんだと実感しました。
まぁ、あたしにとっても、なんかよくわかんない存在になってしまってたから、ようやくはっきりした答えが見つかったのですが・・・

彼にとっては、あたしが居ようが居なくなろうが、何等変らない暮らしをしている。
あたしは、彼から離れてまた一からやり直しです。
今も安定した暮らしとは言えません。
子供には、本当に可哀想なコトをしています。

あたしはいいんです。
身分を弁えず気持ちに走ってしまったから、身から出た錆なんですよ。
でも罪のない子供を巻き込んでしまったコトは本当に申し訳なく思います。
このままだと、あたしはきっと地獄に落ちるでしょう。


水面下では花は決して咲きません!


いくら潤ったって、水面下じゃさすがに腐ってしまう。
適度な酸素や光合成もあるからキレイな花が咲くのです。

これで、水面下に咲く花を完とさせていただきます。
長らくのご愛読ありがとうございました。

あけましておめでとうございます!(激おそっ)

まぁ、去年もほとんど更新してなくて、年が明けて初更新なんでご挨拶させてもらったワケなんですが^^;;

去年も浮き沈みあった一年でしたねぇ〜・・・

年が明けて気付いたんだけど・・・

あたしって・・・去年まで厄年だったのです(汗)

女って33歳の厄が有名なんですが、37歳にもあるんですねー。

何も知らず37歳(数え年)に離婚して、後厄とでも言いましょうか・・・

その名残か去年も不安定な一年になったかと思います。

まぁ、33歳の時も厄払いなんかしてなくて、何事もなく過ごしました。

そして、今回にデカイのがやって着たって感じ^^;;

年が明けた時点でも、厄年のコトなんかまったく知らずに過ごしてた。

今年のあたしの年明けは、子供はいつもの如く元ダンナの元に連れてって、あたしは大阪で過ごす。

でもね、今回は遊びじゃないですよ?

本業が年末年始のお休み中に、大阪でバイトしてましたww

と、いうコトで今年は正月休みなしってワケw

でもね、バイトをやり遂げて、休みが終わる間際に肩に乗ってた何かが下りる感覚を覚えたの。

なんだろね〜〜〜、なんかスゥーって抜けてった感じw

そして、この後、厄年だったコトを知るんだけどね?

今年は何かいいコトありそな気がします。

年が明けて、本気で目指したい目標も決まったしね?

これからも不在がちになっちゃうかと思いますが、また気が向けば更新します。

物好きな方は、また覗きに着てやってくださいね?(笑)

おひさしぶりです

果たして覚えてくれてるヒトっているんだろうか^^;;

てか、どれくらいのヒトが今でも更新してるんだろうね?

気付けば、ファン数もかなり減っちゃってるし、ブログから去っちゃったのか、それとも整理して消されちゃったのかも^^;;

ブログのシステムも随分変わっちゃっててびっくりしたさぁ〜!(笑)

あたしも、いつまでも目玉のオヤジじゃあかんやろ〜ってコトで、ちょっぴり背景なんかを変えちゃったりしました(笑)

さて・・・あたしの近況なんだけど、元気で頑張ってますよ〜(笑)

生活的には、まだまだ余裕はないけど、少しずつ安定してきたかと思います。

彼との関係は↑タイトルから・・・ん〜・・・第三章ってトコじゃないかな?(笑)

浮いたり沈んだりは相変わらずだけど、新たな境地ってトコかな?

だからと言って何か進展があったワケでもありません。

もうここを綴ってた頃のような浮ついた感情だけじゃなく、少しずつ現実的になってきた感じw

ここはこれからも、更新は疎かになるだろうし、コメレスや訪問なんかもできないだろうけど、気が向いたヒトはいつでも遊びにきてくださいね?^^

手のぬくもりの中に

    マザーテレサの言葉 より


子どもたちは、神様の贈り物です。


神は、子どもをご自分のイメージとして 創造なさいました。


すなわち、子どもは 愛し愛される存在なのです。


その意味で、親というものは、生みの親に限らず、


この世でもっとも美しい仕事ができる存在です。


なぜなら親は、子どもが神の愛のもとで


平和と愛の象徴 使者としてすくすく育つ手助けができるからです。


だからこそ、親は神のご意志の伝承者として、子どもたちに接すべきなのです。


    


2007年3月26日 僕は、大阪地裁にいた。

その日、日本で児童虐待防止法の見直しを施行するきっかけを与えた事件の判決がでた。


2004年1月25日 大阪府岸和田市で当時中学3年の長男を餓死寸前まで虐待した事件である。

父、継母の両被告に懲役14年の実刑判決が言い渡された。


保護された時、長男は身長155センチに体重が24キロと骨と皮の身体で

ブルーシートをひかれていて、そのまま垂れ流しの状態で放置されていた。


皮膚潰瘍がところどころに見られ、

呼吸が1分間に1回から6回程度 脈拍が計れない

そして体温計でも、計れない低温 

脳は、萎縮していた。


虐待チームの監察医も、長年診てきた症例のうちで「最も悲惨なケース」と語るほどのものだった。


現在日本は、国レベルの戦争も紛争も難民も貧困も起きていない。

平和な国で起きた 忘れてはいけない悲しい事件。


なぜ?   ぼくは、なぜ?  


彼の周りには、壊滅状態でも 無政府状態でも 敵軍がいるわけではなく。


彼の数メートル離れた世界には、平和な世界があふれていた。


自力で立ち上がれず、ブルーシートにくるまれながら、彼が見ていた世界は何だったんでしょう。


車の音

テレビの音

日の光

子どもの笑い声

料理をつくる音

ご飯の匂い

家族の会話


数メートル先にはあふれている愛が、自分の元には降りそそがない矛盾


なぜ・・・・神様。


誰もが最後に愛を求める家族に、殺されようとしている絶望



なぜ・・・・僕が 悪いから。



飢えの苦しみから、自分の尿や便を食べる状態


なぜ・・・・生まれてきたの。








現在治療の結果、彼は知能が著しく落ちてしまったが簡単な会話ができる程度には回復しているようです、。
                      
彼が死なないで生きてくれた奇跡に、僕は何か答えなければいけないと思いました。

暗闇の世界にいた彼が、それでも生きようとした信じた未来を、僕は届けたいと思いました。


10日に1人が虐待死する世界は、もう無くなったよって

子どもの周りには、パパやママがいて その周りには家族をサポートする人たちで

いっぱいの世の中になったよって、 みんなで報告したいです。

 
    愛だけでは 変えられないかもしれない。

    でも愛からしか 何も変わらない。

    


もし、この日記を読んで、何かを感じていただいたら うれしいです。

愛から何かを表現してくれますか

その手のぬくもりを、誰かに与えてくれますか

最初に、僕からあなたに贈ります。ありがとうです。


今、あなたにできること http://blogs.yahoo.co.jp/wckrh673/folder/1410295.html

少しだけ聞いて欲しいこと http://blogs.yahoo.co.jp/wckrh673/folder/1453466.html

転載元転載元: こころんち

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