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Fraternity of the Hidden Light
Fraternitas L.V.X. Occulta, Japan Lodge

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本記事のタイトルにあげた3つの言葉「死」「犠牲」「変容」は魔術修行の径ではよく使われるものです。

魔術は「自己変容」の径なのですが、それはどういう意味なのでしょうか? それは一般に考えられているように「自分をよくする」径だと言えます。ただし魔術の学徒の場合、状況はよくなるどころが、悪化することがあります。そのため「いったいどこが自己改善の径なのか?」と、特に実践者以外からは批判が上がりやすいのです。魔術なんてわけのわからないことはやめたほうがいい、とまわりから言われるゆえんです。

この「よくなる前に悪化する」のが魔術修行の特徴の一つなのですが、これはある意味、自然なことです。変容には痛みが伴うのです。

魔術はメンタル的な作業です。学徒はKey 1(魔術師)にあるように、覚醒時の意識を使い、潜在意識に印象を送り込みます。潜在意識は、自意識からやってきた印象に忠実に、肉体および環境を作り上げていきます。そもそも人類は「分離」というウソに陥っているために、我々の体もそのイメージに従って成り立っています。そうした誤りを是正し、正しい印象を潜在意識に送り込むのが魔術における「大いなる作業」の一環です。宇宙の真実に沿った正しい印象を与えれば、古い細胞が死に、新たな細胞の誕生に伴い、新しい体が形成されていきます。これが肉体レベルにおける錬金術の変容です。潜在意識の領域の印象が物質界に顕現するのです。

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さて、元素位階(1=10から4=7まで)は錬金術でいう分離の作業です。元素位階で試練を経験するのはそのためです。パーソナリティにおける各元素の部分を切り離し、真実から乖離するものは破壊され死滅します。変容を遂げるには避けられない死と破壊の作業です。また虚偽は破壊される前に顕現化しますので、台頭する人格内の魔物にまっこうから対峙しなくてはなりません。これもまた魔術師の径を歩む者には避けて通れないものです。つまり魔術における「死」とは人格内の誤りの「死」です。虚偽はKey 16 (塔)によって破壊され、死に(Key 13)、4元素の分離が終わったのちに「統合」(Key 14=節制)されます。これらタロットキーの配置を生命の樹上で確認してみるとよいでしょう。これがSolve et Coagula(分離し、そして統合せよ)という有名な錬金術の概念です。

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さて、さきほど、「潜在意識は自己意識からきた印象に忠実に肉体および環境を作り出す」と書きました。これはつまり、魔術の学徒は自分の思考に責任を持たなくてはならないということです。なにを考え、何を言葉にするのか…。どんな心像を抱くのか…。それらがどのようなものであれ、潜在意識は忠実にそれを物質レベルに顕現させようと諸力を方向づけます。破壊的な想念を抱けば、破壊が具現化するのです。

しかし今日、今のこの瞬間から、思考、想念、心像に注意を向け始めれば、変化が起こり始めます。このことに魔術実践者は位階に関係なく、生涯の教訓として常に注意深くあるべきです。

「犠牲」という言葉を魔術修行ではよく使いますが、犠牲になるのは人格の誤りです。不均衡なもの、真実から逸脱したものを犠牲に捧げなければ、先には進めません。我々人間はどうしても誤りにしがみつきたくなります。「分離」というウソから生じるあらゆる現象、嫉妬やねたみ、復讐、嫌悪… あげればきりがありません。それらを手放すのは容易ではありません。そういうものを抱いているほうが、どこか安心するし、手放すと自分が損をするような気がします。これら概念は人類の歴史において、ずっと我々の細胞のなかに根付いてきたのですから。しかし「解放」を実現するのには、手放すしかありません。自分を束縛しているのはこういったウソなのです。この戦いも位階に関係なく、人間である以上、すべての魔術師が格闘し奮闘する魔物です。

魔術師に錬金術の変容をもたらすのは水銀の力です。水銀とはなにか? それはKey 1(魔術師)で象徴される自意識です。心は移ろいやすく、注意しなければ、しょうもないことばかり考えています。瞑想や儀式をしようと思うと、どうでもいいことばかり心に浮かんできます。さっきまでは考えていなかったことが瞑想を始めたとたん、気になり始めたりします。おとなしくさせようとしても、心はおしゃべりをやめません。しかし心を沈めなければ、その集中力を使って正しい印象を潜在意識に送ることもできませんし、Key 5(ハイロファント)で象徴される高次の自己の言葉も聞こえてきません。魔術においては「沈黙」することの重要性は強調しきれません。「沈黙が語り始める」まで、我々は「沈黙」できるよう心を鍛えなければならないのです。そして「揮発性のものは固定される」(Fixing the Volatile)のです。これもまた錬金術のプロセスです。

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元素位階への突入、そして腐敗と統合の最終段階であるポータル位階への参入に関して、考え方は学徒それぞれです。恐れを抱かずなんの迷いもなしに歩みを進める人、未知の試練に躊躇し辞退する人…。歩みの速度も人それぞれです。ゆるぎない決意でどんどん上がっていく人もいれば、ゆるぎない決意を持っていても、エゴの魔物に行く手を遮られ奮闘する人、未知の試練を恐れていたはずなのに、いったん歩みを始めると、着実に進んでいく人…。

いずれの場合も、われわれをひっぱっていくのは、真の自己からの不動の光です。それを求めて歩んでいくしかないでしょう。リガルディが出版したGD文書にも「光の魔術」の術式が載っています。それはニオファイト儀式で行われる基本的パターンです。暗闇で生きている者を内なる光へと導くフォーミュラです。Z文書に記載されたそのマスターパターンがGD系列の団では、タリスマンの聖別等、ほかの儀式にも応用されています。

その内なる光を求めて、魔術の学徒は試練にも耐えて歩みを進めるのです。

なかには「試練というが自分は大丈夫だろう」と考える人もいます。

私もそうでした。ファーストオーダーにおける私の生活はかなり荒れていましたが、それでもなんとかやっていました。当時の私は英語で書かれた団の公式文書は一生懸命に読んだももののほとんど理解しないまま、課題だけパッパとこなして上に上がっていきました。アメリカの大学に行ったので、英語で読んだりレポートを書いたりすることに慣れていたため、その辺はなんていうことなく、楽にこなせたのです。私の入団時の動機は純粋かつ誠実なものであったものの、途中で西洋魔術の落とし穴であるエゴの拡大に陥り、途中から自分のエゴを満たせるパワーを求めるようになっていました。そしてその状態でポータル位階の腐敗の作業に突入し、そこから経験した試練は、言葉で表現できるものではありません。

その試練のまっさなか、生きる気力さえ失いかけていたころ、ガレス・ナイトのA Practical Guide to Qabalistic Symbolismをなんとなく開き、第25の小径についての説明を読み、愕然としました。そこに書いてあることが、自分の当時の経験をあまりにもよく表現していたためです。

その日、私は、自分の傲慢さゆえの愚かさに気づいたのです。そして魔術もイニシエーションもすべて本当に本物なのだ、とハッとさせられました。それでも私が第24, 25, 26の、腐敗と統合の径を抜けるまでには何年もかかったのです。

Into the darkness of the night
With heartache kindled into love,
O blessed chance!
I went out unobserved,
My house being wrapped in sleep.

夜の闇のなかに
心の痛みは愛へと燃え
おお、祝福されたる機会よ!
私は誰にも見られることなく出ていった
わが家は眠りに包まれて

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これは十字架のヨハネが書いた “The Dark Night of the Soul”(魂の闇夜)という本からの抜粋です。この一説は「腐敗と統合」のプロセスを実に美しく表現している詩です。第25の径に関して、これ以上、美しく表現している詩に私は出会っていません。

魔術師はその心の痛みを、統合に向けた求愛の賛歌に変え、勇敢に一人で暗闇へと歩みを進めるのです。

「死」「犠牲」「変容」はLVXのフォーミュラであり、INRIに表現されています。
INRIはYod, Nun, Resh, Yod。つまりYod(隠者)は死に(Nun)、よみがえり(Resh)、再び隠者(Yod)になるのです。六芒星の儀式に合わせて行わることが多い、この術式がセカンドオーダーで用いられる点にも留意すべきです。ここにも「死」と「再生」のテーマが含まれているのです。

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