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40年前の今日、私は睡眠不足の状態で、谷川天神平スキー場で春スキーを楽しんでいて、ザラメ雪に足を取られて捻挫しました。今でも、その捻挫で伸びきった部分が原因で転んでしまうことがあります。気持ちは、また春スキーを行いたいのですが、捻挫の部分が気になったりして、体もついていきません。
「骨折より捻挫は後まで後遺症が残る」ということは本当でした。
当時はスキーのバッジテストで1級をとって、さらに準指導員もとりたいと思っていましたが、
それは単に夢に終わってしまいました。何でも無謀なことをしていた当時が懐かしいです。
「睡眠不足でスキーはするな!」と散々言われていましたが、捻挫をして初めて納得したのです。
無謀な人間は、痛い目に遭わないと納得しませんね。
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2012年04月29日
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近著「いかにして問題をとくか・実践活用編」を出してから、何人もの方々からG.ポリアとの関係を聞かれます。そこで、簡単に述べておきます。
最初にポリアを知ったのは、20歳代の頃、学習院大学の助手の時代に研究対象を置換群論から組合せ論に移し、参照文献でポリアの論文を何度となく見たときです。当時、師匠の先生から「ポリアは組合せ論でも有名だけど、教育でももっと有名だ」と言われたことが忘れられません。
ポリアの「いかにして問題をとくか」を本格的に知ったのは、代数や離散数学から軸足を数学教育に移してからです。私は当初から証明の重要性を述べ、数学マークシート問題の解法のように、プロセスを軽視してやり方だけを真似る学習を批判していました。ポリアの書で訴えていることと同じであることを嬉しく思いましたが、一方で特定の信仰の信者が教祖の言うことを絶対視するような表現はいやだと思ったこともあり、自分は自分の考えで行こう、と思いました。
とは言っても、「条件反射丸暗記教育はダメだけど、(ポリアの)発見的教授法は大切」という主張はずっと展開してきました。とくに20歳の頃、永田 雅宜先生の「抽象代数への入門」(朝倉書店)を読んでいるとき、体の拡大の理論のところで、一般化して数学の問題を解決する面白い例を見て、「一般化」に興味をもちました。また振り返って、有限数学(離散数学)では「背理法」を多く用いますが、それは必然なのかを相当自問したことがあります。自分はよく背理法を使ってきたが、学習院大学の助手の時代に、フィールズ章をかつて受賞された小平邦彦先生の背理法に対する違和感を身近かで感じ、その気持ちも少し分かったからです。背理法に関しては東京理科大勤務時代に数学科の入試で「背理法はどのようなものかを説明せよ」という国語のような問題を出題して、世間から相当注目されたことも記憶に新しいです。その他、マークシート式数学問題と「特殊化」、3桁同士の掛け算の教育と「帰納法」、などなど、発見的教授法の立場から考えると、重要な話題がたくさんありました。
今回の拙著では、算数+αの知識で発見的教授法必須項目の個々の話題をいろいろと述べましたが、振り返って高校数学の知識を仮定しての発見的教授法の書や教育系の論文はいろいろと発表されています。「とにかく易しく誰にも分かるように、日常の生活とビジネスへの関連を述べてください」という出版社の御意向からそのようになったのですが、当初は高校数学も仮定したいろいろ難しいことも書いていました。それを断腸の思いで次の機会に回して誰にも読めるように完成させたことは、振り返ってみると大変よかったと思います。実際、今の大学生は「背理法とは何か」を尋ねると、理系の大学生でもさっぱり答えられない者が大多数で、「逆は必ずしも真ならず」を聞いたことがある文系の大学生はごく少数になっている現実を把握しているからです。
一方、ポリアの問題解決4つのステップは、数学問題の解法でのそれをこと細かくビジネスや生活にあてはめることには時間的な問題,、さらには複数の問題に対する優先順位を付けなくてはならない面などがあります。そこで「ポリア入門」を念頭に置いて、骨格を残しつつ、海外のトレーニングなどを参考にして、「数学の問題とは若干切り離して」と前置きしてから、日常やビジネスへの展開を具体的な例も用いて易しく述べたのです。
本ブログをたまに読んでいる昔の友人2人から前後して手紙を送っていただき、「新体系・中学数学の教科書より今度の本は易しく読める」とブログに書いてあったけど、本当だった。新体系・高校数学と新体系・中学数学の教科書は証明を一切省かず、徹底的に書かれていて易しくない面もあったが、その同一著者と思うと面白いよ、という感想をもらい、やれやれ目標は最低限達成したかな?と思いました。
私は今回の書に関して実は、「著者の名前が世間に広がるのでなく、とにかくポリアの名前が広がってほしい」と、編集者や友人皆に何度も伝えていますが、ポリアの考え方が日本の教育をはじめとする社会の再建の軸になってもらえると信じるからです。もっともポリアの本は数学だけ優秀でも中々読めません。哲学に興味をもちつつ、何度もゆっくり読んでいくと、素晴らしい味が少しずつ分かるものでしょう。
今回の書の帯には、「いか問」を読んで挫折している人へ、これからポリアを読もうとしている人へ、誰でも読める!誰でも使える、応用できる!!と書いてあります。私や出版社の事前の宣伝にも、マイナスな面があることも甘んじて認めつつ、はっきりそのことを述べています。私の昔の院生から、「代数や解析や幾何や離散系の違いを浮き彫りにするような、先生が昔話していた発見的教授法からの分析を期待していたのに・・・」という連絡をもらいましたが、「いつか、そのような本を出すことを分かってもらえる文を前書きに書いておきましたが、本当にごめんなさい」としか、答えられませんでした。すると、「確かに大多数の数学嫌いな国民も、今回の本でポリアに関心を抱きますね。それをもって、日本の諸問題をいろいろ改革していこうという気持ちがよく分かります」という返事をもらい、ほっとほっとしました。
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